157話 娘との別れ
ミラエラの魔力も既に限界を突破し、再び聖水による猛威が振るわれようとした瞬間、聖水は静かな波を宿したただの水と化し、その勢いを完全に失った。
「——————やった、のね・・・・・二人とも」
そう一言だけ残し、ミラエラは再び意識を失う。
頭上から勇者とユキがゆっくりと凍った地上へと降りて来る。
ロッドは勇者たちの下へ、一目散に駆け出した。
「ユキ・ヒイラギ。お前に一つ聞きたいことがある」
ユキは勇者に離れるよう手で制した後、ロッドの瞳に視線を向ける。
「ミューラ・オルカーを返せ——————」
今すぐにでもぶん殴ってやりたい気持ちを全力で押さえるロッド。
「ミューラ・・・・・確か、オルタコアスで隔絶空間へと閉じ込めた——————生きている保証などないが、良いのか?」
「返せ」
「少しそこで待っておれ」
そう言って、ユキは一瞬にしてその場から姿を消すと、再びロッドたちの目の前にある何もない空間から老婆のように痩せ細ったミューラを抱えて現れた。
「ミューラ・・・なのか?」
ミラエラは気絶してしまい、今この場にエルナスはいないため、ロッドには目の前の痩せ細った存在がミューラなのか分からない。
しかし、些細な情報だけでその存在がミューラであると、ロッドには分かってしまった。
そして、その者の心臓が既に止まってしまっていることも。
死後硬直も終わり、嗅覚を刺激する嫌な臭いが漂って来る。
「こいつは俺の娘だ・・・・・何よりも大切な存在——————」
「わらわが憎いか?」
そうユキが発言した途端、勇者がロッドの攻撃からユキを守るために身構える。
しかし、ユキ自身がまたしても勇者のその行為を制す。
「ああ、殺してやりたいほど憎い」
涙は出ず、怒りを全力で押さえながら声を押し殺すロッド。
「だがな、てめぇも勇者様にとっては同じくらい大切な存在なんだ・・・・・なめんなコラ、俺はお前を殺さねぇ」
一切ユキへと視線を合わせずミューラの亡き骸を大切に抱きしめるロッド。
次第に大男の瞳からは涙がこぼれる。
「それに、光の断罪が下されなかったってことは、お前の心は悪じゃねぇってことだ」
ロッドは涙を拭う素振りを見せた後、ゆっくり立ち上がり歩み始める。
「ミューラ。この場所は、俺が育った場所だ。安らかに眠らせてやる」
ロッドはミューラへと語りかけ、誰とも視線を合わせることなく戦場を後にするのだった。