153話 忘れ去られた過去との再会
『エルフの都』道エリアに並び立つ魔力樹と聳え立つ岩山は崩壊し、『断罪の雨』により一瞬にして見るも無惨な惨状と化す。
魔力樹は宿主が生きている限り何度でも再生可能だが、それでもすぐに再生するわけではない。漏れ出た魔力は魔力核へと供給されることなく、周囲に飛散し魔物を作り出す。
近くに人の気配はあらず、『断罪の雨』を止ませようとした直前、ユキの目の前へと遠方から光の線が導かれる。
そしてその白銀の光を纏った存在から放たれる光の波動。それにより、既に止みかけてはいた『断罪の雨』が一気に消失する。
「流石は勇者と言ったところか。わらわの雨を一息で止ませてしまうとは恐れ入った」
「やっぱり、この見た目じゃ思い出してはくれないよね」
勇者としての今の姿は、髪色が左右に赤と青とで別れており、全体的に毛先が多少白色に染まっている。これは別に染めているとかではなく、単なる生まれつき。最高神の下で誕生した時からこの見た目だった。
転生前の政宗は地毛が黒であり、金髪に染めていた。日向は、茶色い長髪であった。
瞳の色も真実の魔眼を発動させているため両目が白銀色に輝いている。
「思い出す? 其方は一体何を言っておる?」
「みんな僕たちのことを勇者、勇者って呼ぶけど、僕の名前は新庄 政宗」
「私は、石上 日向。そしてあんたは柊 雪。私たちとあんたは、この世界に来る前に家族だったんだよ」
「家族」。
その単語を聞いた瞬間、ユキの鼓動が無意識に音を立てる。
「訳の分からぬことを。其方らとわらわが家族だったと?」
この時ユキの脳内には、先ほどの最高神とのやり取りが思い出されていた。
「家族だからこそ、生まれ変わった今もまた僕たちは巡り合うことができた」
「わらわの家族は「ファミリー」とコキュートスだけ・・・・・わらわを捨てた両親など家族などではない!」
無意識的に見た夢の記憶が影響しているためか、本来ユキから出るはずのない発言が飛び出す。
「両親? それは一体何だ? わらわは一体何を言っておる?」
「雪・・・・・」
勇者は思わず瞳が潤んでしまう。
ユキはかつての二人との記憶を覚えてはいない。しかし、確かに思い出はユキの内に秘められているところを政宗と日向は目の当たりにした。
「——————人類を守る立場である其方に理解できるか? 心から大切だと思える存在が奪われること。使命などではなく、心から愛情を注いだ存在を失う苦しみを・・・・・」
「理解できるよ」
「わらわは、最高神様の命令などではなく、ただ純粋にわらわからコキュートスとファミリーを奪った其方ら人間が許せぬのだ!」
ユキはミラエラと出会ったあの日以来見せることのなくなった涙を浮かべながら言葉を発する。それは、見た目の幼さとマッチした感情を露わにした子供の様。
「かつての僕たちは、本当に守りたい者たちを優先できないくらい、勇者という使命に囚われていたのは認めるよ。だけど、いやだからこそ、心から愛した存在を何度も失ってきた」
そう言うと、勇者は涙を流した優しい瞳でユキを見つめる。
「その中でも一番愛していたのは君なんだよ、雪」
「何を・・・・・何を言っておる。わらわは其方のことなど——————」
「生涯をかけて守らなくちゃいけなかった・・・・・僕たちの命よりも大切な宝物だったんだよ」
勇者としての生を始める前、二人は雪を失った苦しみに負けることなく、寿命という運命により死を迎えた。
どれだけ苦しかったか。
どれほど雪を愛していたか。
今のユキには分からない。
しかし、勇者の言葉に嘘偽りがないことだけは、本能により悟っていた。
「——————其方ともっと早くに言葉を交わしていれば、いい関係が築けた気がする。けれどもう止まれぬのだ。勇者よ。其方たちのことをもっと知りたい気持ちが生まれたが、遅すぎた」
ユキの内にはまだ人間としての心が僅かながらに残っていたからこそ、既に止まれない非情な現実に更なる絶望を覚えてしまう。
そして勇者もそんな悲しそうなユキの表情を見て、思わず言葉に詰まってしまう。
違う。ダメだ。
ここで諦めたら、ユキを取り戻せなくなってしまう気がする。
「だからこそ、より一層憎いんじゃないかしら?」
その時、ミラエラがユキの前へと姿を見せる。
「ごめんなさい。到着に時間がかかったわ」
ミラエラはそう一言勇者へ謝罪すると、目の前に佇むユキへと視線を向け直す。
「ミラエラ・リンカートン・・・・・」
ユキは勇者へと向けていた視線とは打って変わり、ミラエラへと憎い感情を全面に押し出した睨みを向ける。
「そうよね。憎くて仕方ないわよね。当然よ、だって私は、貴方から人の心を奪った張本人なんですものね」
見下された、罵倒されたなど言い訳。
本質は、ミラエラへ助けを求める手を取ってもらえなかったことで止まれなくなってしまい、人の心を完全に消し去るしかなくなってしまった。
しかしコキュートスを、「ファミリー」を愛する心の根幹には、人として抱くべき愛情が今も尚根付いているようにもミラエラには思える。
「あの時の私を今はぶん殴ってあげたい。私は、貴方の悲しみを、辛さを、苦しみを理解してあげるべきだった」
「黙れ。虫のいいことばかりほざくでない!わらわを救う? 思い上がるのも大概にせよ。わらわの幸せは最高神様にお仕えできることだ!」
「いいえ、貴方の幸せは、勇者である彼らともう一度家族になることよ。今は分からなくても、きっと分かるはず」
ミラエラは勇者へと笑みを向ける。
「過去の罪を消すことなんてできない。そして、過去の絆も消すことができないのよ」
神人になっても尚、ユキが家族にこだわる理由。
それは、かつて両親に向けられてこなかった愛情を求める意思。そして、愛情を求める心と同じくらい兄、施設の仲間たち、政宗と日向から注がれた愛情を忘れられていないからだ。
「黙れと言っておろうが‼︎」
ユキは激怒し、盛大な声量を響かせる。
感情任せにユキ自身から発生させられた聖水は、幾つもの巨大な竜巻となって地上から天空へと渦を巻く。更に、ユキ自身も溶け出し全身を聖水と化すと、周囲に発生させた竜巻を四肢とし、己は巨大な龍の顔となり一体の巨大すぎる怪物へと変身する。
怪物の大きさと比較すれば、勇者やミラエラは豆粒ほどの大きさにすぎない。
最高神の力と繋がった今のユキの全開である。