152話 都へ降り立つ脅威
時は数分前へと遡る。
ユキが飛ばされたのは、『原 天×点 界』最高神の膝元である白銀の空間と似た白のみ存在している無機質な空間。
ここが『エルフの都』?
いや、そんな筈はない。
ユキは即座にそう悟る。
こんな真っ白とした世界が『エルフの都』なわけがない。
確かに「無」故に一瞬意識を奪われはしたが、その美しさ故に心奪われたわけではない。
美しいなどという言葉を使うほどの景色など広がってはいない。
ならばここはどこか?
そう思考するユキの耳へと、一つの目立った足音とそれに連なる複数の足音が届き始める。
「アタシャらのエルフの都へ招待した覚えがないんでしゅが? 一体どちら様ですの?」
「其方は?」
「アタシャはエルフの長をやってるでね。知らん者を踏み入れさすわけにはいかんのでしゅよ」
「最高神様がわざとこのようなことを?・・・・・いや、それはあり得ぬな」
「——————どして侵入する以前に侵入に気づかれたのか不思議そうですな」
チャンドラはユキの思考を読み取り揶揄うような口調で話す。
勇者であるヒナタに宿るは神の力。
魔力しか宿さないチャンドラたちエルフにも人類にも神の力の気配は悟ることができない。
しかし、チャンドラは勇者の師匠である存在故、気配は感じずとも幾度となく神の力に触れる機会があった。
そして、普段は『エルフの都』を覆うようにチャンドラの覇気が常に空間全てを包み込んでいるため、その覇気を通り抜けた最高神とユキの神の力を悟ることができた。
けれど、悟ることができたと言っても魔力の気配を感じるような具体的なものではない。天に浮かぶ雲を掴むようなあやふやな感覚である。
「そんなもの勘よ、勘。まぁこうして侵入を未然に防げたっちゅうことは、アタシャの勘は流石っちゅうもんですよね」
「エルフ。噂程度に知ってはいたが、厄介な存在であることは認めようぞ。けれど、人類の味方をしようとする理由が分からぬ。大人しく静観していれば死ぬこともなかっただろうに——————わらわを止められると本気で思っておるのか?」
チャンドラは薄らと笑みを浮かべてユキの言葉に返答を見せる。
「そうか。愚かな人間に付き合っているから、其方らエルフも愚かな考えをするようになったということか。けれど慈悲などない。わらわは最高神様の命を今度こそ全うする。例えこの地に勇者がいようと、全て等しく命を狩らせてもらおう」
その直後、ユキが動き出すよりも先に空間内に大量の水が勢いよく渦を巻いて押し寄せる。
「こっちから仕掛けようと思っていたのに先に仕掛けられちゃったからね、攻撃くらいは先手取らせてもらうでしゅよ」
「くだらぬ。水魔法を選択したのは愚策としか言えぬな」
そう言い放った直後、ユキの背後から突如大量の水が波をうって押し寄せる。
「意味がないとしても、多少の猶予はあっただろうに、どこまで愚かな連中か」
敵の居場所はそもそも分からない。
開かれた会議の場では、主力となる勇者とロッドの間に亀裂が生じてしまった。
チャンドラとしては敵を誘い出す方法の模索はできなくとも、敵の扱う力や戦術の癖などを色々と知っておいた上で勇者を中心に負けない布陣を作り上げておきたかったのだが、一度目の会議が最悪な締まり方だったばっかりに二度目の会議が行われることはなかった。いや、機会はいくらでもあったのだが、その前にユキが攻めて来てしまったため、敵の詳しい情報をほとんど持っていない現状。
聖水が勢いよく荒波を立てながら押し寄せ、空間を飽和状態にする。
「窒息死するがよい」
しかしそう簡単に上手くいくとはユキとて思ってはいない。
しかし、次にチャンドラたちエルフが放った魔法に一瞬だけだが驚かされることになる。
「何っ⁉︎」
ユキが発生させた聖水全てが、エルフが発生させた燃えたぎる炎により一瞬にして蒸発させられたのだ。
魔法の使えない神人であるユキとて、基本的に魔法は一人一属性であることを知っている。
勇者においては、そもそもが魔法を魔眼によって作り出せるため例外。
無属性の場合は、他属性に付随するユニークな魔法を扱える者も存在するが、目の前に立ち塞がるはチャンドラ含めて百はいるだろうエルフたち。その全員が水と火。異なる属性を操って見せたのだ。
魔法属性は、炎・水・風・地・雷・闇・光・無の計八種類である。
また、シェティーネなどのように複数の属性を扱える者も存在するにはする。
しかし基本的に魔法属性は生まれつき決められたものであり、後天的なものなどではない。
エルフとは、人間の数倍もの魔力を宿す存在である。そしてその魔力樹は、『エルフの都』の道と水のエリアに生えている桜色の花を等しく咲かせた巨大木。
実は一つも実ってはいないが、美しい花を等しく咲かせているのが特徴である。多少の大小が見られるのは、個人が有する魔力量の総量を表している。
つまり、エルフは属性に合わせた特有の魔法を扱う種族ではない。
魔法属性は闇を除いた全てであり、炎属性ならば火を、水属性ならば水を、風属性ならば風を、地属性ならば土を、雷属性ならば雷をそのままの現象として発生させることができる。また、光属性に関してはただの眩い光のみを。無属性に関しては、エネルギー変換や小さな空間創造などの数種類の魔法ならば扱うことができる。
今回の真っ白なこの空間は、光属性と無属性の魔法を合作したものとなっている。
「容易くわらわの聖水を蒸発させるか」
空間内は決して狭くはない。そして広すぎもしないが、それでも飽和状態の聖水を瞬きの一瞬で蒸発させてしまわれては、あまりにも天敵。
故にユキは真っ向から勝負すれば、竜王の力を発揮するユーラシアには絶対に勝つことはできない。
今回の相手は、人間と比べものにならないほどの魔力量を宿すエルフ。しかし竜王と比較すれば放つ炎は温いにも程がある。
そして今ユキには一人の「ファミリー」もついてはいないが、負ける姿など想像がつかない。
以前までは、己の中で生成されたエネルギーを神の力へと変換していたため、「ファミリー」を使い威力を高める補助をさせていた。
『断罪の雨』は、一つの面積に与える威力に変化はないが、「ファミリー」を使用することでその面積を大幅に拡大することができる。
しかし最高神の力を直接使うことのできる今となっては、嬉しくも悲しいかな「ファミリー」の助けがなくとも以前よりも大きく強い『断罪の雨』を降らすことができる。
「其方らにこれが止められるか?」
ユキは両手を左右へと大きく広げて背後に無数の水滴を発生させる。
「『断罪の雨』」
目には見えない速度で放たれる一つ一つの水滴の威力は、以前にオルタコアスで降らせた時以上。
更に水量もかなり増している。
エルフたちの魔法発動が追いつくはずもなく無惨にその身を貫かれていく。
「これは神人としての使命なのだ。其方らの命を奪うことが楽しいわけでは決してない。けれどそのことを理解してくれなどとは言わぬ。故にわらわの独り言だとでも思ってくれ」
そのユキの言葉はチャンドラに届いていたかは分からない。
次第に空間に亀裂が生じ、割れる。
ユキは自身が発生させた『断罪の雨』に導かれるよう雨とともにエルフの都へと降り立つのだった。