151話 父親
魔導祭襲撃から二週間。
『エルフの都』の都エリアにはエルフ一。いや、世界の中で比較しても五本の指には入るほどの腕を持つ鍛治職人がいる。
その者の名はコウィジン・グローバ。ロッド・グローバの父である。
ロッドはコウィジンと、コウィジンが恋した人間の女性「マロニア・マレンシア」との間に生まれたエルフと人間のハーフである。
マロニアは既に亡き存在だが、コウィジンは見た目が老いようともまだまだ元気な姿で普段と変わらず工房内に力強い鉄の音を響かせる。
「お互い随分と老けたが、元気そうで安心した」
「怪我の方はもう大丈夫なのか?」
「おかげさまでな」
久しぶりに息子と再会したと言っても、父親とは、息子の異変を見逃さない。
「俺もお前が元気な姿で帰って来てくれて嬉しいが、何かあったか?」
「——————俺に娘がいることは知ってるだろ」
ロッドは明後日の方角へと視線を向けながら約一週間前に開かれた屋上での会議の内容をコウィジンへと話す。
「勇者様に敵う敵わねぇとかいう問題じゃねぇ。あの人にとってのユキ・ヒイラギが俺とエルナスにとってのミューラだと考えれば考えるほど・・・・・」
あの時はユキを殺し、勇者を敵に回してでもミューラを取り戻すと宣言したが、時間が経つに連れて勇者の気持ちを深く考えるようになっていった。
そしてそれは勇者もきっと同じこと。
互いに大切な者を守りたい気持ちが同じだからこそ、相手の気持ちが手に取るように分かってしまう。
人を想い、人を助ける者同士、互いの気持ちを無視して強欲になれるほど落ちぶれてはいない。
しかしどちらも譲れない意思があるからこそ、結局はいくら悩んだところで意味はない。
一番の理想は、勇者が口にしたユキもミューラも救えること。
しかしミューラは救えず、ユキが救われた場合は?
ロッドはユキに牙を向かずにはいられないだろう。
矛盾しているのは百も承知の上で、ロッドは向けてしまうかもしれない牙を予め折ってしまおうとしているのだ。
「ミューラちゃんは、父親にここまで大切に思われて幸せだな。お前が最悪の事態に備えようとしてんなら、俺からは何も言ってやることはないな。強いて言うなら、例え期待を裏切られちまうことになったとしても、信じてやることだ。それさえできてりゃあ、後は大切な者のために全力を尽くせ」
ひたすらに鉄の音を響かせながら語る父親の言葉を、ロッドは大きな背中で受け止める。
「俺には夢があった。ラベンダ、エルナス、ミューラと俺の四人で笑顔を作れる家族になること。過ごしていくうちに喧嘩したりするだろうが、一緒にどこか出かけたり、美味しい物を食べたり、そんな普通の家族になりたかったんだ」
ロッドの声はどこか滲んでいるように聞こえるが、コウィジンはそのことに一切触れることなく手を止めずに話に耳を傾け続ける。
「ラベンダに、成長したエルナスとミューラの姿を見せてやりたかった——————ミューラにも母親の顔をもう一度見せてやりたかった・・・・・ミューラはどんな女性に育ったんだろうな?」
「マロニアと同じくらい、美人になってるだろうな。なんせ、俺の孫でもあるんだからよ」
ロッドは思わず笑みをこぼす。
「フッ確かに、親父の血も入ってることにはなるんだな。ミューラが女の子でよかったぜ」
コウィジンは髭がモジャモジャなため、もしもミューラが男の子であれば、濃い髭の遺伝子を受け継いでしまう可能性があった。
現にロッドは、コウィジンまではいかないものの、口周りに円を描くほど濃い髭を生やしている。
「この野郎・・・・・」
口調は悪くとも、その息遣いからは笑みを浮かべているだろうことが想像できる。
すると直後、工房内に今日一番の金属音が響き渡る。
「バズーカ二号機ちゃんの完成だ」
「相変わらずセンスのない名前だ」
「うるせぇ。バズーカシリーズ処女作を粉々に壊されやがって、感謝しろよ」
バズーカ一号ことロッドの機械腕は、バーベルドによって壊されてしまった。
そしてシリーズ二作目となる金属の剛腕がロッドの右腕へと付けられていく。
一号は漆黒と黄金色という男のロマン満載な見目であったが、二号機は真っ赤な色と銀色で全身が染められている。
「この燃えるような赤が、お前には一番似合ってるな。それに赤は大切な者との絆も意味する。次は絶対に掴んでこい」
ロッドは立ち上がり剛腕を軽々持ち上げると、コウィジンの方へと振り返る。
「親父も大事な家族だ。そのことを忘れるなよ」
「一端なこと言うようになったじゃねぇか」
そう言ってロッドに差し出された真っ赤な手を取ろうとした瞬間、エルフの都の結界をくぐり抜けた知らぬ魔力にコウィジンとロッドは異変を感じる。
「知らない魔力だ」
「どうやらお出ましのようだ」
様々な魔力で満たされる都内で、突如現れた魔力に瞬時に気が付いたのは、流石と言うべきだろう。
「向こうから来るとは予想してなかったが、探す手間が省けたってもんだ」
ロッドは勢いよく工房から飛び出そうとしたところ、足を止める。
「礼を言うぜ、親父。行ってくる」
「おう」
そうしてロッドは気配の下へと向かうのだった。