150話 神のお言葉
目覚めた直後、自身の瞳に溢れる涙にユキは驚愕する。
「わらわは何故涙を?」
「そりゃあこっちが聞きてぇな。まさかボコられたことがんなショックだったのか?」
バーベルドは目を覚ましたユキを見下ろし、見下すような笑みを浮かべる。
「最高神様がお呼びだ。あのお方はやっぱすげぇよ。いつ目覚めるかも分からねぇてめぇの目覚める時を正確に言い当てちまうんだからな」
ユキとバーベルドは、最高神の膝元である白銀の光に満たされる空間へと移動した。
「最高神様からお力を頂いた神人でありながら醜態を晒してしまったこと、誠に申し訳ありません」
ユキが代表して謝罪の言葉を述べると、続いてバーベルドも頭を下げる。
『表を上げなさい』
いつもは頭の中へと最高神の声が響いていたが、今回は空間内に直接響いている。
『魔王の復活。そして勇者の存在にこれまで気が付けなかったのは我の過ちです。そのせいでフローラを失ってしまいました』
最高神の言葉を受け、バーベルドは僅かながらに眉を動かし同様の反応を見せる。
『ネメシスの罪を咎めるつもりはありません。あのままでは、貴方までも失ってしまうところでした』
ネメシスことバーベルドは、アートによる『アベオス』を受けてしまい命の灯火が消えてしまうギリギリの状態にまで追い詰められてしまった。しかし、偶々近くにあったウェルポネスの死体を吸収したおかげで何とか一命を取り留めることができたのだ。
『我は下界に降り立つことは叶いません。故に貴方方神人を使うしかありません』
かつて竜王を滅ぼした際は、竜王自らが最高神の下へとやって来た。
『アクエリアス。貴方も生きて帰って来てくれてよかったです。ですが、貴方の神器「ファミリー」はあの場にいた一号を除き全て消えてしまいましたね』
ユキは下唇を血が出るほど噛み締め、再度家族を失う苦しみに耐える。
まだ魔導祭の侵攻時に集まらなかった「ファミリー」は山ほど各地に散らばっているが、消えてしまった「ファミリー」一人一人がユキの大切な家族であり、彼らにも家族がいた。
その残された家族の悲しみを思うだけでも、ユキの心は張り裂けそうになる。
しかしいずれは、「ファミリー」の家族となる人類もこの手にかけることになってしまう。
『やはり竜王の説得はできませんでしたか』
「———すみません」
ユキは何とか言葉を搾り出し、感情を表に出さないよう耐える。
『ところでアクエリアス。貴方に問いたいことがあります』
ユキは昂る感情をなんとか落ち着かせ、冷静に最高神の言葉を受ける。
「はい」
『アクエリアスの神名ではない方の名前は、かつて貴方が人間だった時のものです。ネメシスは元魔族なため、その時の名前を。フローラも貴方と同じく人間だった時の名前をそのまま残しました』
「わらわが元人間、ですか?」
ユキは過去の記憶の全てを失ってしまっているため、神人以外の何者でもないと思っている。
『貴方は先ほど夢を見ていました。かつて人間だった頃の記憶を。覚えていませんか?』
「夢?・・・・・申し訳ありません。覚えていないみたいです」
『かつての記憶を夢で見たのは、おそらくは勇者との接触が影響しているのでしょう』
最高神は全てを知っている。しかし、魔王の復活や勇者の存在が世界から消えていた時のように知り得ない情報もある。
ユキは最高神の言葉の意味が分からず、反応が硬直してしまっている。
これがバーベルドから飛び出した発言などであれば、理解のできなさに不愉快を示すこともできただろう。しかし、最高神ともなれば無闇な反応は失礼にあたり、かと言って理解しようとしても思い当たる節が何一つない。
故に反応が硬直してしまう。
『よって貴方方お二人に新たな力を授けましょう。これまで神人である貴方方は自らで神の力を創り出すことができていました。けれど、それだけでは今度はこちらに勝機などありません。故に我の力を直接使うことのできる回路を繋ぎます』
「そんなことしたら、最高神様の負担があまりにも大きすぎじゃないんですか?」
流石のバーベルドも最高神の提案をそう簡単には呑もうとはしない。
なぜなら、最高神の力の回復はかなりの時間を要するため。それも何百年といった単位で。
もしも最高神の力をユキとバーベルドが使えば、ほぼ無限に近いエネルギーを技へと変換し続けることが可能となるだろう。しかしそれでは消費する速度が圧倒的なまでに回復速度を上回ることとなり、最高神にかなりの負担を強いることとなる。
最高神とて内に秘めるエネルギーは無限ではない。ほぼ無限というだけでいずれ限界は来る。その強大さ故、大抵のことでは何ら影響を及ぼしはしないが、今回の相手は、かつて最高神にとっても脅威となった竜王と魔王。加えて神人以上の強さを持つ勇者もいる。
竜王一人相手にするだけでも最高神はかつてかなりの力を消耗した。
故にバーベルドとユキは、最高神様と言えども心配してしまう気持ちが生じてしまう。
『アクエリアス。これから貴方を『エルフの都』へと送ります。そこには貴方が復讐心を燃やす者と勇者もいます』
「俺はどうすりゃあいいですか?」
『ネメシスも再度その時になれば我から命を下します。アクエリアス。貴方は神人です。だから人類を滅ぼしなさい』
ユキは地面に片膝を付き、深く頭を垂れる。
「最高神様のご命令のままに」
『そして一つ。言葉を送りましょう——————人類の、我たちの運命の鍵を握るのは、貴方です。そのことをよく覚えておきなさい』
「それはどういう——————」
最高神はユキが言葉を発し終える前に『エルフの都』へと転移させた。
そして残されたバーベルドは、今し方最高神がユキへと送った言葉の意味を思考するが、全く意味が分からない。
「最高神様。アクエリアスに送った今の発言の意味は何ですか?」
『彼女が戦いを終えた時分かるでしょう』
最高神は短くそう言い残して、それ以上は言葉を発さなくなってしまった。
戦いとはつまり、これから行われるであろう『エルフの都』での戦争。
仮に強敵の一人である勇者を倒したところで何が分かるというのか? バーベルドには一切理解はできなかったが、最高神様の言葉故、戦いの終結を待つのだった。