148話 抱かれた復讐心の隠された真実
ミラエラと勇者は、勇者がまだチャンドラの下で修行の身であった時に使用していた勇者専用の部屋の目の前に腰を下ろす。
その場所は、竜王ユグドラシルの魔力樹が聳え立つ樹の頂上にある。
「さっきの話の続きを聞かせてもらってもいい? 貴方とユキとのこと」
「・・・・・雪は、僕たちにとって妹のような存在であり、娘でもあった。血の繋がりとかはなかったけど、自分たちの命よりも大切な家族だったんだ」
勇者は底の見えない暗闇に浸るように過去へと意識を浸らせ、黄昏るように話し出す。
自分たちの知る限りのユキの過去。
かつてはどんな人柄だったのか。
政宗と日向、雪の三人の思い出話をミラエラへと聞かせた。
「どうして雪が神の力を有する神人になってしまったのかまでは僕たちにも分からない。けれど一つ確かなこと。それは、今の雪の中に僕たちがいないってこと。正確には前の世界の記憶を無くしちゃってるのかも知れない」
「やっぱり、元々は人間だったのね」
神人とは神の力。即ち最高神の力を宿す存在。
これまで力を授ける授けられる者たちを数え切れないほどミラエラは目にして来た。そして、自分も竜王に細胞の一部を与えられた者の一人。
神人が最高神の意思に背くこととは、ミラエラが竜王に敵対するようなもの。
ミラエラは体を震わす。
「理屈じゃないのよね。神人にとって最高神は絶対的な存在・・・・・逆らえるはずがないわ」
しかし人類の全滅が最高神の意思だとしても、ミラエラにはユキについて腑に落ちない点がある。
ユキと始めて出会った約二百年前のあの時と比べ、強さが圧倒的に異なる。
ミラエラにはかつてのユキも今と同様に情け容赦のない牙を人類へと振るっているように見えた。
しかしそうではないのではないか? と、ミラエラの中に疑問が生じ始める。
かつてのユキに対するミラエラの認識は、白銀の怪物を使って死をばら撒く人間の幼い少女。
けれど、幼い少女というだけで何人もの人の命を奪った存在を見逃してしまったのか?
否。そうではない。
「あの時の彼女の顔には、とてつもない恐怖心が浮かんでいた・・・・・それに今思えば、私に助けを求めているような———そんな表情だったわ」
ユキがミラエラに向ける怒り。
あの怒りは、心の底から湧き上がるもの。
自分の大切な何かを壊された、奪われたことに対する怒り。
そしてその大切なものとは、きっとコキュートスのことなどではないのだろう。
ミラエラがユキから奪ってしまったもの——————それは、人の心。
命を奪う使命から抜け出したいと願うユキの唯一の抗う救いの手を、ミラエラははたいてしまったのだ。
ユキは自らを変革させ、心を作り変えるしか意思を保つ方法がなかったのだ。
ミラエラがこれまで犯してしまった罪から目を逸らして来たように。
そしてユキに対する罪もまた、ミラエラが犯してしまったものの一つ。
「彼女を今のようにしてしまったのは、私かも知れないわ」
ミラエラは自身の無自覚さに腹を立てる。
「知らなかったなんて言い訳さ。もしも君と雪の出会いが今の雪を作り出したトリガーだったとしても、僕たちなら雪を救ってあげることができたかも知れない。けど、できなかった」
自身の望む運命以外は改変しないよう、世界から存在をくらませていたため。
もしも神人の行動を始めから把握できていれば、ユキをもっと早い段階で救えたはず。
勇者はミラエラの肩を軽く叩く。
「過去はもう変えない」
勇者は真っ直ぐな瞳で宣言する。
「だけど未来なら変えられる。もう絶対に雪には誰の命も奪わせない。必ず昔の雪を取り戻す!」
神人としてのユキの気配を知った勇者は、世界のどこにユキが現れようともすぐさま向かうことができる。
「それに雪を味方にできれば、『原 天×点 界』に向かう方法も分かるかも知れないからね。まぁ、その時にまだ僕たちが人類の味方だったならの話だけど」
勇者は薄く笑みをこぼし、冗談まがいにそんなことを口にする。
「さっきは言える雰囲気じゃなかったから呑み込んだけれど、冗談になってないからやめてほしいわね全く」
「大丈夫。ミラエラも僕たちにとってとても大切な存在だ。ダビュールたちだっている。勇者じゃなくなるわけにはいかないよ」
自分へと向けた言葉。
そしてミラエラも同様に一人意思を固める。
「彼女の復讐心は私の罪。私は逃げも隠れもしない。真正面から受け止めるわ」
ユキの怒りが理解できなかった以前とは違う。
その意味を理解したからこそ、ミラエラは本当の意味でユキと向き合う覚悟を決めたのだった。