146話 エルフの都
現在『エルフの都』には、エルナス含め、学園の教師と避難していた生き残った生徒と市民、東西南北の王とその他数名のゴッドスレイヤーたちがいる。
現状、避難してきた者たちの中には命に関わる傷を負った状態の者たちも多くいたが、エルフたちが扱う特殊な回復魔法と都に蔓延する高濃度の魔力の効果が相まって無事回復に成功している。
特に状態が酷かったロッドも何とか一命を取り留め、今は静かに眠りについている状態。
バーベルドにより負わされた瀕死レベルの全身火傷は、センクの回復魔法のみでは完治できないほどの重症だった。
センクが扱う回復魔法は、死に関わるどんな怪我も命ある限り治すことのできるというもの。そんなセンクでさえ、神の力により負わされたロッドの火傷は些細な回復しか促すことができなかった。エルフたちでさえ、都の魔力の効果がなければロッドを助けることはできなかっただろう。
『エルフの都』は、かつて勇者が心を奪われたほどの美しさを持つ。
実際目にしたことのある者はごく僅かなため、お伽話としか思われていない存在。
『エルフの都』。
世界樹ほどの高さを持つ幾つもの岩山に囲われ形造られた一歩道には、桜色の満開の花々を咲かせた巨大な木々が並び立つ。
空は花と同じ桜色をしており、雨ではなく、天から桜色の細長い光の線が幾つも垂れている。
そして一歩道を抜けた先、次は岩山ではなく、氷山に囲われた桜色の木々と空が存在する空間へと行き着く。そこには、氷山と木々に囲われた中央に巨大な湖が存在している。
更にその湖の中へ潜ると、周囲が暗闇に包まれ、空間の中央へと輝きを放つ桜色の木々が聳え立っている。また、天からは黄金色の光が微かに差し、足元に広がる漆黒の表面へと鏡のように景色全てが映し出されるという幻想的な景色が広がっている。
次に中央に聳え立っている桜色の木へと触れた途端、緑広がる空間へと移動した。
そこには、翼を生やした人間サイズの真っ白い魔法生物や全長十メートルほどの鯨のような真っ白い魔法生物が宙を舞っている。更に、周囲にはそこら中に巨大な木々が生えており、自然溢れる景色を形成している。特に目立つのは、中央に聳え立つ世界樹をも凌ぐほどの大きさを誇る樹。
その大きさは、天は雲に隠されて白く。地は視認できないほど。
主に魔法生物たちは、樹の周りを螺旋状に飛んでいる。
ミラエラは目の前の景色。主に目の前の樹へと視線を釘付けとし、微かな涙を流す。
「まさか——————また見られるなんて思わなかったわ・・・・・」
「最後にミラエラ様が都に訪れたのは、竜王様が亡くなられてすぐのことでしゅたかね」
チャンドラは昔の記憶を懐かしむように樹を見上げながら薄い笑みを浮かべる。
「ええ、彼が死んでしまって魔力樹も消えてしまうと思ったから——————」
魔力樹とは、宿主が死んでしまえば機能は停止し、次第に枯れ果て亡くなってしまう。
「既に樹の中に何の魔力も残ってないんですんがね、都そのものの結界のおかげで樹から発せられた魔力を外界へと出さず、加えて五大長老と呼ばれるエルフたちが魔力樹維持だけにその生を捧げているのでしゅ」
故に宿主を無くした今も、目の前に存在する魔力樹は老いる時を止め、力を完全に失っても尚、姿のみは維持している。
「まさかこれが竜王ユグドラシルの魔力樹だったなんて、以前来た時は思いもしなかったな」
すると突然、背後からミラエラとチャンドラ以外の声がした。
「貴方たちも来たのね」
「やぁ、だいだい一週間ぶりかな? まぁあの時はほとんど話せなかったし、会ったことにしていいのか分からないけど」
「本当に久しぶりね。人魔戦争を終えた途端、貴方たちに関する情報を何一つ聞かなくなって本当に心配していたのよ」
「まぁ、色々事情があってさ」
「マサムネの言う通り、世界から存在自体をくらませなきゃいけない事情があったんだよね」
「詳しくは聞かないわ。貴方たちの元気な姿が見られただけで満足だもの」
「ミラエラさん」
「流石はミラちゃんだね」
勇者は笑みを浮かべる。
「久しぶりね、その呼び方。今後も付き合いが続くと思うから、できればやめてくれるかしら?」
「まぁ、時々はいいでしょ? ミラエラって呼ぶことあるし、そこは気分だよ、気分」
勇者は直後にため息をつくが、ミラエラはそれがヒナタの意思であることに気が付いていた。ヒナタも以前からヒナッちゃんと呼ばれることに抵抗を覚えていたためである。
「それにしても何でこの樹が伝説の竜王の魔力樹だって教えてくれなかったんですか? 老師」
「教えたところで、チミらが都に初めて来た時には既に魔力樹は抜け殻だったし、マサちゃん、ヒナちゃんは竜王様のことそもそもあんま知らんじゃない?」
「いやいや、私らが老師と修行してた時期にめちゃくちゃ竜王の話聞かせてくれてたじゃん。何でそん時話してくれなかったんだよ」
チャンドラは終始キョトンとした表情をしたまま、勇者を見つめる。
「そんなに聞きたかったのか? ごめんねごめんね、アタシャ全然気が付かなかったよ。あれ? それじゃあどうしてこの樹のこと知ってんの?」
「前に話したことあっただろ? 私に宿ってる神の力のこと。まぁ、言っちまえば刻まれた記憶ってやつだよ」
「んー、よく分かんないけど、分かった」
「「どっちだよ!」」
ヒナタとマサムネの意識がシンクロし、時々放たれる二重音が奏でられる。
「まっとにかく、そろそろみんなのところに案内するでね」
エルフの都には、エルフたちが暮らす街が存在している。
そこは、空は青、紫、緑が混ざったような色をしており、地上からは、建物が発する赤、オレンジ、黄色の輝きがそれぞれ混ざり合い、全体的に虹色に染められた空間となっている。
宙に雲は存在せず、地上から光を透かす真っ白な霧のようなものが湧き上がっている。
建物はどれもこれもが西洋風な見た目となっており、空間の一番奥に建てられている王宮のような大きく立派な建物の背後には、月をイメージさせた闇に浮かぶ巨大な白い円形が存在している。
ミラエラと勇者一堂は、一番奥に位置する一際目立つ建物へと案内された。
ここはエルフの長であり王様であるチャンドラとその婦人。そして娘、息子たちの家である。
建物内は、マルティプルマジックアカデミーの校舎に負けず劣らずの素晴らしい造りとなっており、様々な色が混ざり合い、内色までも虹色に染め上げられている。
当然部屋も余るほど存在するため、学園の教師に生徒、ゴッドスレイヤーたちだけでなく、避難している市民たちにまで各人の部屋を提供している。それでもまだまだ空き部屋が存在しているわけであるから、この世に存在しているどの建造物よりも大きい可能性を秘めているほどの規模である。
しかし、その他のエルフたちにも個々に合った住処が存在しているため、チャンドラたちの暮らしを決して羨ましがったりなどしていない。
『エルフの都』には、五つの異なる空間が存在しており、個々にテーマが存在している。
道(試)・水(潤)・静(真)・樹(尊)・都(暮)
道はエルフの都へ立ち入る資格を試す空間となっており、悪しき存在が立ち入れば容赦なく天から降り注ぐ光の断罪が降ることとなる。
水は、巨大な湖により生の潤いを保つための空間となっており、エルフの都に供給されている水源は、全てこの空間に存在している湖。
静は、黄金の光に照らされた静かなる空間となっており、空間に存在する一本の木は、己と繋がる魔力樹を擬似的に連想させ、真に己と向き合えることを意味した空間となっている。
樹は、中央に聳え立つ竜王ユグドラシルの魔力樹を保護する空間となっており、全エルフの竜王に対する尊敬の念を芽生えさせ、そして生涯忘れることのないようにするための空間。そしてこの空間の最下層には、魔力樹の姿を維持するために力を注ぐ五大長老たちがいる。
五大長老は、その役目を終えると、残りの生をエルフの王として生きることとなる。
つまりチャンドラは、かつては竜王の魔力樹を維持する五大長老も勤めたことのある最古のエルフなのである。
都は、最も多くのエルフたちが暮らす空間となっており、そこには人間同様、衣食住の豊かな暮らしが形成されている。
しかしエルフたちが暮らしているのは都だけではない。
道と静以外の空間ならば数名程度でも暮らしているエルフは存在している。
そして、これら五つの空間全てまとめて『エルフの都』と称する。