143話 ケンタの炎魔法
教会からは一キロメートルほど離れた森の中、ミラエラはケンタの魔力を頼りに歩みを進める。
すると数メートル先から炎が立ち上がる様を確認し、急ぎケンタの下へと。
ケンタの魔法は炎属性であり、冷静になって考えてみると燃焼性のモノが多く存在している森の中での修行など、一歩間違えれば大惨事になりかねない危険な行為。
しかしケンタの姿を捉え、一先ず着火している箇所を凍結しようとした瞬間、ミラエラの目の前には目を疑ってしまう光景が広がっていた。
「何? これは一体どういうことなの?」
「ミラエラさん⁉︎」
ケンタはすぐさまミラエラに気がつくと、明らかに動揺した様子で気まずそうに顔を俯かせる。
「ごめんなさい、驚かせてしまったわね。それと先ほどのことだけど、貴方の言葉に目を覚されたわ。ありがとう」
ケンタは分かりやすく、笑みを浮かべる。
「いや俺はただ、兄ちゃんが死ぬなんてあり得ないって思ってるだけだから」
「そうね。絶対にどこかで生きているわ」
そして再び、ケンタに向けていた視線を周囲へと向け直す。
「一つ聞いてもいい?」
「何?」
「ケンタは確か、炎属性だったわよね?」
先ほどの気まずそうな表情から一変。どこか自慢げな表情を僅かに浮かべている。
「もちろん。ミラエラさんも俺の魔法に驚かされちゃったかぁ〜。てことは、兄ちゃんも絶対驚くこと間違いなしだな!」
「私もってどういうこと?」
「実はシスターにもこれと同じような光景見られちゃった時があってさ。どうせなら、シスターとミラエラさんにも兄ちゃんと一緒に見てもらうつもりだったんだけど、まぁ仕方ないか」
ミラエラは何千年と生きている大魔導師であるが、誰かの魔法の才能に驚かされたのは久々である。
ミラエラが見た光景・・・・・それは——————
ケンタの周囲一帯に燃え盛る炎の中、ケンタの炎魔法により焼け焦げたと思われる木々が地に横たわっていた。しかし、燃え盛る炎は消えることも勢いを弱めることもなく、次第に炎に包まれている部分の環境が元の姿へと回復し始めたのである。
木々は炎を纏いながら焦げを無くし、一人でに立ち上がると、折られた部分を修復してしまった。
そしてミラエラが最も衝撃を受けたのは、傷ついている動物たちまでも回復させてしまった点である。
つまりケンタの炎魔法は、傷つけるとは正反対の回復・保護を実現している矛盾が生じている。
「回復魔法を同時に発動していたの? いえ、違うわね。もしかして、貴方の炎自体が回復効果を宿しているのかしら?」
ケンタは片手は腰へ、もう片方の手は鼻へと当て、嬉しさを全面に押し出しニヤニヤが止まらない様子。
「これはシスターにも教えてないんだけど、ミラエラさんになら教えてあげてもいいかなぁ〜? 絶対に兄ちゃんには内緒にしてくれよ」
「約束するわ」
ミラエラはケンタと同じ目線まで腰を下ろすと、ケンタは一丁前に周囲を気にする素振りを見せた後、ミラエラの耳元まで口を近づける。
「フフッ」
「何?」
「ごめんなさい。かなり細かいところまでユーラシアに憧れているケンタを見ていたら、少し面白くって」
ケンタからすれば、ユーラシアはすごい力を十年間も隠していた憧れの存在。
確かに学園では凄まじい嫉妬心を向けられるであろうことは予想がついていたため、魔力樹が世界樹であることなどを隠してはいたが、ケンタには隠していたわけではない。むしろその逆で、長期休暇に帰って来た際には、力の秘密をある程度話したりもしていた。
しかしケンタはそのことを知る由もないため、力を隠していた兄ちゃんもカッコいいという風に見えてしまっているのだ。
そしてそういう年頃ということもあり、修行をして強くなっていく自分の力をできる限り隠すことにカッコよさを感じている。
もちろん、ユーラシアへのお披露目の時に驚かせたいという気持ちも当然ある。
しかし、ミラエラが察した事も間違ってはいない。
「いいだろ別に。俺には兄ちゃんの全部がカッコよく見えるんだからさ」
「そうね。それじゃあ、貴方の魔法のこと聞かせて貰える?」
「全く、ミラエラさんってそういうところあるよな」
ケンタが魔力樹から授かった魔法は、今のところ二つ。
一つ目は『不死鳥の灯火』。
これは、まさに先ほどミラエラが見た魔法。
発動させた魔法に包まれた存在を回復させられる効果を持つ魔法。
これが単なる回復魔法なのか、それとも蘇生効果も宿す魔法なのかの判断は今のところは不明。
「もう一つは『炎化:飛行』って魔法なんだけど、実際に見てもらった方が早いや」
そう言うと、ケンタは下半身に炎を纏わせ、ロケットエンジンのように火力を高めて宙へと飛び上がった。
速さは申し分なく、ミラエラはケンタが部屋を飛び出した後すぐに追いかけたにも関わらず、追いつくことができなかった点に合点がいった。
しかし一分ほど飛行したケンタが息を切らせて地上へと着陸した際、ミラエラの中に再度疑問が生じる。
その理由は、下半身に炎を纏っていたにも関わらず、履いているズボンが全くの無傷である点。
肉体には、元々自身の魔法による耐性が付いていてもおかしくはない。当然、炎属性や氷属性の魔法を扱う者の中には自身の魔法で身を傷つけてしまう者もいるが、身に付けている物まで無事なのはどう考えても不自然である。
耐性が付与された特性の装備品でもない限り、全くの無傷などあり得ない。
ここでミラエラの中に一つの仮説が成り立つ。
「まさか炎化って、貴方自身が炎となるということなの?」
つまりは炎を纏うのではなく、自らが炎と化す。
「大・大・大正解‼︎ やっぱり流石だな、ミラエラさんは」
「もしかすると・・・・・いえ、本当に届き得るかもしれないわ」
ケンタは人間であるが故、寿命という運命には抗うことはできないが、もしもミラエラが竜王の一部を授かったことで寿命という人の縛りから解放されたように、ケンタももし寿命に縛られない存在になれたとしたら・・・・・いつかユーラシアの背中を捉えられる位置にまで登り詰めることができるかもしれない。
それだけの可能性をケンタからは感じる。
「ケンタは確か、来月で七歳よね?」
「まぁね」
「ということは、約三年後にはどこかの魔法学園には入学できることになるわ。マルティプルマジックアカデミーは消えてしまったけれど、この世界がまだ残っていれば、必ず学園に入学するべきね」
ケンタはミラエラとサーラとの会話を一通り聞いていたため、自分がまだ生まれる前に起きた神による人類への攻撃が、またしても訪れてしまった事実を知ってしまった。
「そう不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。いえ、無責任に大丈夫なんて言えた立場ではないわね。けれど、私たちは必ずこの戦争に勝って見せるわ。だから、ユーラシアだけじゃなくてユーラシアが信じる私たちのことも信じてくれるかしら?」
「——————分かった。信じるよ」
ケンタは真剣な眼差しを向けて一度だけ頷く。
「ありがとう」
ミラエラのこの一言には、ケンタに対する様々な感謝の感情が込められている。
神放暦が終われば、地上に存在する魔法学園らは、ゴッドスレイヤーを目指す学び屋ではなく、魔法で溢れる世界の中で立派に育っていくための学び屋となっていくだろう。
「必ず、貴方たちの未来を守って見せるわ」
ミラエラの視線はケンタ、そして教会の方向へと向けられていた。
「さぁ、今日のところは戻りましょうか。明日からはビシバシ鍛えてあげるから覚悟してなさい」
「え⁉︎ いいの?」
まさかの提案にケンタは驚いた様子で後ずさる。
「手掛かりを掴む間だけね」
「よっしゃあー‼︎」