141話 魔力核育成計画
「あ? お前、トロプタか? チッ裏切り者が急に戻って来たかと思えば、とんだお荷物連れて来やがって」
「久しぶり、ミッショルさん。勝手にみんなの下から離れたのは悪いとは思ってるけどさ、今はそれどころじゃないんだよね」
「チッ、こんな状況だからまともに文句も言えねぇじゃねぇかよ。んで、そいつら一体誰なんだよ?」
十大魔人には皆、それぞれ異なるが全身に漆黒の影のような模様が纏わりついており、それ自体が衣服のような見た目と役割を果たしている。
トロプタことユーリにミッショルと呼ばれるこの魔人は、金髪美女。紫色の肌を大胆に露わにしているセクシーな見た目である。
「誰とは侵害だ。たった数百年で主の気配すら悟れぬほどになったのか?」
つい先ほどまで地に伏せていたアートが突如起き上がり、十大魔人たちに鋭い視線と余裕の笑みを向ける。
するとその瞬間、十大魔人たちは音の速さで腰を低め、アートへと頭を垂れる。
「ふむ。姿は変われど、魔力を発すれば流石に気が付くか」
「ま、ま、魔王様。こ、これはその、まさかご復活なされているなどとは知らず・・・・・」
ミッショルは恐怖のあまり、アートの顔を見上げることができずに声を震わせ、体を硬直させる。
「知らなかったと、それは本当のことか?」
十大魔人たちは、皆首を縦に振る。
「ふむ。そうか」
アートは横目でユーリへと視線を向ける。
「俺が復活していることを知っているのは、魔族ではお前だけだ。となると、お前がその事実を隠していたということになる。なぜだ?」
しかしユーリは臆することなく、むしろ嬉しそうに表情を緩め、口を開いた。
「恋心故でございます」
「・・・・・相変わらず気持ちが悪いな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてはないがな。まぁいい、ミッショル。お前の愚行も許してやろう。故にユーリ、いや、トロプタのことも許してやるのはどうだ?」
トロプタはかつて、一人のみ仮初の肉体を手に入れると、後始末全てを他九名の十大魔人へと押し付け、人間界へと姿をくらませたのだ。
魔大陸にはかつての魔王の魔力が色濃く存在し続けている。そのため結界も合わさり、外部の魔力を一切感知することができないのだ。
『アベオス』を放つ際のアートの魔力さえも十大魔人たちは感知できていない。
故に、トロプタを連れ戻そうにも人間の肉体がないため人間界には降りれず、何気にトロプタとも約五百年ぶりの再会なのだ。
そしてトロプタはアートにはこのことを話していたため、アートはある程度の事情は把握している。
「考えときます」
「そういえば、ユーラシアくんは?」
「安心しろ。ユーラシアのことならば、今し方対処しておいた。だが一時的な処置に過ぎない以上、解決にはなっていない」
ミラエラがユーラシアの擬似魔力樹へと樹の雫を垂らしたことにより、ユーラシアの世界樹の魔力が制限なく解放されてしまった。
そのせいで『竜王の咆哮』を放った後でも尚、魔力暴走は止まらず、つい先ほどまで魔大陸に施される結界を破壊してしまいそうになっていたのだが、アートが一時的に魔力樹と魔力核との繋がりを遮断したことで暴走が収まっている状態。
しかし、擬似魔力樹の封印に比べると鼻糞程度の処置に過ぎないため、すぐに魔力暴走が再開し、ユーラシアの体は自身の魔力により壊されてしまうだろう。
「ユーラシアは、俺の目的を果たすためには欠かすことのできない存在だ。他のどんなことよりもユーラシアの身を第一に優先しろ。これが転生した俺がお前たちに下す最初の命令だ」
そしてアートは、十大魔人たちに現状の説明。己の目的とユーラシアの正体。今後の計画を話した。
「この者が、あの者の父親ということですか」
「確かに、気の弱そうな見た目はそっくりだな」
「だけどさ、彼はユーラシアくんがまだ竜王だった頃の息子でしょ? 偶然って怖いねぇ〜。弱そうなんて言ってるけど、ユーラシアくんが本気出したら、俺たち全員で挑んでも返り討ちだぜ? 多分」
トロプタの発言に分かりやすく反応を見せる十大魔人たち。
「は、はぁ〜ん♪ 会わない間に随分と情けねぇこと言うようになったじゃんよ」
「けれど実際事実かも知れません」
「な〜んで、そう思う?」
「竜王とはかつて、いやそのご様子だと今も尚、魔王様が憧れている存在。つまり、私たちが魔王様に挑むようなもの。そんな愚かなことは考えられないでしょう?」
「なるなる。そう言うことな、理解したわ。確かにそりゃ勝てねぇわ」
あの者。彼。竜王の息子。
それらは一体魔族内の何者を指しているのか、アートは記憶を遡る。
すると一人だけヒットする存在がいた。
おそらくは生まれて間もなく母と父の両者が亡くなり、仲間である竜族も竜王と共に最高神によって滅ぼされた。
故に力の使い方は愚か、飛び方さえまともに知らない竜の血を持つ存在が魔族の中に紛れていた。
その者の特徴は、気弱でとにかく泣き虫。
しかし、竜の血を受け継ぐ存在であるために、魔王はよく面倒をみていた。
しかし突然いなくなってしまったのだ。
「確か名前は——————」
そうアートが口にしようとした時、ユーラシアが目を覚ました。
「・・・・・ん? ここは?」
「ようやく目を覚ましたか」
「アートくん。それに・・・・・」
見慣れない景色。見慣れない存在。
ユーラシアは近くで今も尚目覚めぬエルピスの羽を優しく握り、不安に満ちた表情を浮かべる。
「紹介しよう。この者たちは、魔王時代の配下たちだ。十大魔人と名付けたのだが、聞いたことはないか?」
「ごめん。ないや」
「ふむ。少し勉強不足の節が見えるな。まぁ、人魔戦争はまだ範囲外だったこともあり、一概に勉強不足とは言えないか」
アートは何やら一人でボソボソ呟いた後、意識を切り替え、ユーラシアへと真剣な眼差しを向ける。
ユーラシアもアートから伝わる緊張感から息を呑む。
「ユーラシア。お前の擬似魔力樹の封印についてだが、十中八九封印が解けている。理由は分からないが、世界樹から送られてくる魔力に対する抵抗が今は存在していない状態だ」
ユーラシアは即座に悟る。
ミラエラが樹の雫を擬似魔力樹へと垂らしてくれたことを。
そして間違いなく、不安に駆られるとともに自分のことを責め立てているはず。
ユーラシアはそんなミラエラを想像して、罪悪感が込み上げるのだった。
しかし、封印を解いてくれなければ、死んでいたかもしれない。
そのことをミラエラも分かっていたからこそ、封印を解く決断をしてくれたのだろう。
正解などない。故に、ユーラシアは一刻も早くミラエラの下へと戻ろうとする。
「今は俺の力でお前自身の魔力と魔力核との干渉を阻害しているが、それも長くは続かない。とは言っても、数ヶ月の猶予はあるはずだ。よってユーラシア。お前には俺が施した力の影響が消えるまでの間、ここ魔大陸ディアステッロで魔力核の強化・育成を行ってもらう」
「それってつまり、その間はここから出られないってこと?」
「そういうことになる」
「それじゃあ、外のみんなはどうするの?」
「どうするとは?」
「見殺しにするってこと?」
「元々俺は、お前以外はどうなろうと知ったことではない。だが、安心させるネタがあるとすれば、意識を失う直前、エルフの姿を見た気がする。おそらくだが、生き残った者たちはエルフの都にでも避難させられていることだろう。だからお前は自分の心配だけをしろ。封印が解けてしまった以上、魔力暴走が再び始まれば、お前の体は内側から木っ端微塵に吹き飛ぶことだろう」
状況をイマイチ理解できていないユーラシアへと、アートは少し強めの口調で事実を突きつける。
ユーラシアは、アートに言われた自分の姿を想像し身震いする。
「分かったよ」
「それでいい。ではまず方法の説明からするとしよう」
魔物は周囲の魔力を吸収し、使用することができる。そして魔人は魔物同様に、周囲の魔力を使用する。
「魔人化で生み出されたわけでもないのに、かつても今も、俺には始めから魔力樹というモノが存在していない。故に俺は内に秘められるエネルギーにより自らの力で魔力を生み出すこともできれば、魔物や魔人同様に外部の魔力を吸収し、使用することも可能だ」
アートは、バーベルド戦での消耗&負傷全てを魔大陸へと訪れ、瞬時に回復させた。
魔大陸には、ダンジョンなど非にならないほどの魔力濃度が充満しているため、外部の魔力を使用できる者にとっては、オアシスなのだ。
「そして、魔物や魔人が魔力樹ではなく、周囲の魔力を使用できる秘密は、「魔孔」と呼ばれる皮膚表面に存在する魔力のみを吸収する通気口のような穴を利用し、魔力を吸収している」
魔孔・・・魔力を宿す存在に等しくあるもの。しかし、魔力樹を宿す者たちはリンクされている魔力樹から自動的に魔力が魔力核へと供給されるために常に魔孔は閉じた状態にある。故に、空気中の魔力を吸収することはできないとされている。
しかし、魔力樹を宿す者の中にもごく稀に魔孔が開いている者たちがいる。
例えば、初代勇者や初代剣聖など。
また魔力樹自身は、魔王のように内に自動生成機関が設けられているため、内側だけで魔力を生成することが可能なのだが、周囲の魔力を吸収し、魔力核へと供給することもできる。
しかし、魔力樹に限っては魔孔が存在しない。そして、光合成を行う際に酸素とともに魔力が放出されている。つまり、酸素と樹の要素を含ませた魔力粒子は同じ穴から放出されているのだ。要するに、吸収する際も放出と同じ穴から二酸化炭素と魔力が吸収されているということ。
「既に感じているだろうが、魔大陸全土は尋常ならざる魔力濃度で埋め尽くされている。これからユーラシアの魔孔を無理矢理こじ開ける。こじ開けた途端、体が壊れるほどの魔力が流れ込んで来るだろうが、お前ならば壊れはしないだろう。世界樹から供給される魔力に比べれば大したことはないだろうからな」
アートはユーラシアの了承なしに背中へと手を置く。
「え? ちょっ、アートくん?」
「では、行くぞ」
直後、ユーラシアは全身に焼けるような熱さを感じる。そして次第にその熱さは胸の中央まで派生していき、息ができなくなるほどの激痛に襲われる。
「ガッ」
息が吸えないため、悲鳴も上げれず、漏れる空気もない。
ゴロゴロと熱さによる激痛に悶え苦しむユーラシアを冷たい視線で眺めるアートと十大魔人。
すると、いつの間にか目を覚ましていたエルピスが敵意剥き出しに翼を大きく広げて魔族たちを威嚇し始める。
「落ち着け」
アートの眼力だけでエルピスは蛇に睨まれた蛙のように翼をしまい、その場で硬直してしまう。
「安心しろ。お前の主人はすぐに適応してみせるはずだ」
そしてアートの宣言通り、ユーラシアは数分間悶え苦しんだ後、苦痛の表情を浮かべながらもなんとか立ち上がる。
「ハァハァハァ——————クッ」
「現状、魔力核が破壊しないギリギリの量の魔力が常に供給され続けている状態だ。これが世界樹からの供給であれば、激痛を感じる暇もなく死に至る。始めの頃は、無理矢理魔力核を広げようとする激痛に苛まれ続けるだろうが、一種の成長期だと思えばいい。そして、常にお前の魔力核には百%以上の魔力が供給され続けているため、発散も同時に行う必要がある。慣れて来れば吸収する度合いを調整できるようにもなって来るはずだ」
「この痛みを乗り越えれば、ボクは死なずに済むんだよね?」
「そうだ。だが、それだけでは足りない。最初の段階は、とにかく魔孔に慣れることが最優先だが、慣れてある程度の調節ができるようになってきたら、この地に散らばる魔怪獣を相手に魔力のみで戦ってもらう」
アートの発言に最も驚いたのは、ユーラシアではなく、話を第三者として聞いていた十大魔人たちだった。
「魔怪獣を魔力だけでですか? 確かに不可能とまでは言いませんが、それはかなり厳しいかと」
しかしアートは眉一つ動かさず、それが当たり前とでも言うように言葉を返す。
「ユーラシアならば問題ない。大量の魔力の発散と吸収。このサイクルを繰り返すことがユーラシアには必要だ。そして、最終的にはお前たち十大魔人とも戦わせるつもりでいる。そうすれば、俺の力が解けた後でも、世界樹の魔力に耐えられる魔力核が完成しているだろう」
十大魔人。
その名を聞いたことがないユーラシアだが、彼らのあり得ないほどずば抜けている強さだけは感じ取っていた。
神人ほどではないにしても、これまで戦って来たどんな相手よりも隔絶した実力を持っていることは確か。
恐る恐る十大魔人一人一人の姿形を見ていると、一人、見慣れた人物の姿が視界に飛び込んで来た。
「ユーリさん?」
「よう。久しぶり、ユーラシアくん」