136話 勇者再生物語 其ノ伍「旅立ち」
それから数年の時が過ぎた。
将来クリメシア王国となるその地には、少しずつだが人々が集まり始め、小さな集落ができ始めていた。
クリメシア王国の象徴とも言える広大な範囲を誇る森林地帯は、既にこの時にはその面影を宿していたと言っていいだろう。
東側領土の季節は秋ということもあり、森全体が紅葉色に染められ、夕陽が当たると幻想的な表情を浮かび上がらせる。
こうして、住み心地・住む人々の優しさ・景観美の虜になった人々が次々と村へと集まってゆく。
当然村をまとめるリーダーはダビュールである。
ダビュールを中心として、しっかりと成長・発展していくためのメカニズムが形成されつつある現状に、勇者は一つの決断をする。
ダビュールと勇者は、森の奥地の特別な穴場にて、心奪われる美しい夕焼け空を見上げながら語らう。
「この場所もここ数年で大分成長して来たね。まっ、僕たちの魔力樹のおかげかな」
勇者は冗談まがいに楽しそうに言葉を発する。
「感謝している。皆が平和に暮らせる時代を作ったのは、紛れもなくお前たち勇者なのだから」
「改まって、照れくさいだろうが」
夕陽に照らされ、頬の赤みは目立たないが、勇者は照れくささを隠すため、ダビュールから視線を逸らす。
「ねぇダビュール。僕たちは近々この地を離れようと思ってるんだ」
「故郷にでも帰るのか?」
「いや、それはないよ。ただ、僕が過去へと戻って来た理由は、前にも言った通りダビュールとヒナタを助けるため。それともう一つだけ変えたい死の運命があるからなんだ」
「余はお前たちと共に責任を背負うと決めた以上、口を出すことはよそう」
「ありがとう。だから今日はさ、これまで話せてなかった僕の未来で体験した話をしようと思う」
マサムネは、ダビュールと内にいるヒナタへ向けて、かつてダビュールだった頃に歩んだ人生を話して聞かせた。
この地がいずれ王国となり、ダビュールの名であるクリメシアが国名に刻まれること。
そしてどのような発展を遂げていくのかを事細かに説明した。
「それと、カルメとクランって人物といずれ出会うと思うんだけど、そいつら僕の片腕的な存在だったから、次は君がビシバシ鍛えてやってよ」
勇者ことマサムネは、思い出話をとても楽しそうに話す。
「僕がこの地でやり残したことは、『創生世界魔法』の魔法陣を記すこと。君に不死者の魔法をかけることだね」
「また訳の分からぬ難解なことをスラスラと」
『創生世界魔法』とは、将来、マルティプルマジックアカデミーが誕生する別世界空間を創り出す魔法のこと。
不死者の魔法とは、寿命とは無縁の肉体へと組織細胞丸ごと作り変えてしまう魔法。
ダビュールは普通の人間なため、寿命には抗えない。それでは、数百年先にクリメシア王国は誕生しない未来が出来上がり、勇者の知る未来とは全く異なる未来へと改変されてしまう。
故にダビュールの肉体を不死とする。しかし、寿命とは無縁になるというだけで、その他死に値する負傷などを負ってしまった場合、普通の人間同様死が訪れる。
「別案として、ダビュールの子供を経て世代交代していく方法もあるけど、どうする?」
「せっかく貰ったこの命。マサムネの望むままにしてくれて構わない」
「分かった。それじゃあ、失礼して——————」
すると勇者は、ダビュールの背中へと直に『不死属性付与魔法』の魔法陣を描いていく。
「これでオッケー。仕上げは、君自身が魔法陣に魔力を注ぐだけだよ」
ダビュールは、マサムネの言う通り魔力を背中の魔法陣へと集中させ、不死者となったのだった。
「後のこと、全部押し付けちゃうことになるけど、ごめんね。僕はこの地を離れたら、目的の日になる四百年くらいは存在をくらまそうと思ってる」
既に世界が勇者の帰還を知ってしまっているが、元々勇者はこの時代にはいないはずの存在。
目的を果たした後の未来は知らないが、目的を果たすまでは、できる限り以前の世界ルートを辿らせる努力をする必要がある。
そうすることで、世界への悪影響が軽減されていく。
世の中には、どのような因果が存在しているのか分からない以上、下手な干渉を生じさせるべきではない。
そのため勇者は、既にこの地に存在している自身の魔力樹に関してはどうしようもないが、目的の日まで魔力・神の力・姿を全て隠すことを決断した。
「四百年か・・・・・長いな」
「その時までお別れだよ。ダビュール」
そう言うと、勇者は握手を求めて手を差し出す。
ダビュールは勇者から差し出された手を取り、握り返す。
「さようならだ。そしてまたいつか」
「ああ、またいつか。ヒナッちゃんも何か言ったら?」
「私? そうだなぁ・・・・・次に会うのは、だいたい四百年後だっけ? あんたが一体どんな王様になるのか楽しみにしとくわ」
「余が王様か」
「あんたならきっと、立派な王様になれるよ。なんたって、このアホもなれたくらいだからね」
ヒナタは、マサムネへと意識を向けて言葉を発する。
「ちょっとヒナッちゃん? アホってもしかして僕のこと?」
「他に誰かいんのか?」
「ひっどいなぁ〜」
「まぁ、確かにダビュールの話し方とか偉い人みたいだなとは思ってたから。僕よりもいい王様になっちゃいそうでなんか釈然としない」
ダビュールには言っていないが、マサムネが王様であった頃、今のダビュールの話し方を真似ていたのは、実は今の発言の中に理由があったりする。
「ほら、アホ」
「もう、うるさいなぁ」
「このやり取りを見られなくなると思うと寂しく思うが、余はお前たちの存在を決して忘れない」
「僕たちもだよ」
「さらばだ」
翌日、勇者は対人魔暦中に『エルフの都』を訪れて以降ずっと制作に取り掛かっていた『創生世界魔法』の魔法陣を森林地帯へと記し、ダビュールの下から、そして世界から存在をくらませたのだった。