135話 勇者再生物語 其ノ四「運命改変」
目を覚ますと、暗雲とした暗闇が次第に晴れてゆき、日の光が眼光を差す。
体は言うことを聞かないほどに満身創痍。
傍には同じく満身創痍のダビュールの姿が——————。
「———戻った、のか?」
「何訳わかんねぇこと、言ってんだよ・・・・・」
もう聞くはずがないと思っていた愛しい存在の声が頭に響く。
その瞬間、勇者は片目から涙をこぼす。
「ヒナッちゃん・・・・・」
「何泣いてんだよ、カッコ悪りぃ。私らはあの魔王を倒したんだ。最後くらい、カッコつけて終わろうぜ」
ダビュール———マサムネがタイムスリップしたのは、魔王を倒した直後。
つまり、ダビュールそしてヒナタを失う、勇者としての肉体を脱ぎ捨てる直前。
魔王を倒す前にタイムスリップさせることも可能ではあったが、ダビュールとして過ごした約五百年。マサムネは、過去へと遡るための『時間軸指定瞬間転移魔法』と『運命改変魔法』の二つを創り上げるので精一杯だったため、例え魔王を倒す以前に戻ったとしても辿るのは全く同じ過去となる。
そして、マサムネが改変したかった運命は、ダビュールとヒナタの死。
そのために過去へと戻って来たのだ。
「終わりになんかさせない・・・・・」
「マサムネ。流石にこの傷はどうしようもねぇよ。私だって死にたくない・・・・・この体じゃ、恋愛なんかはできないだろうけどさ。幸せになった世界で、せめて普通の人として過ごして見たかったよ」
もう片目からも溢れ出てくる涙。
異なる感情から生じる勇者の涙。
マサムネは、失ったはずの存在が生きている喜びから生じる涙。
ヒナタは、死に対する拒絶の涙。
かつて、ヒナタは弱みを見せることなくその命を散らした。
既にこの時点で少しだけ運命を変えることに成功している。
しかしこんなことでは本当に変えたい。変えなければならない運命は変えられない。
「余の、余の体を使ってくれ・・・・・」
するとここで、かつて聞いたことのあるセリフがダビュールから飛び出した。
「余は、お前たちと戦えて幸せだった」
「ダビュール。君は魔法を発動させて、自分を犠牲に僕たちを助けようとしてくれているんだろ?」
体は動かせないが、雰囲気でダビュールの動揺を感じる。
「だけど、もう君たちを失う苦しみを味わうのはごめんだよ」
「おい、何のこと言ってんのか分かんねぇよマサムネ」
「僕は、未来からタイムスリップして来たんだよ。君たち二人を救うために」
「死ぬのは、余だけではなかったのか・・・・・」
ダビュールは、マサムネとヒナタの両者の魂を救うために魔法を発動しようとしていた。
しかし、実際に救われるのはマサムネただ一人。
「つまりあんたは、私たちを助けるために、死ぬはずの運命を変えようとしてるってこと?」
「分かってるよヒナタ。世界の摂理から外れた。ましてや干渉して捻じ曲げるなんて行為は、本来許されないことぐらい。だけどさ・・・・・世界を救うための使い捨ての勇者なんて、あんまりじゃないか」
少しの間静寂が訪れる。
「僕たちは確かに勇者だ。だけど、本当に大切な存在を失うくらいだったら、僕はそれ以外の全てを捨てる覚悟がある・・・・・いや、できたんだ。未来では、人類に力を、僕たちに力を与えてくれた最高神様たちが敵になっているんだ」
「信じられねえ話だな」
「だけど本当なんだよ。だから、僕たちの力はまだ必要になる」
「余は、マサムネの決めたことならば、覚悟を持って運命を背負うと誓おう」
「しゃあねぇな。私も背負うよ。てか、私とあんたは同じ体なんだし拒否権なんてないからね」
そう発言するヒナタの様子は、どこか嬉しそうでもあった。
「ありがとう二人とも——————クゥゥ・・・・・カハッ」
マサムネは体の主導権を全て自身へ移すと、既に動くはずのないボロボロの体を意思の強さのみで動かして見せる。
傷口からはドプドプと血が流れ、いつ死んでしまってもおかしくない。
しかし、やらねばならない。
ここで苦痛に悶え負けてしまけば、何も変えることはできないのだから。
マサムネは、決して倒れることなく体内から止めどなく流れ出てくる血液を利用して、自身とダビュールを収める巨大な魔法陣を完成させる。
そして所定位置で力尽きるように倒れる。
「ハァハァハァ——————これは、僕が長い年月を要して創り上げた運命を改変させる魔法陣だ」
勇者は、魔法陣へと魔力を込めると、魔法陣は真っ赤な光を宙に立たせて輝き始める。
「我望む。今この時、死の運命を生の運命へと転換せよ——————運命改変!」
魔法発動により、本来死を迎えるはずだったダビュールの魂と肉体。ヒナタの魂の運命は改変され生が訪れる。
そして、改変により死の運命を引き継いだマサムネ。ひいては、その死の運命をも回避させることに成功する。
光が止み、魔法陣は消えていく。
「余は、助かったのか?」
「良かった・・・・・本当に、良かった」
傍らで再度涙を見せる勇者の情けのない姿。
しかし、その光景を見ているダビュールには、決して情けのないものには見えてはいなかった。
「勇者よ。余は心から前を尊敬するぞ」
「だけど、他のみんなは——————」
共に戦った仲間たちの死がそこら中に存在している絶望の光景。
「感謝するよマサムネ。だけど、これ以上運命改変の魔法を使用しようだなんて思うなよ」
確かに『運命改変魔法』の魔法陣を死が撒き散らされる一帯に描けば、訪れてしまった死を改変し生へと転換することもできるだろう。
「これ以上運命を変えてしまえば、後にどんな代償が訪れるか分からないからな」
「その代償が余たちだけが背負わされるものであったならまだしも、これほどの規模となると世界そのものが無くなってしまうことも考えられる」
「マサムネ。この戦場で生き残ったのはお前だけだったのか?」
「・・・・・うん。僕だけが助かった」
申し訳なさそうな態度のマサムネ。
「マサムネよ。今の余には魔法を使用した記憶はないが、その時の余は、お前に生きていて欲しかったからこそ己を犠牲にしたのだと思う。いや、そうであったはずだ。だから、忘れろなどと無責任なことは言わぬ。これから先の未来へ向け、魔王から世界を救った英雄、勇者として、胸を張って生きて行こう」
「だな。私たちは文字通り一心同体だ。これから先、あんたが折れそうな時は私が必ず支えるから、あんたも私のことを支えてくれ」
「分かった。本当に、君たちが生きててくれて良かった。ありがとう」
こうして運命は改変され、世界に勇者が帰還したのだった。