134話 勇者再生物語 其ノ三「王都襲撃」
こうして世界から勇者が消えた後、伝説として後世に伝えられる存在となった。
世界からは絶大なる尊敬と称賛を浴びる勇者だが、当の本人の心の傷は癒えぬまま、数百年と時は過ぎていく。
最も愛する存在を三人も失ってしまった。
ダビュール。
ヒナタ。
それにミラエラ。
ミラエラは、勇者と旅をしている時、勇者の付き人であったダビュールと顔を合わせることはなかった。そのため、勇者=ダビュールであることに気がつくことは絶対にあり得ない。
勇者から事情を説明することは可能だが、新たに歩み始めたそれぞれの人生。勇者は一国の王として、密かにミラエラのことを見守ることに決めた。
そうして時が経つにつれて勇者にも新たに大切な存在ができてゆく。
それは自身の側近であるカルメやクラン。そして王国の人々。
彼らが豊かに、笑顔で幸せに暮らせる国を作るため、王として寝る間も惜しんで自らの国と向き合う努力をしていた。
しかし現実はやはり残酷。
マルティプルマジックアカデミーで開催される第三十二回魔導祭当日の十月五日。
王であるダビュールこと勇者は、巧みな情報網により神の侵攻が間もなくあるであろう情報を掴んでいた。
神攻が開始されれば、間違いなく人類は滅ぶだろう。
勇者は葛藤故に中途半端でそのままにしておいたある魔法陣の完成を急ぐために魔導祭を欠席した。
その魔法陣とは、『運命改変魔法』を操るモノ。
勇者に創れない魔法は、この世に存在しない。
例えどんなに膨大な時間がかかろうとも勇者は諦めない。
ダビュールとなった日から約五百年。
その間、勇者はずっと運命を改変させるための魔法を創っていたのだ。
もしも魔法が完成すれば過去に戻ってダビュールを、ヒナタを取り戻せるかもしれない。
しかし、運命を変えることは世界の摂理に反する行い。行き過ぎた行いは、世界そのものを崩壊させてしまうリスクも背負っている。
しかし今、そうも言っていられない状況に直面していた。
クリメシアの頭上に真っ赤な花柄のドレスを着こなした美しい女性が佇んでいる。
彼女は心の底から楽しそうに笑みを浮かべ、地上の自分たちへと視線を向けている。
「私は神人ウェルポネス。神名フローラの名において、君たち人間を滅ぼさなくちゃいけないんだ。だけど感謝してほしいな。他の二人だったらただ殺しちゃうだけだったけど、私は君たち全員を素敵なコレクションに加えてあげるね」
突如発せられる意味の分からない発言。
しかし直後、目には見えない攻撃が王都全土を襲い始める。
光の反射により捉えたウェルポネスの攻撃は、無色透明な細い糸のようなモノによるもの。
人々の血に混ざり糸から滴り落ちる真っ赤な液体は、神花のエキス。
糸を体内へと貫通させられた人間たちは、次々と開花していき花となっていく。
ウェルポネスは開花した花たちを自らの体へと引き寄せ始める。
「私の神器は、あらゆるモノ、事象までも縫い合わせることができるんだぁ——————はぁ〜」
ウェルポネスは頬を軽く赤く染め、まるで恋する乙女のようなトロけた表情を浮かべる。
「いい、いいよみんな。すごく綺麗だよ!」
狂ったように歪んだウェルポネスの笑みは、かつて勇者と呼ばれた男の心に絶望を植え付ける。
「止めろ・・・・・止めろぉ‼︎」
届かない勇者の叫び。
「どうして昔も今も、運命は僕から大切なものばかりを奪っていくんだ——————」
飾っていた一人称が本来のものへと戻ってしまう。
神攻が訪れる情報を聞いた段階でこの状況は予想がついていた。
しかし、民たちの悲鳴から伝わる苦痛・絶望感に晒され、ダビュールの心は徐々に苛まれていく。
「エルナスたちに助けを求めよう」
勇者は王として微かな希望でも消すことは許されない。
おそらく勇者が創造した学園の存在する空間内でも、他の神人たちによる侵攻は受けているはず。
それでも、向こうにはミラエラだけでなく、世界樹の宿主であるユーラシアや魔王である少年もいる。
少しだけでもいい。
こちらにも助けを——————
しかしここで最悪の知らせが届く。
「最悪だぜ、クリメシア王」
「どうしたのです?カルメ。おい、なんとか言え。一体何があった?」
クランは不安を隠そうともせず、顔を青ざめさせて硬直してしまっているカルメに詰め寄る。
「森に記されていた魔法陣が消えたと連絡が入った・・・・・」
そしてカルメへと連絡をくれた部下たちとも既に連絡は途絶えてしまっている。
森林地帯に記した魔法陣の消失。
それは即ち、その先にある空間自体が消滅してしまったことを意味していた。
「まさか・・・・・向こうには魔王もいるはず」
それはいるというだけで、助けてくれるなどという保証はどこにもない。
しかし、空間が消滅してしまえば、いくら魔王といえども無事では済まない。
ならば答えは決まっている。
神人に敗北した。あるいは、空間が消滅するほどのエネルギーが暴走してしまったかのどちらか。
「どうすんだよ王・・・・・なぁ、どうすんだよ!」
「落ち着けカルメ!ダビュール様に失礼だぞ」
「はぁ?こんないつ死んでもおかしくない状況で何言ってんだ?」
今行われている二人のいがみ合いは、絶望から生ずるもの。
このままでは全てが無くなってしまう。
「そうはさせない——————」
勇者=ダビュールは、完成した魔法陣を記す紙を片方の手で持ち、即座に部屋の床へと筆を使い書き写していく。
「王?」
生き残る配下たち皆が王へと不安な視線を向けている。
「一体何してんだよ、クリメシア王」
カルメとクランも絶望を混じらせ、理解できないといった表情を王へと向ける。
「余は——————いや、僕は、かつて魔王を倒した勇者だった」
意味が分からず固まる一堂。
「突然のことで信じられないのは分かる。だけど、本当のことなんだ。今描いた魔法陣は、僕が創り出した魔法。過去へと戻る魔法を刻んだ魔法陣」
勇者は肉体に宿る力は全て失えど、魂に刻まれた魔眼の力は失うことはなかった。
そのため、魔力のない状態でもユーラシアの魔力に封印がかけられていることや、アートの正体が魔王の生まれ変わりであることなどに気がつくことができたのだ。
そして、魔法陣を創り出すならば肉体の魔力は消費することはない。
ただし、発動となれば話は異なってくる。
「僕は、過去へと戻り勇者の力を取り戻す」
勇者は過去へと戻る魔法陣が記された紙の後ろに隠れる今し方完成させた『運命改変魔法』の魔法陣が記される紙へと視線を向ける。
「だけど、今と全く同じクリメシア王国を作れるかは分からない。君たちとももう一度巡り会えるかは分からない。だけどここで戻らなくちゃ、全て失うことになるだけだ!」
わがままなことはマサムネ自身が一番よく分かっている。
失ってしまった。失いたくない存在のために勝手に運命を変えようとしているのだから。
全ての運命を変えてしまうことはできない。だから、自分の利益を優先させる行動をする。それ故に『ゴッドティアー』などは見て見ぬフリをしてしまうだろう。例え見逃したところで勇者の巨大な魔力樹に隠れていればクリメシア王国の人々は助かる。
世界の摂理から外れた魔法は、本来禁術魔法とされている。そして当然運命改変も禁術区分であり、元々の運命から軌道を逸らしすぎた場合、逆に世界が壊れてしまう可能性もある。
人類を守るために魔王と戦った勇者だが、長き年月を経て新たに様々な経験を積んだことで、心から大切に思う者たちを守るためならば、多少の犠牲は仕方ないという考えを持つようになっていったのだ。
「心配しないでください!例え覚えていなくとも、私たちはダビュール様のことを見つけて見せます!」
「そうですよ。また一緒にいい国作っていきましょう」
クラン、カルメだけでなく、その他の配下たちも希望に満ちた笑みを浮かべ、一切の迷いなく覚悟を決めた表情をしていた。
「お前たち・・・・・。ありがとう。それじゃあ魔法陣に魔力を注いでくれ」
「はいよ」
「喜んで!」
多くの者たちが勇者の立つ魔法陣へと魔力を注ぐ。
「「「行ってらっしゃい‼︎」」」
「ああ!」
こうして勇者は、過去へとタイムスリップしたのだった。