133話 勇者再生物語 其ノ二「別れ」
魔導祭五日目の神人たちによる侵攻時にて、勇者が登場した際、ミラエラと勇者との間にこんな会話が繰り広げられた。
「あれから姿を見せないから、てっきり死んでしまったものかと・・・・・」
「何言ってるの?僕たちの魔力樹は今も尚生き続けてる。それこそが、僕たちが生きてるってことの証明だよ」
物語の序章でも触れた通り、勇者の魔力樹とユーラシアの魔力樹は、現状優劣付け難いほどに同等の大きさを誇っている。
ここで一つの違和感にお気づきだろうか?
勇者は自らの魔力樹が生き続けていると語っている。もしも世界樹と呼ばれるユーラシアの魔力樹と同等規模の魔力樹があったのなら、同じくらい話題に上がる存在であるはず。
それなのに、これまでの物語上では、勇者の魔力樹が世界に存在しているという描写は一度たりとも出て来ていないのだ。
序章でも描かれていた通り、世界樹の宿主は勇者の生まれ変わりではないのか?とも疑われていた。即ち、既に勇者の魔力樹はこの世界から消失しており、十年前に世界樹が誕生したため、そのような噂が流れたということ。
それなのに、神攻時に交わされたミラエラと勇者との会話では、あたかも勇者の魔力樹は現存しており、勇者のみ行方不明であったようなニュアンス。そして、後に続くミラエラの反応からも、魔力樹が生き続けているという勇者の発言に違和感を何一つ抱いてはいなかった(全体の会話は、『神攻編』を参照)。
ここで矛盾が生じていることに気がつくことでしょう。
勇者の魔力樹が存在しない世界 と 存在する世界。
全てを整理するために、まずは勇者が魔王を討ち倒した直後まで時を遡るとしよう。
勇者は魔王を倒すため、己の命を犠牲にするほどの力を使ってしまった。
いつ命の灯火が消えてしまってもおかしくないほどの虫の息。
「役目は終わった——————」
そう呟く勇者の血まみれの手を握りしめる者がいた。
「余の、余の体を使ってくれ・・・・・」
同じく満身創痍で地に伏せるのは、ダビュール・サラン・クリメシア。
ダビュールは勇者の付き人であり、親友。
勇者にとっては、ミラエラと同じくらい心から信頼し、大切だと思える存在。
王族・貴族のような口調だが、ダビュールは平民育ちの青年である。
「何を、言ってるんだよ」
「余は、お前たちと戦えて幸せであった」
ダビュールの体は次第に青白い光に包まれていく。
「ダビュール? お前一体何してるんだ!」
血を口からこぼしながら、必死な形相で勇者はダビュールへと見開いた瞳を向ける。
「こんな形で余の魔法を明かすことになったこと、悪いと思う」
ダビュールは、常に勇者の創り出した魔法陣か、既存の魔法陣を行使して戦いの援助を行っていた。
己の魔法を使えるところを勇者にすら一度たりとも見せたことがなかった。
「魔法が使えたの?」
「余の魔法は、戦闘の役にはたたない。マサムネ、ヒナタ・・・・・勇者よ。余はお前たちのために魔法を使うことを、出会い、運命を共にすると誓った日から決めていた——————受け取ってくれ」
ダビュール・サラン・クリメシア。
光属性『蘇生魔法』
方法は、依代となる肉体を使用して依代とした存在以外の者の魂を宿らせることで特定の者の蘇生を促せる。
しかし、魂の抜けた蘇生前の肉体は死ぬ。魂は依代となる体に宿るため、これまでの肉体で獲得していた肉体に宿る魔力などを全て失うこととなる。
こうして勇者は、ダビュールの肉体へとその魂が宿り、ダビュールの魂は死のモノとなってしまった。そのため、ダビュールの魔力樹も消失。
蘇生魔法完了後。
勇者は崩壊する魔王城が存在する魔大陸の奥地で目を覚ますと、魔王を倒して何日経過したかも分からぬ快晴の日の光に照らされる。
自分以外に意識ある者はいない。
そして、目を覚ました自分の傍らには、死する己の肉体が地に倒れ、異臭を放ち始めていた。
「ダビュール・・・・・」
勇者は涙は決して浮かべはしないものの、とてつもない悲しさ、寂しさ、孤独感に胸を締め付けられる。
ダビュールとなった勇者は、魔力を失い、神の力も失った。
そのため、神の力を宿していたヒナタもその存在が消滅してしまったのだった。
「ヒナッちゃん・・・・・」
当然、宿主が死すれば魔力樹も枯れ、いずれ消滅する。
勇者がダビュールとなったことで、魔力樹は消失。
しかし勇者の魔力樹が消滅しても尚、存在していた時代に培った緑豊かな土地は残り続け、周囲に蔓延する魔力樹のエネルギーがより一層周囲の環境を豊かなモノとしていった。
そうして後に誕生したのがクリメシア王国王都クリメシアであり、勇者はダビュール・サラン・クリメシアとして一国の王となったのだった。
これこそがクリメシア王国の歴史には王の世代交代の伝承がつづられていない理由であり、故に、勇者=ダビュールが現であり初代クリメシア王。
かつて勇者の魔力樹が存在した地は更地であったため、その大きさは伝承として伝説が受け継がれても、存在した場所までは伝わっていない。
そのため、今に生きる人類の中でクリメシア王国王都クリメシアの誕生秘話を知っている者は、勇者=ダビュールしかいないのだ。