130話 神人アクエリアス戦③
ユキは即座に異変に気がついた。
突如、要塞内からミラエラたちの気配が消えたのだ。
正確には、ミラエラたちの気配が一瞬にして移動した。
「人形?」
ユキは水球を解除し、散々殴られ意識を失うユーラシアの首を握りしめ下へと垂らす。
要塞内の攻撃は止み、宙に散らばるは粉々に砕けた人形の破片。
「なるほど、校長の仕業か」
その場には微かにミラエラの魔力に紛れ、エルナスの魔力の痕跡も残っていたため、ユキは深く思考する間もなく答えに辿り着く。
「ミラエラはともかく他の者たちはいつでも始末できようぞ。となると、やはりこやつを先に始末しておくべきか」
最高神の命令で一度はユーラシアにチャンスを与えたユキだが、その申し出は気持ちいくらいにハッキリと断られた。
ならば、躊躇う必要などない。
ユーラシアが竜王の力を発揮してしまえば、個人ではユキに勝ち目はない。
そのことはオルタコアスのあの一撃でユキは思い知らされた。
「こやつを殺れば魔王が黙ってはいないだろうが、最高神様がいる限り、魔王など取るに足らない存在よ」
ユキは掴んでいたユーラシアを凍結した海の上へと落とすと、ユウキに『断罪の要塞』を解除するよう指示を出し、そして新たな陣形を組ませる。
その陣形は、地上の海面と並行になるよう「ファミリー」たちは宙で円陣形を形成する。
そしてユーラシアに焦点を当て放たれる無数の水弾。
しかし先ほどと異なる点は、陣形だけでなく、幾人もの「ファミリー」たちが、先頭でユーラシアへと攻撃を仕掛ける「ファミリー」たちの背後に回り、エネルギーの増強を行っていることである。
簡単に説明すると、先頭に位置する約百名の「ファミリー」のみがユーラシアへと攻撃を仕掛け、背後に陣取る他五百名ほどは、水弾の威力を増すためにエネルギーの供給を行っている。魔法で例えれば、身体能力強化魔法を他人に施しているイメージである。それを集団単位で行っている。
「ファミリー」に対する二つの異なる命令は、全てユキから主導権を一時的に移行させられたユウキが出しているもの。放出と供給の異なる二つの命令を狂いなく出せていることからも、神人に継ぐ驚異的な実力の持ち主であることが伺える。
そして肝心なユキはというと、残る四百体の「ファミリー」の主導権のみを自身へと戻し、万能共有を発動。
その結果、天空に世界樹よりも大きな聖水龍が誕生した。
「キュルルルルルルルルルルルルルル」
独特な鳴き声を天高らかに響かせると、水弾を放つ「ファミリー」諸共地上にいるユーラシアへと突っ込んでいく。
ユーラシアは既に、頭では絶望感すら感じ得ないほど満身創痍となっていた。
放たれる攻撃のこと如く痛みも衝撃も何も感じない。
それは防御力故にではなく、神経が麻痺してしまっているせい。
水球内でユキの攻撃を受けている際、バーベドに殴られている時と同様、今まで感じたこともない痛みを感じていた。
苦しい・・・・・痛い・・・・・逃げたい。
孤独感がユーラシアを襲う。
次第に意識は遠のき、周囲の情報が何一つとして入って来なくなる。
死ぬことへの恐怖。
大切な者を失ってしまう恐怖。
無力な自分への怒り。
他にも様々な感情を感じているはずなのに、体と共に心も麻痺してしまったように何も感じない。
そしてユキが放った聖水龍がユーラシアへと突撃し、ユーラシアは凍結した海深くまで押しやられてしまう。
体が本能的に死を悟った瞬間——————
「死・・・・・にたく———ない」
微かに漏れた自身の言葉。
それは本能であり、意識した言葉ではなかった。
しかし言葉を口にした途端、ユーラシアの頭にはこれまで出会って来た大切な者たちの顔が浮かび上がる。
ミラエラ、エルナス、シェティーネ、レイン、その他学園の友人たち、オルタコアスの民たち、ソルン村の皆、ダンジョンに暮らすイグドルたちやオータルたち、そしてエルピス。
そして最後に過ったのは、凛々しく、そして美しい白銀の羽を大きく羽ばたかせる全身が白く染まったある存在の姿。
彼女は、かつて竜王だった時の自分の姿と似た竜の姿をしており、共に空を飛ぶ自分へと優しく笑みを向けてくれていた。
なぜその存在を「彼女」、と思ったのかはユーラシアも分からない。
けれどその存在は、他の何よりも愛おしく大切な存在・・・・・だった気がする。
そしてユーラシアの意識はハッキリし始めると同時に彼女の姿も脳内から遠ざかっていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——————‼︎」
ユーラシアは内からもの凄い勢いで湧き上がる力を感じていた。
「ボクは死なない、何があっても。もう誰も奪わせない、絶対に!」
ユーラシアは聖水龍の攻撃を受けている状態にも関わらず大きく息を吸うと、今放てる全力の咆哮をぶちかます。
海底から天へと立ち上がる巨大な灼熱の円柱。
聖水龍は一瞬で蒸発し、その猛威がユキへと振るわれるのだった。