129話 神人アクエリアス戦②
一瞬で散っていく仲間たち。
一撃一撃が正確に急所を狙い撃ちしてくるわけではないものの、無数に放たれる水弾を防ぐことも避けることも叶わず、全身を蝕まれるゴッドスレイヤーたち。
より実力のある者は、何とか避けることには成功しているものの、すぐに力尽きることとなる。
エルナスも攻撃が開始されてから僅か数秒で既に息が上がってしまっている。
ユーラシアに関しては、致命傷を負わせるまではいかないものの、確実にかすり傷を付けている。傷は連続的な攻撃を繰り返すことで次第に大きくなっていく。
しかしやはりこの場で問題となるのはミラエラだ。
下級の者たちには、この攻撃は『ゴッドティアー』と何ら変わらないものに見えているだろうが、ミラエラほどの実力者には、この攻撃が『ゴッドティアー』でないことはお見通し。
ミラエラは周囲に自身の肌に凍結部分が生じるほど冷たいオーラを展開し、飛んでくる水弾全てを自身に到達する前に凍結させている。これは魔法ではなく、実力がものを言うスキルのようなもの。そして纏うオーラの温度は、『氷界創造』の際に発生する冷気よりも低いものとなっている。
それでも、本物の『断罪の雨』が降らされてしまえば、凍結させる前に肉体が貫通してしまう。もしも、『断罪の雨』による攻撃を防ぎたいのであれば、エネルギー運動を停止させる絶対零度までもっていく必要があるのだが、ミラエラは未だその域に達することはできていない。
再び響き渡る悲鳴の数々。
ゴッドスレイヤーと名の付く者たちが手も足も出せずに散っていく。
魔導祭のために集められたのは、東西南北のゴッドスレイヤーの中でも特に実力のある者たち。
生き残っていた約五十名のゴッドスレイヤーたちはすでに半分以上も命を奪われてしまっている。
ゴッドスレイヤー全体で見た時、大幅な戦力ダウンをしてしまったことは事実。
しかし、たった数秒ユキによる攻撃を受けただけで、あまりにも脆く崩れてしまう。
始めから戦力にすらなっていなかったのではなかろうか?
ゴッドスレイヤーとは、その名の通り神を倒す資格を持つ者に与えられる称号である。それなのに、センムルは倒せても肝心な神人に手も足も出ないのであれば、それは何のためのゴッドスレイヤーかと、なってしまう。
いくら人間の中では強くとも、神人に対しては同じく何もできずに捻り潰されるのであれば、赤子もゴッドスレイヤーも同じようなものである。
神人により蹂躙されている悪夢のような状況下、死していく者たちは誰しもが思うだろう。
アトラとメイシアは、初代勇者に継ぐ次代勇者であり、本物の英雄であったのだと。
神の恩恵もなしに神を退けた功績はまさしく伝説。
死に際に味合う無力な自分への屈辱と、名ばかりの称号に対する羞恥心。
魔王と勇者。伝説上の存在が目の前に現れた時は現実感を失うと同時に、胸の奥から希望が湧き上がってくる感覚を誰しもが感じていた。
しかし彼らは今、各々の敵に夢中。
純粋な人間だけで構成された自分たちの集団が相手にしているのは、かつて『ゴッドティアー』を世界に降らせた最強最悪の神。
勝てっこない。
死にたくない。
二つの矛盾が大きな悲鳴となって絶望を演出している。
そして悲鳴は次第に一人の少年の雄叫びによりかき消されていく。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
無謀。
そう思わせるほどやけくそに見える少年の必死に叫ぶ形相は、ユキに違和感を与える。
「ここからが本番ということよな」
少年の名は「ユーラシア・スレイロット」。
ただの人間に見えるが、竜王の生まれ変わりである。
ユーラシアの魔力は徐々にだが、上昇を見せていく。
これまで自然にリミッターが外れて竜王の魔力を解放することはあったが、今ユーラシアが行っていることは、自力でそのリミッターを解除することである。
「ファミリー」が構成する要塞内にミラエラも囚われてしまった以上、ソルン村にある自身の擬似魔力樹へと樹の雫をかけに行くことは最早不可能になってしまった。
しかし驚くべきことに、『断罪の要塞』で生じでいた水弾は、ユーラシアを起点としてその軌道が歪みつつあり、その歪みは徐々に徐々に外側へと押され始めている。
これは『竜王完全体』が持つ『竜王の咆哮』の力である。
竜王の咆哮には二種類あり、一つ目は、口腔内から巨大な炎を生じさせるもの。二つ目は、魔力を必要とせずにただただ雄叫びを上げるもの。
今ユーラシアが使用しているのは後者である。
つまり、ただの雄叫びによる迫力がユキの「ファミリー」が生じさせている攻撃を押しているということ。
しかしユーラシアはそうとは知らず、ひたすらにリミッターを外すことのみを考え、叫び続ける。
「そうはさせぬ」
ユキは自ら『断罪の要塞』へと飛び込むと、中心にいるユーラシアを自身ごと水球を生じさせて閉じ込める。
そして、息苦しさに悶え苦しむユーラシアへと、遠慮なく拳を振るい始める。
殴って殴って殴って殴って殴って殴り続ける。
要塞内の攻撃は再開し、状況は振り出しへ。
「エルナス。ここにいる全員、貴方自身を含めて、この檻の外へと出すことはできるかしら?」
「無茶を言うな!お前と話している余裕がないほど、飛んでくる攻撃に反応するのがやっとなんだぞ!」
「貴方が魔法を発動するまでの間、私が何とか援護するわ。ユキがユーラシアに夢中になっている間、私たちの邪魔はできないはず」
エルナスは、ミラエラの何かを決断したような確固たる意思に触れ、自分も覚悟を決める。
「任せろ」
エルナスの傀儡魔法は、創る・操るだけでなく、干渉可能な魔法人形と特定のエルナスが触れている存在の位置を交換することができる能力もある。
しかし、異なる次元にある人形に対しては、操作することが関の山だが、あいにく要塞内は結界のような次元を異にする効果までは含まれていない。
エルナスが学園にある人形たちに意識を共有するまでの間、ミラエラはエルナスと自身、そしてまだ息のあるゴッドスレイヤーたちを要塞内に生じる攻撃から守らなければならない。
「やって見せるわよ!」
ミラエラは珍しく瞳を熱く激らせる。
ミラエラはここで全ての力を使い果たすつもりで纏うオーラを限界を超えて拡大し、更に温度を低めていく。
ユーラシアとユキを覆う水球の表面のみが凍結し始めてきたおかげで、ユキの外部に対する視界は封じ込むことができただろう。
「これでも私は、かつて竜王を支えていたのよ!これくらいの苦痛で根を上げるほど柔じゃないわ‼︎」
ミラエラのオーラは要塞の表面スレスレまで範囲を広げ、水弾を一時的にだが消失させることに成功する。
更に、オーラ内にいるエルナスたちが凍結に巻き込まれないよう、熱エネルギーを付与した結界で保護まで施す。
これが古の時代から生きる大魔導師ミラエラ・リンカートンの実力。
「行くぞ、ミラエラ!」
「ええ」
ミラエラは意識ある者全員を自身とエルナスの下へ引き寄せる。
「『座標転移』」
ミラエラとエルナス含めて生き残ったのはたったの十名。ユーラシアを加えたら十一名である。
エルナスが魔法を発動した瞬間、魔法人形とミラエラたち十名の位置座標が入れ替わる。
要塞内に現れた魔法人形は、再開した攻撃によりあっという間に木っ端微塵に。
ミラエラたちは、見事要塞内から学園の校長室へと逃げることに成功した。
「何か策はあるのか?早くしなければ、ユーラシアが殺されてしまう」
焦るエルナスを落ち着かせるようにミラエラはふらつく足を何とか立たせて、できるだけ冷静に言葉を発する。
「ユーラシアなら、大丈夫。私を信じて」
ミラエラの覚悟を決めたはずの表情は、どこか怯えるものにも見えてしまった。
「本当に大丈夫なんだな? それなら、私はお前のことを信じるぞ」
エルナスは真っ直ぐな瞳でミラエラの瞳を見返す。
「ここにいる人たちのことは任せるわね」
「お前はどこに?」
「賭けてくるわ」
ミラエラの手には、手のひらサイズの青白い発光する液体が入っている瓶のようなものが握られていた。
そしてミラエラはそう言い残すと、エルナスの下から姿を消してしまった。
ミラエラが転移した先は、ソルン村にある自分とユーラシアが暮らした我が家。
その花壇へ今にも倒れそうになる足を必死に押さえて向かう。
辛さで締め付けられる心の痛さを必死に堪えて、カプセルに入っている青白い液体を花壇に植えられる一本の枝へと垂らす。
「大丈夫・・・・・大丈夫よミラエラ。彼は、絶対にユーラシアを死なせはしないわ」
ミラエラの意識は徐々に遠のいていき、その場に倒れ込む。
「ユーラシアのことを頼んだわよ——————」
ミラエラは意識を失った。