128話 神人アクエリアス戦①
バーベルドvsアートの戦いが本格的に始まった頃、ユキは自身の体にまとわりつく「ファミリー」をひたすらに優しい笑みを浮かべて愛で続けていた。
ユキの危機に駆けつけた「ファミリー」は計百体ほどであり、球体結界崩壊から更に集まった数を合わせると、その数は千に及ぶ。
対する人類側は、五十名程度と、二十倍ほどの戦力差が単純に見ても生じてしまっている。
しかし、かつて降らされた『ゴッドティアー』は、「ファミリー」の力を使用したものだとなると、「ファミリー」一体一体の実力は、ゴッドスレイヤーたちの実力を遥かに上回っている可能性が高い。
正しく絶望的な状況。
「集まったのはこれだけか」
約千体にも及ぶ「ファミリー」たちがユキを中心に囲っている。
しかしユキは、満足のいかない煮え切らない表情を浮かべている。
「十年前、共に『断罪の雨』を降らせた際は、万単位のファミリーと繋がったことからも、やはりオルタコアスで『断罪の雨』を降らせたことがかなりの痛手ということよな」
神器である「ファミリアー」とユキの意識を共有させるために必要となるエネルギーは、神の力。
十年前と二ヶ月前にオルタコアスで降らせた『断罪の雨』は、多少十年前の方が技自体に込めるエネルギー量は多くはあったが、そこまで大差はない。
つまり、ユキ単体から放たれた『断罪の雨』は、ほぼ同レベルの神の力が込められていたことになる。
しかし十年前は、世界中を埋め尽くすほどの規模で放たれた『ゴッドティアー』。その秘密は、「ファミリー」の所有する特殊能力「万能共有」によるもの。
ユキは「ファミリー」と意識を繋げるため、電波のように神の力を飛ばし、「ファミリー」との意識を繋げることができる。ここでポイントとなるのが、必ずユキの近くにいる「ファミリー」から意識共有されていく点。つまり、始めにユウキとユキの意識が共有された後、次に近くにいる「ファミリー」へと意識が次々と繋がり共有されていく。
そして意識を共有すればするほど電波の役割を果たす神の力は消費されていく。そのため、常日頃から「ファミリー」の位置を感知することは不可能なのだ。
そしてユキとの意識共有を成せた「ファミリー」は、ユキの感情、五感が全て共有される上、神の力までも共有することができる。
便利なことに、共有の有無は全てユキの意思により自由にコントロールすることが可能。
これこそが「万能共有」であり、その真骨頂は、ユキと意識共有している「ファミリー」は、ユキ一人分の神の力を消費するだけで、ユキから発せられる技と同じ技を発動することができるのだ。
『断罪の雨』を例に説明すると、ユキが中心となり放った神の技。この時、ユキ自身が技を放つためにそれに見合うだけのエネルギーを消費した。ここにユキと意識共有をしている「ファミリー」が存在すれば、「ファミリー」は再び『断罪の雨』を降らせるだけのエネルギーを一ミリたりとも消費することなく、同程度の技を放つことが可能(ただしこの場合、意識共有に必要なエネルギーだけは消費されることになる)。
また、「万能共有」による力の派生には、多少のタイムラグが発生する。
かつて『ゴッドティアー』が西側領土を中心に降らされた理由は、技の発生源であるユキが西側領土にいたためである。
そして今、かつて一万体以上の「ファミリー」と繋がれていたはずのユキは、今はたったの千体ほどとしか意識共有できていない。
その原因がオルタコアスでユーラシアを始末しようとした時に放った『断罪の雨』だとユキは考えている。確かにそれも原因の一つであるが、他にも理由は存在している。
「確かにかなりの力を消費しちゃったのは事実だね。だけど、それだけじゃない。彼が発動させてる得体のしれない結界の影響でマザーから発せられる力の電波が届きにくくなっているんだ」
彼。ユウキの口から直接的な名前が出なかったのにも関わらず、ユキは迷いなくバーベルドとの激戦を繰り広げるアートへと視線を向ける。
「まさかネメシスの言うように本当に魔王が転生していたとは。けれど、これで全ての合点がいくと言うもの。わらわの正体を知りながらも終始一貫した冷静な態度に、どこかわらわを見下していたような余裕の態度。それにしても最高神様をも欺くとは、流石は魔王と言ったところか」
続いて遠方へ勇者と共に飛んで行ったウェルポネスのいる方角へと視線を向ける。
「あれは勝てぬな。フローラには少し荷が重すぎる」
個人戦における神人間の実力は、バーベルド→ユキ→ウェルポネスである。
集団戦やその他様々な要因が絡み合い如何様にも状況が変化した際には、個人個人の能力ごとに活かせる場面が変化するのは言うまでもない。
例えば、多勢に対する殲滅力であればユキが他二人よりも頭一つ抜けた実力を持っており、感情を支配できるウェルポネスは、人類に何もさせることなく死を与えることもできよう。
しかし現状、ウェルポネスは勇者との一対一を演じている。
正直、今の魔王の底が知れない限り、一体どれほどの力を取り戻しているのかは不明だが、かつての魔王の力を既に取り戻してしまっているのなら、神器ありきのユキですら劣る可能性は十分にあり得る。
そして勇者はそんな魔王を撃ち倒した伝説の存在。
個人戦においてユキよりも劣るウェルポネスが、勇者に勝てる可能性はゼロに等しい。
しかしユキはウェルポネスを助けることはしない。
かつて神器を創造する前の心優しきユキならば、仲間のことを想い助けに入っただろう。
けれど今は、余計な隙を見せることで「ファミリー」を失うことは何があっても避けなければならない。
「ファミリー」は、ユキの神器であると同時に、弱点でもあるのだ。
ユキは目の前で笑みをこぼすミラエラへと睨みを利かせる。
「何がおかしい?」
「魔王と勇者。最強の二人が私たちの味方として戦ってくれている。これほど頼もしいことはないわ。それに——————」
ミラエラはそう切り出して隣にいるユーラシアへと視線を向ける。
ミラエラとユーラシアの後ろに立つゴッドスレイヤーたちは、目の前で起きているコトの全てに追いつけてはいない様子だが、状況が一変した空気は、この場にいる誰しもが感じ取っていた。
そのため、先ほどまで絶望一色に包まれていた戦士たちの顔には、希望から生じる生への執着や勝利を渇望する昂り、仲間を守る意思が浮かんでいた。
「この世の神は最高神様だけ。では一体、誰が運命を操っているのか?」
ユキは自問し始める。
「神は其方ら人類の滅亡を望んでおられる。それなのにまたもや運命はわらわたち神人の邪魔をしようと言うのか? 甚だ呆れた話よ」
かつて十年前は、アトラとメイシアという二人のゴッドスレイヤーにより人類への神攻は阻止された。
そして十年後の現在も、魔王、勇者という自分たち以上に実力を持つ最強の存在が敵として立ち塞がっている状況。
竜王だけでもしんどい話なのに、そこへ魔王と勇者まで加わってしまったら、神攻はまたしても失敗に終わってしまう。
「なぜだ?なぜ、神ですら操れない運命は神ではなく、人類の味方をする?」
かつて人類にとって神は神様であったが、今では神と書いて「悪魔」と読む。
絶望を振り翳す神は人類にとって恐怖でしかない。
しかし神側からすれば、神攻は正義である。
「運命などには決して負けぬ。創造主の些細な願いを裏切ってまで、粗末にも命を捨てようとした其方ら人間は、生ある限りこの先も必ず同じ歴史を繰り返すであろう。今はわらわたちが其方ら人類の脅威なり得る現状故に生にしがみついておるが、そうではなくなった時、人類は人類間で死を撒き散らすこととなる」
ミラエラのみに向けられていた睨みは、目の前に対する人間全てに向けられたものとなり、ものすごい殺意が向けれる。
直後、千体の「ファミリー」が一斉にミラエラとユーラシア、エルナスを含めた約五十名全員を囲うようにして周囲のあちこちに展開する。
「一号。他の「ファミリー」の主導権を其方へと一時的に移動させた。わらわの意識を其方が読み取り、「ファミリー」への万能共有を任せる」
「ファミリー」一号であるユウキは、ユキの血が他の誰よりも濃く染み込んでいるため、ユキの意思で神の力を行使することが可能なのだ。つまり、ユウキが主導となり『断罪の雨』を降らすことも可能だということ。
要するに、意識と力をユウキと共有した状態で、ユキは自由に動くことができる。
「了解。マザー」
すると直後、ユキ以外の敵全ての体が流動的に歪み溶け始める。
「ファミリー」は一人一人が上下左右の「ファミリー」同士、自身から生じさせた水の糸で結束していき、いつの間にか巨大な聖水の檻が完成する。
しかし完成する直前、ユーラシアの近くにいたエルピスのみが外へと弾き出されてしまう。
「其方はそこで主人の最後を見届けるがいい」
エルピスは甲高い鳴き声を上げながら必死に檻の中へと戻ろうとするが、水は切っても切ることができない。
その上、聖水は不純物を一切通さない。
神の狙いは人類。魔法生物は、対象外。
先ほどユキを拘束した時の攻撃は多めに見られ、ユーラシア同様に対象外から対象内になることはなかった。
次第に檻の接着部分である「ファミリー」がその身に纏う水量は更に増していき、そして勢いよく檻の内側へと発射される。
その速さは、『断罪の雨』に匹敵するほどであり、檻の内壁が発射されてターゲットを逃した水弾を吸収するため、外部へ一切攻撃が漏れることはない。
正しく、逃避不可能な要塞。
「『断罪の要塞』と言ったところか」
そして要塞内は、より効率的に少ないエネルギー量で『断罪の雨』が降らされているのと同じ環境と化す。
かつて行った十年前の『断罪の雨』は、天から地上へと平面から垂直的に雨を降らせたが、要塞内では点となる全ての「ファミリー」が中心を狙い水弾を飛ばす立体的な擬似的『断罪の雨』となる。