126話 ネメシス vs 魔王
転生してアート・バートリーとなっても尚、魔王時代の力はその内に秘められており、転生から十年。ようやくかつての力を解放する魔王。
かつて勇者に敗北を喫してしまったが、その敗因の一つに魔人の誕生が関係している。
世界では禁術とされている魔人化の魔法だが、この魔法は、己の力を分け与えて作り出すイメージを持つと分かりやすいだろう。つまり、魔人を作り出せば出すほど、自身の力は弱っていくということ。
しかし、場合によっては圧倒的な個の力が支配権を握ることもあれば、圧倒的な数の暴力により支配されるケースもある。対人魔暦の世界は、言わずもがな後者であった。
魔王は、人類や世界に存在する生命だけでなく、己の腹心となる配下の魔族たちに自身を崇めさせ、愉悦に浸る自己顕示欲の塊のような存在でもあったのだ。
それに加えて支配欲まであったために人類は魔王に絶望の日々をプレゼントされていたわけだが、勇者の誕生により魔王は滅びの時を迎えた。
伝承によれば、人魔戦争による勇者と魔王の戦いは、一騎打ちで決着が成されたそうだが、それは事実である。
つまり、魔王は全開の力を使えない状態で勇者との勝負に挑んだのだ。
魔人を作り出していなければ、あるいは今もまだ対人魔暦は続いていたのかもしれない。
その事実をアートもよく理解してはいるが、やはり数の力というものは足し算ではなく、掛け算。場合によってはそれ以上の相乗効果を発揮することもある。そのため、最高神への復讐に向けて、一切の迷いなく再び魔王軍を誕生させようとしていたわけだ。
そして現在、たったの十年間でかつての力が全て回復したわけではないものの、魔人は一体たりとも作ってはいない状態。つまり、アートはバーベルドとの全力の勝負を演じている。
魔王には魔力樹が存在しない。内なる魔力は、全て体内から湧き出てくるものである。要するに、アートにはエネルギーの限界点が存在しないのである。
本来魔王の力は、その一撃一撃が惑星に甚大なる影響を及ぼしてしまうほど強大なもの。
かつての魔王は、別に惑星を消し去ることが目的であったわけではなかったため、むしろ、地上の生命を支配することにその目的が存在していた。そのため、いついかなる時でも己の力を行使する際には、必ず何重にも現世との次元を離した異空間結界を周囲に施していた。
それもまた勇者への敗因の一つと言えるだろう。
そして現在のバーベルド戦においては、自身とバーベルドの二者間のみに異空間結界の効果同様の魔法を施していた。
今回使用した魔法は周囲に施す結界と同様、結界外の者たちから姿が見えなくなるわけではないが、その他の影響は全くの皆無となる。
結界範囲外の者たちにも二人の姿はしっかりと見えているものの、生じる技のあらゆる影響が見た目を除き結界外にいる者・モノたちへ干渉しなくなるわけだ。
つまり、視界一帯で行われている幾つもの厄災級の魔法の応酬は、複数の次元を挟んだ異空間で行われていることになる。ユーラシアたちからすれば、アートとバーベルドによる目の前の出来事全てがバーチャル映像と化している。
そしてその結界の維持をしつつも、アートはオルタコアスでユーラシアが放った「竜王の咆哮」に匹敵する大規模な魔法の数々を惜しみなくぶっ放している。
しかし威力は「竜王の咆哮」が勝る。
対するバーベルドは、アートから放たれる魔法のことごとくを全て体内へと吸収しては、タイミングを見計らい跳ね返している。
無尽蔵のエネルギーを宿す魔王に、その全てを吸収・排出するバーベルド。
決着の見えない戦いは勢いを更に増していく。
「オラオラどうしたんだぁ?んなヌリィ攻撃いくら続けても俺には通用しねぇよ!」
バーベルドは余すことなくアートから放たれる攻撃全てを吸収する。
目に見える魔法は言うまでもなく、打撃による与えられたダメージさえも全て吸収し、跳ね返す魔法への上乗せとしている。
「まさかこれほどとはな。流石に驚いた」
「逆にてめぇは一度死んで怠けちまったみてぇだな」
直後、吸収・排出したアートの魔法を目眩しに使用したバーベルドは、アートの死角となる場所から神器を振う。
「チッ、流石にそこまで甘かねぇか」
アートは表情こそ変えはせず冷静一辺倒だが、今後の展開を深く思考する。
今現在のアートの実力とバーベルドの実力は少しバーベルドがやや勝っていると言った具合。
そのため、反則技の「モナフェス」がバーベルドには通用しない。
モナフェスは、格下と判断した対象者全ての力を無力化するというもの。その判断基準は、魔力や技量、パワーやスピードなど、あらゆる要素が影響し、アート自身が格下の烙印を押した、かつ、対象者がアートを格上だと認めていた場合に発動される。
そしてバーベルドはアートに対して自分の方が有利な立場にいると高を括っている上、アート自身もバーベルドを格下だとは判断しきれていない。
「期待してたほど楽しかねぇな。そんなんだから勇者に殺されちまったわけか」
先ほどまで冷静さを保っていたアートの眉がピクリと反応を見せる。
「もう一度言ってみろ」
「はぁ、今のてめぇはカスだって言ったんだよ。二度も俺の期待を裏切りやがって、そんなんじゃいつまで経っても勇者には勝てねぇよ」
アートは音を置き去りにするほどの、一瞬にして時を飛び越えたかのような速さでバーベルドとの距離を詰めると、血走らせた眼球で思い切りバーベルドのことを睨み付け、魔力をあり得ないほど高密度に纏い漆黒の光沢を宿した拳をバーベルドの顔面へと叩きつけた。
「ガッ!」
バーベルドの苦悶の声が一瞬のみアートの耳へと届いた直後、幾つものガラスの割れるような音が空間内に響き渡り、バーベルドは凍結された海の上へと叩きつけられる。
しかし、凍結された海は無傷。なぜならば、アートが施す結界が一つでも存在する限り、結界外のあらゆるモノに干渉することは不可能だから。
しかし、現在力の半分ほどを結界維持に回しているアートだが、バーベルドへと振るったたった一撃だけで先ほどまではびくともしなかった結界の壁がいくつも崩壊してしまうこととなった。
「やればできんじゃねぇかよ」
バーベルドは、本来ならば神の力の影響で負った傷など瞬時に回復するのだが、アートの一撃により負わされた傷は癒えるのにかなりの時間を要している。
ユキは『聖水』。
ウェルポネスは『神花』。
そしてバーベルドは『神の胃袋』である。
『神の胃袋』・・・・・どんなモノ・コトでも喰らうことができる力(食らった攻撃や物体はもちろんのこと、事象さえも喰らって記憶を消すこともできる。そして、喰らった攻撃を相手へ返すことも可能)。そしてその影響範囲や度合いは、神と名のつくだけあり、限界点が最早ぶっ壊れてしまっている。
しかし、アートによる怒りの籠った一撃は、回復に一分という時を要させるほどバーベルドにとってはかなりのダメージであった。逆に言うと、今度はアートが吸収された攻撃を返されることとなる。
「さてと、こっからが本番てわけか」
バーベルドは心の底から愉快に笑みを浮かべる。
惑星への影響をなるべくゼロにするための結界維持にかなりの力を削いでいたアートであったが、その上で出せる全力のこと如くをバーベルドにより無力化されてしまっていた。
そして今、アートの中に再度生じた怒りの感情により、眠っていた力は更に目覚めつつある。
しかし、相手の力が増大すればするほどバーベルドの力は更なる猛威を撒き散らすことになってしまうため、結界全てが崩壊してしまう危険性がかなり上がってしまう。
「んだよ、どうした!動きがさっきよりも鈍ってんじゃねぇかよ」
アートは先ほどとは一変。内なる怒りを制御しつつ、魔力のみを周囲に纏わせ、バーベルドから放たれる攻撃をいなしながら思考する。
このままいくら攻撃を続けたところでバーベルドを倒すことは不可能だと。
ならばどうするか?
答えは一つ。回復の隙も与えないほどの高出力の技を与えるしか方法はない。
これまでの経験から規模は大きくとも生半可な威力では全くもって意味を成さない。それどころか、相手の攻撃手段の手助けをしてしまうことになってしまう。しかし、何重にも多重掛けした異次元結界を破るほどの威力ならば、小規模でもダメージが通ることは証明できた。
つまり、バーベルドを仕留めるためには残りの異次元結界全ての壁を打ち破るほどの威力の攻撃を放たなければならない。
もしも結界を解いて技を放てば、確かに今より数段威力は高められるが、間違いなくこの星が消えてなくなってしまうだろう。
この場に勇者がいると言えども、流石に一切の抵抗なしの魔王の魔法から星ごと守ることは不可能。
予め魔王の放つ魔法への対策魔法陣を組み立てられていれば話は異なるが、流石に勇者も一人の神人を相手にしながら魔王への対策までは荷が重すぎる。
そう思ったアートだが、コロシアムのあった地点へと一つの影が落ちていく様子が確認できた。
ウェルポネスだ。
「圧勝か」
アートの言葉を聞き、バーベルドの意識が一瞬逸れる。
その隙を狙い、十ほどに多重掛けしていた結界魔法を半分ほどまで減らすと、天に拳を掲げて先ほど拳に纏った漆黒の光沢を宿した闇のオーラがギラギラと巨大な渦を巻いて輝き始める。
吹き荒れる強風。
バーベルドは無意識の領域で感動を味わっていた。
かつて憧れた魔王の魔力。
それは、バーベルドがまだ神人になる前の記憶であり、今現在もバーベルドはその時のことを鮮明に覚えている。覚えているからこそ、裏切られたバーベルドは魔王を許すことができずに怒りを燃やしているのだ。
そして神人となった今では、感情の中心には魔王に対する怒りが燃え盛っており、無意識に感じている感動を感動であると認識することはできていない。
しかし体は正直で、天に輝くアートの拳を見つめるバーベルドの瞳には輝きが、口元には満面の笑みが浮かび上がっていた。
バーベルドは今自身が放てる最高の技を体内から放つ準備を整える。
一芸ではあるが、それがバーベルドの強さなのである。
アートがこれから放とうとする魔法の名は「アベオス」。
勇者との戦いの最中に創り出した魔法であり、そして防がれた魔法でもある。
完璧に力を取り戻したわけではないため、威力は落ちているが、それでもまともに放てばこの星は愚か、周囲の星々、異次元世界へと影響を及ぼしてしまうことは間違いない。
しかしアートは込める力を緩めることはしない。
なぜならばここには勇者がいる。
魔王時代の「アベオス」を一度食い止めた勇者ならば、力の劣る今のアートが放つ魔法など止めることは造作もないはず。
悔しさが込み上げてきて仕方ないアートだが、それでもかつての自分を倒した勇者を認めてはいる。
魔王時代は好き勝手に新種の魔法を創造できていたが、今はそれができない上に全てのステータスが昔よりも遥かに劣る。
バベル試練の直前に、突如自身の中に欠けていた創造力というピースが組み込まれた感覚はしたものの、今現在その力は使用することはできない。
つまり、勇者と魔王は、魔法を創り出せる点において共通していることになる。そしてかつての魔王は、先読みの頭脳戦に負けてしまったと言っても過言ではないだろ
「さぁ、止めて見せよ勇者」
アートは対するバーベルドではなく、遠方にいる勇者へと言葉を向けて魔法を放つ。
『アベオス』
アートの地上にいるバーベルドへと向けられた拳から漆黒の柱が落とされる。
バーベルドもアートの魔法に全力での対応を試みるが、バーベルドの放った全力の攻撃は意味を成さずに一瞬で消失。
そのまま全ての衝撃がバーベルドのみに降り注がれるが、神の胃袋によりアベオスの吸収を試みる。
「クッ——————ガアァァァァァァァァァァァァッ‼︎」
バーベルドの限界が来るのが先か、アベオスを吸収するのが先か。
しかし、苦しむバーベルドとは反対に、アベオスの威力は止まらない。
そしてついにその時がやって来る。
幾つもの「バリンッ」という音が響き渡り、アートが施していた結界の全てが消失。
アベオスの矛先はバーベルドだけでなく、この惑星へも向けられる。
しかしアートの信じた通り、勇者がマルティプルマジックアカデミーが存在するこの空間内全てに魔法陣を施してくれていた。
そしてこの時には既にバーベルドは黒焦げとなり虫の息。
ダメだ。
それは、理屈ではなく、直感で悟るものだった。
その直感は、アートと勇者の二者共通のもの。
二人の視線は、アベオスを放つアートをも上回るほどの魔力を放つ一人の存在へと向けられる。
その者は、アベオスと同等かそれ以上の威力で、対する神人「アクエリアス」へと灼熱の真っ赤な炎の柱を形成していた。