124話 仮面剣士の正体
突如目の前へと現れた謎の戦士。
物理的な意味だけでなく、アートの視界には目の前の存在しか映ってはいなかった。
かつて魔王は、アトラとメイシアが勇者や英雄などと言われ始める以前から勇者と呼ばれた人間によって滅ぼされた。
かの勇者を作り出した存在は最高神であり、魔王は最高神への敗北を期したと言っても間違いではないほど、最高神が勇者に与えた力は絶大だった。
だからこそアートは再び魔王軍を作り、最高神への復讐を企てていたのだが、ユーラシアの正体とその力を間近にしたことでユーラシアの力を借りて復讐することを決意する。
そんな時、目の前に現れたのがかつて魔王であった自分にトドメをさした聖剣を持つ存在。
顔は仮面で隠されている上、記憶にある力の気配はその存在からは感じないものの、アート自身が聖剣を見間違えるはずはない。
力ならばアートも少しの漏れなく制御して見せていた。
自分と同等の実力を持つ存在ならば、そのような芸当は容易くこなしてみせるだろう。
普段は絶対にその冷静さを崩さないアートの内には、抑えきれぬほどの怒りが湧き上がる。
今、アートの目の前に立つその者の正体は——————
「勇者⁉︎」
アートとしては一度も浮かべたことのない驚愕の様相でそう口にする。
目の前の存在は、咄嗟に仮面を背後にいるアートに向けた後、自身の両手に握られる聖剣へと恐る恐る視線を向けた。
「うそんっ。僕としたことがまたやっちゃたよぉ」
「ったく、何してんだよマサムネ」
「ごめんヒナッちゃん。ていうかヒナッちゃんの方こそ、同じ体にいるのに何で止めてくれなかったのさ!」
「あーもう、うっせうっせ。てか、ヒナッちゃんって呼ぶんじゃねぇよ。全然可愛くねぇだろぉが」
突如仮面の内で一人二役の演劇を始め出す勇者(仮)。
しかしそれは演技でも何でもなく、本当に別人格同士が言い合っている様子。
そしてそのことがより、ミラエラとアートの確信を確固たるものとしていく。
「ったく、バレちまったんなら仕方ねぇ」
そう言って勇者(仮)は、仮面を外して地面に捨てると仮面へ向けて足を振り下ろした。
「あー!勿体無い!結構この仮面気に入ってたのになぁ」
「はぁ、てめぇこの状況分かってんのか?どう見ても絶体絶命のピンチだろうが。んなこと言ってる場合じゃねぇんだよ!」
「分かってるよ。色んなことが一度に起きすぎてテンパっちゃっただけだから」
そう言って、勇者(仮)は神人三人へと視線を向けると、普通の人なら気づかぬ一瞬、ユキのところで視線を止めた。そして周囲をぐるりと一周視線を向ける。
「ほ、本当に貴方たちなの?」
そう始めに話しかけてきたのは、ミラエラだ。
潤ませた瞳を勇者(仮)へと向ける。
「まぁね」
「あれから姿を見せないから、てっきり死んでしまったものかと・・・・・」
「何言ってるの?僕たちの魔力樹は今も尚生き続けてる。それこそが、僕たちが生きてるってことの証明だよ」
「まぁけど、音信不通になってたのは素直に悪かったな。けど、感動の再会に浸るのは後にしようぜ。今はとにかく、この状況をどうにかすんのが先だろ?」
「そうね。貴方たちは、今も昔も私たちの希望よ」
ミラエラは先ほどとは異なり、覚悟の表情の中に晴れやかな笑みを浮かべる。
そしてそれは、ミラエラだけではなく、この場にいる神人とアートを除いたほとんどの者たちの共通。
仮面を取り、その素顔を見せたことにより、伝承より伝わって来た魔王を打ち倒した勇者の肖像画の人物と瓜二つの人物が現れたのだ。
この時をもって、絶望の時間は終わりを告げる。
そう誰しもが思い始めた時だった。
「なぜ俺の前に姿を見せた?そんなにも死にたければ望み通り殺してやろう」
そうして突如、勇者の背後にいたアートから凶々しい巨大なオーラ発せられると、勇者を包み込むように放たれる。
「何をしてるんだよ、アートくん!」
アートのすぐ近くにいたユーラシアが必死になってアートを押さえ込もうとするが、アートは微動だにせず勇者へ向けて歩みを進める。
「邪魔をするな、ユーラシア」
それは、普段ユーラシアへと向けられている優しい囁きなどではなく、冷酷な全身が凍りつくほど冷たい囁きだった。
アートは体にまとわりつくユーラシアを振り払い、自身の魔力を高密度で練った魔剣を片手に握りしめ、勇者へと襲いかかる。
「最高神を殺す前に、まずは貴様からだ!」
勇者は聖剣を更に白銀色に輝かせて、アートから振り下ろされる魔剣を受け止めると苦悶の表情を浮かべる。
それほどまでにアートによる一撃の重さは尋常なものではない。
二人の剣が交わった瞬間、コロシアムに無数のヒビが生じ、そして割れる。
下は海。
この場にいる者は大半が飛行魔法を使えるが、空中での戦いはより不利になる上、ユーラシアは空を飛べない。
それ故にミラエラは、視界一帯の海を再度威力を調節した「氷界創造」で凍結させる。
何度も何度も交わる聖剣と魔剣。
その度に先ほどのバーベルドによって起こされた強風と同程度か、それ以上に凄まじい強風が吹き荒れて、凍った海の氷を少しずつ削っていく。
それに痺れを切らしたバーベルドが勇者と魔王。二人の間に割り込んだ。
「いい加減にしやがれクソ野郎が! てめぇの相手は俺だろうが。よそ見なんてしてんじゃねぇぞ」
「悪いがもう、お前などに興味はない。うせろ」
「マジで舐めやがって、容赦なく殺してやるよ」
その瞬間、バーベルドとアートの間に巨大な白銀色に輝く光の斬撃が振り下ろされる。
それは聖剣から放たれた斬撃であり、放たれた光の斬撃は、凍結した海の一部を鋭く奥深くまで斬み、大きな溝が生じる。
「魔王。かつての君は全てを破壊・支配しようとする悪魔のような存在だった。だけど今は、守りたいモノがあるんじゃないの?」
勇者は聞いていた。
今、地上からこちらへ不安そうな視線を向ける少年を守ろうとする魔王の意思を。
それなのに、自分と争っていては本末転倒だ。
共倒れになった上、神人により皆殺しにされてしまい終わり。
「その存在を見捨ててまで僕と戦う意味がどこにあるんだよ。今はお互い、守りたい者のために力を使おう」
アートは少し考えた後、魔剣をオーラへと変換させた。
「今は貴様の口車に乗ってやろう。だが、いつか必ず俺は勇者、お前を倒す」
「その時は受けて立つよ!」
そうして勇者と魔王は、互いの敵となる存在へと意識を向け直す。
「チッ、あの野郎に説得されたのは癪だが、次はもうよそ見なんてすんじゃねぇぞ」
「最高神の犬め。力の差を教えてやるとしよう」
「上等だクソが」
ようやく、一切邪魔のない『ネメシス』対『魔王』の戦いが始まる。
「やぁ、どうも」
勇者はウェルポネスに挨拶を送る。
「どうも。私の相手は魔王を倒した勇者だね。君は最高神様からどんな力を授けてもらったんだろうね」
ウェルポネスは勇者へと興味津々な瞳を向ける。
「やっと見つけた。君は覚えてないかもしれないから、これからぶつけるのは僕の一方的な怒りだ。だけどどの道君たちは人類全てを滅ぼすつもりだよね?」
「そうなるかな。だけど仕方ないよね、最高神様がそれを望んでおられるんだから」
「それなら遠慮せずにてめぇをぶっ飛ばせるな」
「本当に別人みたいに突然口調が変わるんだね。でもさ、そんなんでまともに連携が取れるなんて思えないけどなぁ」
「安心しなよ。僕たちは、かつて魔王を倒した勇者だから」
こうして『フローラ』対『勇者』の戦いの火蓋も切って落とされるのだった。