123話 魔力解放
アートが参戦したことにより一筋の希望が見えたかに思えた状況。
しかし、球体結界は粉々に破壊され、ユキが解放されてしまったことで、神人は三人が集結し最悪の状況へ。
「まさか貴方が力を貸してくれるなんて思わなかったわ」
ミラエラは、突如目の前へと現れたアートへ意外な視線を向ける。
「こんなところでユーラシアを失うわけにはいかないからな。それよりも、流石に神人三人同時に相手取るのは俺と言えども荷が重いぞ」
「ええ。だからユキのことは私たちに任せて欲しいわ」
「お前だけでは無謀だろう」
「心配するな。私たちも共に戦う」
先ほどまでロッドの側にいたエルナスは、今も尚意識不明のロッドをセンクに預け、自分はミラエラとその他生き残りのゴッドスレイヤーたちと共にユキへと立ち向かう覚悟を示す。
生き残った生徒や市民たちは一先ず魔導列車で学園までの避難は済ませてある。
しかし、ここで全滅してしまえば人類の全てが死す。
王はその全員が不在な状況でありながらも、東西南北の生き残った約五十名程度のゴッドスレイヤーたちが共に団結の意思を持って、先ほどとは全くの異様な威圧感を放つユキへと対する。
「ならば、俺はこの二人を受け持とう」
「アートくん。ボクも・・・・・戦うよ」
これまでまともにダメージを負う経験をしてこなかったユーラシアは、慣れない痛さに足をふらつかせながら立ち上がる。
「ユーラシア——————」
「ごめんね、ミラ。ボクの身勝手な我儘で、ミラに酷い選択をさせようとしてた」
擬似魔力樹の封印を解けば、間違いなくユーラシアの命は消えてしまう。だけどこのままでも、ユーラシアが死んでしまうかもしれないという葛藤にミラエラは駆られていた。
「樹の雫は、ミラに預けとくよ」
「分かったわ。ねぇユーラシア。私にとって貴方は、この世で何にも変え難い唯一の存在なの。貴方が大切な私たちを守りたいと思うのと同じくらい、いえ、それ以上に私は貴方に生きていて欲しいのよ」
ミラエラはこんな状況だからこそ、瞳を潤ませながら自らの想いをユーラシアへとぶつける。
「ボクは・・・・・誰にも死んで欲しくない。だから、ボク自身も大切なみんなを想う気持ちと同じくらい命を大切にするって約束するよ」
「全く、本当に十歳のセリフとは思えんな。いや、もうすぐ十一歳か」
エルナスは頼もしいような呆れるような、そんな笑みを浮かべる。
「だからどうか、生き抜いて欲しい。正直、痛いし怖い。逃げ出したくてたまらない・・・・・」
身体を震わすユーラシアの肩へと一人の人物が腕を乗せる。
「君世界樹でしょ?例え相手がどんなに強大でも、ここにいる誰よりも強い可能性を秘めてるってことを忘れちゃダメだぜ?大切なのは守りたい者のため、己の限界を超えられるか、だろ?」
「え、それ・・・・・」
「俺もよくフェンメルに言われた。それに、俺と王がいるんだ。負けるはずがないぜ」
フェンメルは視線を神人たちの方へと向けて言葉を発しているが、王であるロッドは背後でセンクの回復魔法を受けている。
しかしこの状況、誰もその違和感に触れることはない。
「それじゃあ俺は、そこの赤いドレスを着てる君を貰うとしようかな」
「さっきから気になってたんだけど、人間にしては随分と綺麗なお顔してるけど、俺ってことは男の子なのかな?」
ウェルポネスは本心から不思議そうにユーリへと質問する。
「さて、どうだろうな。気になるんなら、俺についておいで」
そう言ってユーリはコロシアムを飛び出した。
ウェルポネスもユーリに続く。
「ユーラシア。お前はユキの相手をしろ」
「アートくん一人で大丈夫?」
「問題ない。俺を誰か忘れたのか?」
忘れたわけではない。しかし、拳を交えたユーラシアが最もバーベルドの危険性を感じ取っている。
アートの拳も当然重かったが、バーベルドの拳は、その比にならないほどの重さを有していた。
「気をつけて」
一時的協力関係にあるとは言っても、アートは魔王である。決して人類の味方であるユーラシアとは相容れない存在。
それなのに、ユーラシアはそんな相手に気をつけてなど、アートは笑いを堪えられずに笑みをこぼす。
「何笑ってやがる?」
「いや、何でもない。始めるとしよう」
そして数度交わるバーベルドとアートの拳。
その一手一手が大気を震わせ、空気が弾ける音を奏でる。
そしてアートはすぐさま悟る。
やはりこのままでは、どうあっても目の前の神人には勝てないと。
アートの覚悟は既に決まっていた。と言っても、先ほどのユーラシアが命懸けで抗う様相を見てようやく覚悟が決まったのだが。
憧れた存在が命落として守りたい者のため戦っているというのに、自分は最高神に転生したことをバレたくないがために今まで逃げていたことを恥ずかしく思う。
理由までは知らないが、かつての竜王も最高神に滅ぼされた魔王の同類。
再び最高神に牙を剥いたことを悟られれば、真っ先に警戒されるのは目に見えたこと。
その証拠に、オルタコアスでは神人であるユキにユーラシアは命を狙われた。
これまでは魔力を使う必要が皆無だったが、現状はそうではない。いくら魔王の力があると言えども、それを使わずして勝てる相手でないことは明白。
魔王の復活を悟られれば、竜王以上の警戒の対象となり、すぐさま葬られてしまう可能性だってある。
ならば逃げるか?
否!
ここで逃げればユーラシアは間違いなく死ぬだろう。それだけはさせられない。
そもそも、逃げる選択肢などアートの中には存在していない。
「ッ⁉︎」
突如目の前の存在から放たれた邪悪な魔力に、バーベルドは、いや、おそらくは世界全体が身体を震わせた。
ミラエラやユーラシア、エルナスだけでなく、その他のゴッドスレイヤーたちやユキの視線さえもアートはこの瞬間、自身へと釘付けとした。
「て、てめぇは——————そうか、そうだったのかよ。やっぱり転生してたんだな」
バーベルドはかつてない喜びを感じていた。
そして、喜びにも勝る復讐心という怒りの感情を燃やす。
「さっさと始めようや、魔王様よぉーー‼︎」
バーベルドにとって魔王に復讐できるこの時をずっと待ち望んでいた。
最高神も、バーベルドの中に魔王に対する消えぬ復讐心があるからこそ『ネメシス』という神名を与えたのだ。
『ネメシス』対『魔王』
永きにわたる復讐の一戦が始まろうとしたその時、またしても二人の間に邪魔が入る。
「クッ!」
飛んできたのは、先ほどウェルポネスと共にコロシアム外へと姿を消したユーリだった。
「うっそ、強すぎでしょあいつ」
言葉ではまだまだ余裕な態度を見せるユーリだが、体の方が言うことを聞かない様子。
「おい、俺に喧嘩売ってんのかよフローラ」
「ごめんね。そんなつもりは一切ないよ。偶々飛ばした場所がネメシスの目の前だっただけだよ」
「チッ、今いいとこなんだよ。邪魔すんじゃねぇ」
バーベルドはウェルポネスへの怒りも含め、それら全ての怒りを目の前のアートへと向けて睨みつける。
「ネメシスの言う通り本当に魔王が復活していたなんて驚いちゃったよ」
そのあまりの衝撃で人間を飛ばしちゃったと笑って話すウェルポネス。
「正直、さっきネメシスが相手にしてた人間よりは強かったかな?だけど、やっぱり人間は最高神様の恩恵なしじゃ非力すぎるよ」
「だろうな。だがあいつはそうじゃねぇ。俺の全力をぶつけて、ぶっ殺してやる!」
しかしその瞬間、またまたまたしても邪魔者が現れる。
突如現れたその存在は、顔に白い仮面を付け、両手には白銀の剣が握られていた。
仮面は学園側がエンタメ性を考慮して魔導際のため、コロシアムの倉庫に保管しておいた仮装用の仮面。
しかし、その存在は先ほどまでのアート同様に魔力が全く感じられない。神人でさえも、何ら力の気配を感じ取れない。
その存在は伝説となり、何世代もの人類に語り継がれている。
しかし、その存在は知られようとも、使用していた武器の実物を目にして今現在も生きている者はごく僅か。
そのため、突如現れたその存在の両手に握る剣を見てもこの場ではたったの二名しかその存在の正体に目星を付けられずにいた。
一人は、竜族の生きていた時代から生きているミラエラ・リンカートン。
そしてもう一人は、魔王の転生体ことアート・バートリー。
アートの鼓動は高まり続ける。
もう、目の前にいるバーベルドなど意識の外に出てしまうほどに。
忘れるはずがない。
なぜならば——————白銀の剣は、かつて自身にトドメをくれた聖剣なのだから。