122話 神器『ファミリー』
ユウキ・モラトレア。
魔戦科五年Sクラス 十五歳。
この世界では珍しい黒髪を持ち、黄緑色の瞳をした青年。
成績優秀ではあるが、どこにでもいるようなごく普通の青年。
それが世間が彼に持つ印象。
性格的にも、見た目も髪色以外はごく普通。
『エルフの都』遠征組は誰しもが一癖も二癖もあるようなメンバーが揃っている中、ユウキは彼らの影に埋もれてしまうような、個性の薄い生徒だった。
故に誰が予想できただろうか?
ユウキとユキとの間に生じる繋がりを。
神人は、誕生直後に最高神から神の力と共に『神器の素』という白銀の輝きを帯びた宝石のようなモノが与えられる。
『神器の素』を如何様に変化させるかは各自の自由であり、バーベルドの神器は、最高神から与えられた「神名:ネメシス」に相応しく、一生癒えぬ傷を与える神器を創造した。バーベルドの神器は、ネメシスとして内に秘める消えない復讐心を具象化したものとなっているのだ。
原初であるユキが『神器の素』を『神器』へと化したのは、今から二百年前のこと。
人魔戦争よりも前に最高神によって創造されたアクエリアスことユキは、生命を傷つけるという行為を極端に嫌う少女であった。
そのため、人魔戦争においても自らの力を思うように発揮することができず、神器も創造していなかったため、最高神の役に立つどころか無理な負担を強いることになってしまった。
しかし、そんなユキの心境に決定的な変化が生じ始めたのは、約二百年前にミラエラと出会ったあの日の出来事。
最高神の創造物である以上、神放暦に突入した世界の中で、ユキは苦痛に必死に耐えながらも人間の命をコキュートスと共に奪う日々が続いていた。
そんなユキを解放するでもなくミラエラは、今のユキの家族とも言えるコキュートスを破壊し、ユキへと蔑みの態度を向けたのだ。
そのことが記憶にすらない人間だった時の心を完全に壊してしまうきっかけとなる。
その日以降、ユキは別人のように人類を狩り続け、神器を創造した。
創造した神器の名は「ファミリー」。
自らの血液を存分に『神器の素』へと染み込ませ創り出したユキの複製である。
始めに創り出したファミリーは男性型の青年であり、黒髪を有したユキそっくりの複製であった。
仮に複製体一号としよう。
「ファミリー」には意思があり、ユキと同程度の魔力が備わり、人間のように生殖機能なども有していた。そのため、ユキは一号との間に複数の子供を作っていき、子供はユキと一号と似ている見た目でありながらも、次第に成長していく。
そして子供たちはユキたちの下から巣立っていき、世界各地へ散らばっていった。
一号にもその子供たちにも皆に意思が存在している。そのため次々とユキの子孫は増え続けていく。それ即ち、厄災の拡大を意味しているのだ。
「ファミリー」とは、今や一号のみを指すのではない。一号とユキの血を持つ全ての子供たちがそう呼ばれているのだ。
つまりは「ファミリー」全てがユキの複製体。
故に、十年前に降らされた『ゴッドティアー』は、ユキ本体に加えて、各地に散らばる「ファミリー」によって降らされた雨だと言うこと。
約五年前。
十年前の『断罪の雨』により消耗したユキの力が約五年経った今では、既に本来の半分ほど回復していることを悟った一号は、おそらく再度侵攻が開始されるだろう更に五年後の未来を想像し、その前に自らも子供たちと同じく外の世界を見てみたいという欲望が生じ始める。
一号は、創造当初から見た目に何一つ変化がないことから、モラトリアムという言葉を少しいじり姓にモラトレアを。名にユキを含ませたユウキを付けて、ユウキ・モラトレアという名前を授かる。
こうしてユウキとなった一号は、マルティプルマジックアカデミーの学生となったわけだ。
ユキは、己以外の血が混ざれば混ざるほど「ファミリー」の行方を追えなくなってしまうが、最も濃く世界のどこにいてもその存在を感じ取れるのが一号ことユウキなのだ。そのため、ユウキの予想通り侵攻の時期が一年を切った境目の年に、ユキ本人も「ファミリー」たちが見た外の世界を「人間」として最後に堪能する意味も込めて、ユウキと同じく学園の生徒になったわけだ。
学園の生徒となったユウキから伝わってくる感情の数々は、『原 天×点 界』で孤独を過ごすユキにとって、とても興味をそそる感情であったのだ。
十月五日。
魔導祭五日目の現在、ほんのひと時のごく普通の少女としての生は終わりを告げ、神人としての使命を全うする。
ユウキにとってユキは、創造主である親であり、妻である。
故に「マザー」と呼称する。
ユウキがその名を叫んだ瞬間、各地に散らばる「ファミリー」たちが一斉にユキの元へと集まり、囚われている母親を救出する。
親が子のため、子が親のため。
これこそがユキの望んだ「家族」の姿。
球体結界から解放されたユキの浮かべる表情は、とても幸せそうな笑みに涙を流すものだった。