120話 マンティコア出現
地上に降り立ったバーベルドは、先ほどの自身の攻撃でもびくともしなかった漆黒の球体へと視線を向ける。
「おい人間、ひょっとしてアクエリアスはこん中か?」
「だったらどうする?」
「こんな子供騙しであいつを捕らえられたと本気で思ってんのかよ」
「安心しろ、お前もすぐに捕らえてやる」
バーベルドは、圧倒的な実力差を見せつけても尚、一切臆さず自身に対抗して見せるロッドの勇ましい態度に笑みを浮かべる。
「俺を捕えるだ?ハッ笑わせんじゃねぇよ。てめぇらじゃ、俺に傷一つすらつけらんねぇよ」
「確かに天と地ほどの差が俺たち人間とお前たち神には存在している。だが、何が何でも負けられねぇんだよ!」
「そうかよ」
バーベルドは王であるロッドですら目では追えない速さでロッドに近づき、拳を放つ。
大きく響き渡る金属音。
ロッドは、放たれたバーベルドの拳を脊髄反射により右腕で受け取める。
「人間をなめるなよ!スマッシュイン——————」
またしても右腕の起爆装置を作動させようとした瞬間、ものすごい勢いで右腕へとヒビが生じ、そして瞬く間に粉々に砕け散ってしまった。
「死ねよクソが‼︎」
バーベルドは大きく口を開けると、眩い光が口腔内から放たれる。
それは、先ほどロッドがバーベルドへと向けて放ったスマッシュインパクトそのものだった。
既に廃墟と化しているコロシアムにまたしても巨大な大穴が開けられる。
最早いつ海へと沈んでもおかしくないほどの有様となり、まさしくこの場に生きる者たちの心を具現化したような様と言えるだろう。
「ロドィ——————ッ‼︎」
エルナスは十年前、ラベンダとミューラを失った時以来見せて来なかった必死の表情を浮かべて叫ぶ。
今ではミューラも生きていることを知ったが、今度は唯一の父親であるロッドを失ってしまうかもしれない。そう思った瞬間、己の立場など関係なく哀れでも叫ばずにはいられなかった。
バーベルドの攻撃を真正面から受けたロッドは、全身に酷い火傷を負った状態で意識を失ってしまっている。
死に至らなかっただけ幸いと言えるだろう。
しかし一刻も早く回復魔法を施さなければ僅かに残された命の灯火は消えてしまうギリギリの状況の中、バーベルドはロッドの息の根を完全に止めるべく、駆け寄ってきたエルナス諸共消し去るつもりで再度大きく口を開ける。
「はい、そこまで〜」
次の瞬間、バーベルドの目と鼻の先へと黒い直線が落とされる。
「今度は何だ?人間の強さなんざたかが知れてるが、てめぇは楽しませてくれんのかよ?」
「何楽しむとか言っちゃってんのお前。これは殺し合いなんだわ。死ぬ気で殺させてもらうぜ」
ヤムは、漆黒の刀身を持つ刀を真っ直ぐに掲げて目の前のバーベルドへと向ける。
「ロッドのことは俺に任せろ。生きてさえいりゃあ、どんな怪我だって治してやる」
既に花に変えられてしまった者たちはどうすることもできないが、センクは人類屈指の凄腕のヒーラーなのだ。言葉の通り、命さえあれば例え、死に関わる大きな怪我でも瞬時に治すことができる。
「僕のことも忘れてもらっちゃ困るよ。吸収した力をそのまま利用できる力と言ったところかな?僕の魔法と少し似ているね」
ゲトの発言に対して分かりやすく眉を顰めて気分を害すバーベルド。
「てめぇみてぇな人間の力が、最高神様から授かった俺の力と似てるわけねぇだろうが!ぶっ殺す」
「試してみるかい?」
「クソが!」
直後、バーベルドは腹部を巨大に膨らませると口から何かを出し始める。
「おいおい、何なのあれ?お前が挑発するから変なもん出てきちゃったじゃん」
「だけど、見れば見るほど僕の魔法と似ているよ。まぁ、僕は口から何かを出したりはしないけどね」
この瞬間のみ、ゴッドスレイヤー間では馬鹿と定評であるヤムに馬鹿だと思われるゲト。
それほどまでにバーベルドの体内から出現した怪物は、これまで見てきたどの生物よりも邪悪で純粋な悪の臭いを撒き散らす。
「殺れ、マンティコア」
全長約三十メートルはあるだろう獣のような巨体の先頭に存在する人間味のある顔。
優しく微笑むその表情が、圧倒的なまでの恐怖感を再び人間へと植え付ける。
「こいつは、ただただ人を喰うことだけに特化した存在。思う存分食い荒らされろ」
マンティコアは不気味な笑みを浮かべたまま、ヤムとゲトを標的に定め、人喰いの血を騒がせ白濁色の涎をそこら中に撒き散らす。
そして鋭く尖った巨大な牙が剥けられる。