119話 王の一撃
ユキを球体結界へと捕えてから数秒が経過。
「どうやら成功したようだな」
「ええ、まだ安心は出来ないけれど、ユキを捕えられたことはとても大きいわ」
そう言ってミラエラが視線を向けた先には、宙に佇み地上を見下ろす男女二人の姿。
彼らは神花により次々と人間が開花していく絶望的な様を楽しそうに笑みを浮かべて眺めている。
「だが、たったの数秒で会場は地獄と化している。最早生き残っている人間が何人いるか・・・・・」
チラホラと生徒の姿は見えるものの、視界一帯はほとんどが赤色に染められてしまっている状態。
それもたった数秒の間に。
ゴッドスレイヤーの使命は、神に対抗すること。しかし、その前提として力なき者たちを守らねばならない。それなのに、守るべき者たちは次々と花へ姿を変えられていく。
生死は不明だが、敵の攻撃である限り無事であるはずがない。
対策会議の後、ゴッドスレイヤーたちは侵攻に遅れを取らないよう、あらゆる可能性を考慮して柔軟に動けるよう各々作戦を立てていた。
市民や生徒からできる限り犠牲者を出さないように細心の警戒をしながら終始警備に当たっていたのだ。
その全てを無意味とするかの如く止まることを知らずに開花し続ける神花。
ゴッドスレイヤーにまで犠牲者が出始める始末。
最早守るべき立場のゴッドスレイヤーたちの中には、既に戦意を消失してしまっている者の姿も見られる。
それほどまでに絶望の記憶を刺激されている。
「想像以上にまずい状況ね。このままだと全滅する可能性もあるわ」
「だがそうはさせねぇ」
「王?」
魔法陣すら妨害され発動しない逃げ場のないこの状況。
守るべき市民や生徒のほとんどが花と化し、最早守護のしようもない。しかしそれでも、残った者たちは必死に守らねばならない。
そんな手詰まりとなった状況の中、ロッドがユーラシアたちの下へ姿を見せる。
「俺たちは一切の油断もしてなかった・・・・・だが、この有様だ。だがお前たちが命懸けでユキを捕らえてくれたからこそ、俺たちの灯火はまだ消えちゃいない。お前たちを信じてよかったと、心から思う」
そう言いい、ロッドはミラエラとエルナスの肩にそれぞれ手を置く。
そして頭上に佇む存在を見上げる。
「俺たちは絶対に負けるわけにはいかねぇんだよ、クソったれがぁ‼︎」
感情を昂らせたロッドは、そのままの勢いで宙に浮かぶバーベルドとウェルポネス目掛けて飛び上がる。
今この瞬間のみ、この場にいる全ての者の視線がロッドへと釘付けにさせられる。
ロッドの機械仕掛けの巨大な右腕は、ものすごい勢いで巨大化していく。
ロッドが宙に浮かぶバーベルドの下まで到達するその一瞬の間に、巨腕はコロシアム全体に影を落とすほどの大きさへと成長した。
満遍なく予備動作を経て放たれようとする巨大な一撃。
ロッドが後ろへと腕を引く度に鳴り続ける機械音がコロシアムを支配する。
「来やがれ。てめぇの攻撃食ってやるよ!」
バーベルドは満面の笑みを浮かべて大きく口を開く。
ロッドの魔法は無属性の『増強・増大』。
今回使用した魔法は、自らの細胞を増大させる魔法、筋肉を増強する魔法、触れたモノを巨大化させる魔法、右腕の耐久値を爆発的に増強する魔法を掛け合わせた。
更に、ロッドの失われた右腕を補助している機械仕掛けの右腕には、起爆作用が備え付けられている。そのため、更に起爆作用の増強までも行なった。
これら全ての魔法の行使をロッドは瞬間的に行った。
全てが似たような魔法に思えるかもしれないが、全て異なる魔法なのである。
発動すれば半径一キロは、絶命の被害を被ることになるだろう。
威力だけで見れば、ユーラシアの『竜王の咆哮』の方が比べるまでもなく勝るのだが、範囲のみで比較した際、ロッドのこれから放とうとしている攻撃規模は、咆哮を軽く凌ぐ。
ロッドは当然そのことを理解しているため、更に一つの魔法を重ね掛けする。
「方向増強魔法」。
この魔法は、攻撃の方向、更には範囲までも自由に設定できる優れ魔法。
『竜王の咆哮』で例えると、本来は前方へと扇形に広がる咆哮を、縦一直線に向けてレーザービームのように放てるようにすることが可能となる。そしてその場合、本来の範囲よりも縮小してしまったのなら、威力は寸分たりとも変化しないため、狭範囲内に本来の咆哮の威力が凝縮される。しかし反対に、本来よりも広範囲になってしまった場合は、威力がその分拡散されて放たれることになってしまう。
そして今回、ロッドは巨大化した起爆の方向をバーベルドとその横にいるウェルポネス向けて一直線に放つことを決意。
ロッドの爆発は魔法ではなく、化学的なもの。
しかし、その威力が絶大であることは、目の前のロッドの圧にあてられているバーベルドならば理解していないはずはない。それなのにバーベルドのニヤついた余裕の表情は崩れることなく、ロッドへと向けられたまま。
「スマッシュインパクト‼︎」
巨大な光線が弾丸の軌道のように素速く、そしてまっすぐと目の前の存在を捉えた。
ほぼゼロ距離で放たれた神にすら届き得る人間の王による一撃。
例え耐え切ったとして無事で済むはずがない。
今の一撃を目にしていた者たちは、その威力に希望の光を見出していた。
しかし——————
「ガブッガブッガブ———————」
「まさかこれほどとは、老いたなど言い訳にならんな。これほどまでの実力差———」
ロッドの右腕が萎んでゆくと同時に、何かに吸い取られるように消えていく爆発の光。
「足りねぇな」
そう発した途端、バーベルドは大きく口を開けてもの凄い勢いで大気を吸い込んでいく。
「何かに掴まれ!」
立っていることさえままならない強風がバーベルドを起点として発生する。
強風の正体は、バーベルドの吸引力。
コロシアムを形造る魔鉱石はおろか、開花した人間たちは次々とバーベルドの体内へと吸い込まれていく。
生きている者たちは何とか協力しながら凌いではいるが、時間の問題。
ミラエラやエルナスでさえ、まともに踏み出せない状況。
誰にも止められない。
これはただの強風などではなく、神の力が発生させる風と言っても過言ではない。つまり、この吸引力もまた、『ゴッドティアー』と同系統の攻撃だということ。
「フゥ」
風は止み、バーベルドはじっくりと生き残る人間の表情を観察する。
どいつもこいつも容易いほどに絶望している。
残りの市民や生徒たちをゴッドスレイヤーは必死に守ろうとしているが、そんなものは意味ないこと。
神人が少し本気になれば一瞬で命を奪うことができる。
「ったく、つまんねぇな。こんな簡単なら、開花させようがさせまいが関係なかったんじゃねぇか?」
不満そうに愚痴るバーベルドへ、ウェルポネスが呆れた様子で口を開く。
「はぁ、ほんとネメシスは分かってないな。この世界は最高神様の創造物。つまり、その中には人間も含まれるってこと。だからこそ滅ぼしてあげる時は最大の敬意を払って滅ぼしてあげないと」
「わあってるよ」
「楽しい気持ちは分からなくもないけどさぁ、アクエリアスが先陣を切るのは、儀式みたいなものなんだよ」
「だから分かってるって言ってんだろぉが、うっせんだよブス!」
バーベルドの発言に分かりやすく不機嫌な表情を見せるウェルポネス。
「女の子にそんなこと言ったらダメだよ!」
「あぁ?そりゃあ一体どいつのことだ?あいにく俺はてめぇのことを女の子なんざ思ったことはねぇんだよ」
ただただ無言でバーベルドを見つめるウェルポネス。
「な、何だよ」
「・・・・・」
「何だよ——————ッ⁉︎」
次の瞬間、ウェルポネスの片目からきらりとした雫が落ちる。
「はっ?おいおい、泣くとかありえねぇだろ——————おい、マジ勘弁してくれよぉ」
果たしてこの涙は嘘か本当か。それはウェルポネスにしか分からない。
バーベルドは徐々に焦り始め、そして折れた。
「おいおい、悪かったよ。だから泣くんじゃねぇ、目障りなんだよ——————あーもう、悪かった、悪かったよ。こんなとこで泣くんじゃねぇよ」
「私も女の子なんだからね」
「あー分かったよ。で、さっきからアクエリアスの姿が見えねぇのはどういうこった?」
「ネメシスがどこにいるか聞いてきてくれる?——————人間たちに」
「あ?」
ウェルポネスを泣かせてしまった手前、断りずらい空気感が漂う。
「チッ、わあったよ」
バーベルドが地上へと降り立った。