117話 神攻の始まり
『神花』
それは、ウェルポネス。神名『フローラ』が授かった神の力の名称である。
絆を意味する真っ赤な色の花であり、宿主に寄生させることによりその力を発揮する。
宿主の抱く感情・欲望によって開花の様子は変化する。
例えば、怒りの感情は花の具現化。嫉妬は心の従属など。
花から舞う花粉を吸い込むことで神花に侵食されていき、欲望が一定以上の度を超えた時、開花する。そして、花粉を吸い込む度に寄生前の花は姿を消していく仕組みとなっている。
また、神花はユキとフローラが使用していたように連絡手段としても使用可能である。それは、異なる次元間においても機能するためかなりの優れものであるが、一度使えば枯れてしまう。
時は遡り七月三十一日の放課後。
シュットゥは三者面談終わりにユーラシアとすれ違った直後、ユキ・ヒイラギと接触する。
力をあげることを仄めかし、真の目的は、ユーラシアへと怒りの欲望を燃やすシュットゥへ神花を植えるため。
この時ウェルポネスは、ユキから目的の詳細の一切を聞かされてはいなかった。
ただ「———時が来れば分かる」と伝えられていただけ。
ユキはウェルポネスから神花を一本だけ譲り受けると、己の計画のためシュットゥへと神花を植えた。
九月五日。
この日食堂でユキがシュットゥへと接触したのは、神花の定着具合を観察するため。
状態は良好。
しかしユキは、ユーラシアへと向けられるシュットゥの自己中な怒りを更に増大させる。全ては、侵攻のその時に役に立ってもらうために。開花が早すぎても遅すぎても植えた意味がないのだから。
そして迎えた魔導祭本番五日目。
シュットゥに植えた神花が開花したのだ。
既に開会され五日目を迎えた日に開花するとはユキとて知りはしなかったが、期間中に開花してくれれば、それは全て計画通りと言うもの。
これより、侵攻を開始する。
ユキは立ち上がると、堂々とユーラシアのいる武舞台へと降りる。
「その顔、どうやらわらわの正体には気がついておるようじゃな」
ユーラシアから向けられる視線は、最早今までの温厚なものとは程遠い。
警戒心に埋もれさせ、悲しさや怒りなどの様々な感情を抱いている。
そしてユキは開花し、人の姿を脱ぎ去った客席のシュットゥへと視線を向ける。
「あー、あやつはシュットゥ・オーンコールじゃ。神花は詳しくないのでな、あの状態では死んでいるのかそうでないのかの判断がつかぬ」
「な、なんてことをするんだよ!」
「其方を殺したいほど憎んでいた男のために、其方は怒るのか?甚だ理解できぬよな」
「シュットゥくんがボクを憎んでた?」
その瞬間、ユーラシアの脳内で三者面談の日にすれ違った時向けられたシュットゥからの殺意を思い出す。
「知らなかったと?フッ、相当其方にご執心のようじゃったからわらわが力を授けてやったまでよ。わらわの駒になるという権利の力をな。全くもって哀れな奴よ。本気で強くなれると思い込み自ら望んで駒になるとは、まさしく傑作であったわ」
ユーラシアはこうしてユキと対する前までユキのことも救ってあげたいと思っていた。そう思うことで怒りをセーブしていた。しかし、今ではユキに対する怒りの感情がほとんど己の心を埋め尽くしている。
シュットゥが神花を渡された日がユーラシアとすれ違った直後だということは、ユーラシアは知る由もない。けれどユーラシアは、何でもいいからシュットゥに声をかけていれば、もっと寄り添っていれば、シュットゥをあんな目に合わせずに済んだのではないかと自身を責め立てる。
「その目、敵対心を抱いている様子だが、どうするつもりじゃ?アート・バートリーは宣言通りお主を説得してくれたのかどうか・・・・・?」
ユキは客席にいるアートの方へと一度視線を向ける。
シュットゥの開花を起点として次々と同じように開花していく会場の人々。
それは、ゴッドスレイヤー以外の者たちは、男女、そして生徒や一般客関係なく花へと姿を変えていく。
まるでフライパンの上で踊るポップコーンのように悲鳴が弾けて開花する。
常に警戒を怠らずに神経を張り巡らせていたゴッドスレイヤーたちは、予想外の事態に上手く連携が取れない始末。当然会場は一瞬にして荒れに荒れている。
そんな中、やはりアートだけは涼しい表情でコロシアムから尻を離さずにいる。
「全く気に食わぬ奴よ。ユーラシア・スレイロットよ。其方に問う——————これよりわらわたち神人は、人類を滅ぼす。其方には、一観客として手出し無用を願いたいのだが、どうだろう?」
ユキはユーラシアの知る優しいいつもの笑みを浮かべて見せる。
「何を、言ってるんだ・・・・・ボクに君たちが人を殺すのを黙って見ていろって言うのか?」
「これは最高神様の願いでもある。聞き入れてくれるならば、其方と、特別に其方の大切な者たちの命だけは保証しよう」
この言葉は嘘である。
ユーラシア以外の者たちは、誰であろうとも滅ぼすつもり。
「君を救おうと思ったボクが馬鹿だったよ」
「わらわを救う?フッ、今初めて心から其方に笑わさられたぞ」
「全てを守りたいなんて言わないよ。だけど、今のボクには、多くの守りたい人たちがいる。そして、その人たちにも大切な人たちはいるんだ。ボクの大切な人たちは絶対に奪わせない。君と戦うよ!ユキ!」
「よい顔になったではないか」
ユーラシアは今まで以上に速く、剣化の呼吸を使用した鋭い蹴りをユキへと放つ。
しかし、ユキは難なく躱す。
「竜王の魔力がなければヒヨコと変わらぬ。それに、人質を取られるこの状況下で全力など出せまい」
「さて、それはどうだろうな」
ユキは素早く背後に身体を向けると、いつの間にか背後へ回り込んでいたエルナスから大量の魔法人形たちが放たれる。
「ふざけておるのか?そんな子供騙し」
しかし右手の死角に潜むミラエラの存在は決して見逃さない。
この場で最も警戒すべきは魔力も解放していないユーラシアでも、ゴッドスレイヤーの誰でもなく、ミラエラ・リンカートン。
フローラとネメシスが現れるまでユキ一人に攻撃は集中する。
であるならば、最もダメージを負わされそうなミラエラを危険視するのは至極当然。
「其方も見えておるぞ!」
「ええ、始めから隠れているつもりなんてないもの」
ミラエラは何をするでもなく、ただ一瞬視線を横へとスライドさせる。
ユキもつられてミラエラの視線の先に視線を向けると、次の一手へと移っていたユーラシアの拳が目と鼻の先にまで迫っていた。
しかし、それすらも危なげなく、むしろ軽い笑みを浮かべて回避する。
「『断罪の雨』を打ち消された時は正直焦ったが、竜王の魔力がなければ期待外れもいいところよ」
「フッ」
突如笑みをこぼすミラエラ。
ユキはそれすらも見逃さず、すかさず視線を向ける。
「何がおかしい?」
「いいえ」
再びミラエラの視線が動く。
しかし、今度は視線の先には何もない。
「あら?フェイクよ、それ」
直後、四方向に張られた分厚い氷の壁がユキの周囲へと出現する。
「何を?」
頭上から聞こえる風を切る音。
そして天へと視線を向けると同時に視線は、背中に走った衝撃と共に下へと向けさせられた。
「何ッ⁉︎」
周囲の氷は勢いよく砕け散り、自身の背後へと視線を向けると、一体のペガサスが両足を重ねた状態でユキの背中へと乗せていた。
「ペガサスだと?」
「エルピス、離れて!」
ミラエラにより魔力の込められた球体結界は、ミラエラの足元に記された転移魔法陣を通して、エルピスの足に装着した武具に記された転移魔法陣へと即座に転移させられ、ユキへと触れた。
これにより、球体結界はユキを捕える檻と化す。
「何じゃ、これは⁉︎」
「さて、貴方にはしばらくの間そこで大人しくしていてもらうわ。それじゃあ、おやすみなさい」
ミラエラの見せた勝ち誇った笑みがまたしてもユキの復讐心を駆り立てるのだった。