116話 魔導祭五日目 マリック vs ユーラシア
魔導祭五日目。
本日は予選を突破した計二十八名によるトーナメント戦が十四試合行われる。そうして勝ち抜いた十四名が明日のトーナメント戦出場者となるわけだ。
いよいよ落とされる魔導祭の大本命とも言える闘いの火蓋。
その先陣を切るのは、ユーラシアとマリック。
トーナメント戦初戦第一試合の組み合わせは、魔戦科六年Sクラス マリック・オルカー vs 魔戦科一年Sクラス ユーラシア・スレイロット。
客観的に見ればあまりに理不尽な組み合わせ。
片や学園の代表として『エルフの都』遠征組に選ばれたトップクラスのエリートと、片や今年入学したばかりの一年生。
しかし、ユーラシアが学園創設以来初の一年生からの魔導祭出場者である事実は生徒たちだけでなく、その他観客たちも知っている。更に、ユーラシアが世界樹の宿主であるという噂も東側領土へ流れ始めているため、この場にいる多くの者たちがこの一戦に期待に胸を高鳴らせている。
誰一人としてユーラシアを不安がる者の姿はない。目立つのは、ユーラシアの敗北を願う嫉妬に狂う者たちの姿。
そして各々が異なる興味を向ける大注目の一戦が今始まる。
トーナメント戦からは、審判役が一人武舞台上に設けられる仕組みとなっており、試合開始の合図が出される。
「思てたより早かたね。あの時は本気じゃなかたけど、今日は手加減しないよ」
「それはボクも同じです。関係のないボクが他の家族の事情に口を出すことはもうしません。だけど、ミューラさんはボクの大切な友達の一人です。友達を悪く言われたことの怒りは、しっかりとぶつけさせてもらいます!」
「フッ、妹のことをどう言おうが、僕の勝手ね」
「なら、怒るのもボクの勝手ですよね」
先に仕掛けたのはユーラシア。
素早くマリックとの距離を詰めつつ、高速に動かす両腕から空間に歪みを生じさせる鋭い何かが無数に飛び出してマリックを襲う。
「クッ⁉︎」
マリックは自身の体を柔軟に動かし歪みを躱すが、四肢にいくつかの切り傷が生じてしまう。
傷跡は、まるで刃物でつけられたよう。
空間に生じた歪みの正体——————それは、魔力の斬撃である。
剣化の呼吸の効果の一つである体内の細胞に魔力を纏わせた状態で、素早く腕を振ることで生じる魔力の斬撃。
ユーラシアは、ダンジョン試験以降常に欠かさず呼吸法を行ってきたため、試験の時とは比べものにならないほどの精度で剣化の呼吸を扱うことができるようになっていた。
今では擬似魔力樹の些細な魔力すら体内でコントロールできるまでに成長し、『竜王完全体』の力のコントロールも徐々に上手くなり、手加減して扱えるまでに成長している。
ユーラシアはマリックの懐へと潜り込むと、素早く剣化の呼吸を解くことで全身に宿る刃のような鋭さを解除し、純粋な力技でマリックのみぞおちへと優しく拳を繰り出した。
マリックの体はたまらず舞台外へと勢いよく吹き飛ばされ、衝撃による砂煙が立ち込める。
「ハァハァハァハァ・・・・・全く、気に食わないよ。これで一年?笑わせるね。デカすぎる壁に直面した気分よ」
砂煙の一点、綺麗な青が輝き始める。
「出し惜しみはしない。僕の全てを持って、君を倒すよ」
煙が消えて現れたのは、灰色の髪が逆立った状態で青く変色したマリック。更に、全身に髪色と同じ透き通る青いオーラを纏っている。
トーナメント戦では、相手が降参を認めるか気絶するかが勝利の条件となり、場外はセーフ。
「それじゃ行くよ!」
マリックのいた地点に爆発が生じると同時に爆風により会場内に冷気が流れる。
再び拳を交えるユーラシアとマリック。
その度に生じる爆発と冷気。
爆発が生じた箇所は、次々とその爆炎が凍結されて鋭い氷の山が生じていく。
季節は秋。まだまだ暖かい時期ではあるが、コロシアム内だけは、まるで真冬のような寒さとなっていた。
「どして当たらないか?」
「この先どんなにボクに攻撃したとしても、攻撃はボクに当たることはありませんよ」
例えユーラシアに爆発が直撃したとしても、魔法無効の効果によりダメージは通らない。
しかし、凍結よる冷たさはしっかりと肌を通してユーラシアの体を冷やしていく。現に、寒さによりユーラシアの動きのキレが若干鈍りつつある。
「君が素速いことはわかたよ。だけど、逃げ切れないほどの爆発なら話は違うね」
そう言うと、マリックの髪色は青から赤へと変化し、纏うオーラの色も赤色に変わる。
マリック・オルカーの魔法属性は「炎」。扱う魔法は『爆破魔法』。
誕生してから十六年。魔力樹に実った魔法はたったの二つ。
一つ目が冷たい炎を纏うことで発動する凍結の爆破魔法。これは、髪を青色へと変色させ、纏うオーラに触れたモノを爆破し凍結する魔法。
二つ目が灼熱の炎を纏う爆破魔法。これは、髪を赤へと変色させ、纏うオーラに触れたモノを単純に炎を生じさせて爆破させる魔法。
マリックは己を熱く、纏うオーラを増大させていく。
そして舞台へと両手をつけた瞬間、武舞台全てを包み込むほどの爆発が生じた。
散々冷却された空気は、一度の爆破で化学反応を起こし、大爆発を生じさせる。その影響で舞台を構成していた魔鉱石は粉々に砕かれた状態で宙を舞う。
「さぁ、耐え切れるか?」
爆破の中心、赤と青の輝きが交差して光り輝く。
そうして生じるいくつもの細長い黄金の輝き。
その正体は、電気。
マリックの才能は、冷たいオーラと灼熱のオーラを上手く調節することにより、電気を発生させることに成功したのだ。
それにより、マリックの周囲に飛散する武舞台の破片から破片へとエネルギーが派生し、次第に電気爆破を生じさせる。
客席はエルナスとミラエラの結界により保護されている上、万が一の被害があっても多くのゴッドスレイヤーたちが待機しているため、安全面に問題はない。
学生の立場でこれほどの強力な魔法を放てる存在は、ラウロラとアイリスくらいなものだろう。
現ゴッドスレイヤーたちと比べても、そのポテンシャルは見劣りしない。
それ故に、誰しもがマリックの勝利を確信していた。
しかし、爆破の煙が止み、舞台に立っていた存在は、服はボロボロでありながらも熱き瞳を宿す少年———————ユーラシア・スレイロットだった。
爆破による衝撃からはどうあっても逃れることはできなかったものの、爆破による直接的な攻撃は、『竜眼』を持ってして全て回避することに成功していた。
そして、マリックに気づかれずに再度懐へと潜り込んだユーラシアの渾身の一撃により、マリックは地に伏す結果となったのだった。
しばらくの間、会場は驚愕のあまり静寂に包まれる。
そして生じる拍手喝采。
この一戦は、間違いなく皆の記憶に残るものとなっただろう。
良い意味でも、悪い意味でも。
——————
拍手が止んだ・・・・・その時だった。
突如客席からの悲鳴が会場中に響き渡る。
そこには、人間三、四人分程度の大きさの真っ赤な花が咲いていた。
コロシアムに添えられた巨大な一輪の花。
——————神花が開花したのだ。
——————開花が開戦の合図となる。