115話 シュットゥ・オーンコールの怒り
初めから気に食わない奴だったさ。
まぐれでSクラスへと昇格した分際で、周りの奴らはやけにヤツのことを評価する。
僕には理解できなかった。なぜ魔力もほとんど持たないような奴が魔戦科のトップであるSクラスに選ばれたのか。
気に入らなかった——————ユーラシア・スレイロットのことが。
だけど、バベル試練やダンジョン試験を重ねていく内に見えてくるのは、自分自身の不甲斐なさとヤツとの歴然と開いていく差。
恵まれた環境で育ち、才能にも恵まれ、何不自由なく生きていた僕は、常に自分が世界の中心になるべきだと思い込んでいた。言うなれば、主役の内の一人になるべくして生まれて来た存在なのだと勝手気ままに妄想していたことが恥ずかしくなっていった。
いつしか僕の中に初めて芽生えた名も知らなかった「嫉妬」という名の感情は、次第にヤツへと向けられる怒りへと変わっていく。
悪夢や吐き気に襲われるほどの無力感、屈辱を味わったのは生まれて初めての経験だった。
どうして優秀なはずの僕がこんな辛い目に遭わなきゃいけない?
どうして落ちこぼれのはずのユーラシアは、自信なさげにいつも僕の先を行く?
落ちこぼれはお前の方だろ?ユーラシア・スレイロット‼︎
そしてあの日、三者面談で上級クラスへの降格が言い渡された日。
僕は、悔しさ、情けなさ、屈辱感、嫉妬心、無力感。ありとあらゆる負の感情が全てユーラシアへの怒りへと変換され、ありったけの殺意を込めた視線をヤツへと向けたんだ。
けど僕が、僕自身を負け犬にさせてしまった。
あの時、ユーラシアと目線が合った瞬間、反射的にヤツの方が格上だと判断し、目線を逸らしてしまったんだ。
それが僕を余計惨めにさせた。
そんな時だった。目の前へと赤い一本の糸が垂らされたのは——————
「力が欲しい?」
目の前に現れたのは、真っ赤な花を片手に持つユキ・ヒイラギという生徒だった。
髪色以外はあまり特徴がない生徒。すぐに誰なのかは気づかなかったが、彼女は僕の最も欲する言葉を投げかけて来た。
もう偶然だろうが、奇遇だろうがこの際何でも構うはずがない。
僕は得体の知れないその力に縋ることにした。
その花は『神花』と言うらしく、匂いを定期的に嗅いでいれば、花の花粉が体内の魔力を強化してくれるとのこと。
だから僕は毎日毎日狂ったように花の香りを嗅ぎまくった。
香りなんてほとんどしなかったが、関係ない。僕自身が満足いくまでとことん嗅ぎまくった。
だからだろうか、僕の中に妙な自信が生まれるようになっていった。
そして知る。ユキ・ヒイラギも、ユーラシアに屈辱的な思いをさせられた犠牲者の一人だということを。
きっと他にも同じような思いをさせられた者は何人もいるはずだ。
僕の、いや、僕たちの心を弄んだアイツを絶対に許さない!
そうだ・・・・・次は僕たちがユーラシアに屈辱を味合わせる番だ。
僕の名前はシュットゥ・オーンコール。僕はユーラシア・スレイロットだけは絶対に認めない!
勇者の息子?
世界樹の宿主?
一年生での魔導祭出場?
確かに才能があるのは認めるよ。だけど、もう加速した嫉妬心は止められないんだ。
僕に認めて欲しかったなら、始めから優秀な存在として僕の前に現れればよかっただけのこと。
魔導祭五日目。
僕の怒りは絶えずユーラシアへと向けられ続けている。やはり怒りという感情は、最もその者の力を引き出せる感情だ。
僕はこの魔導祭、七日目までなんとか絶え抜き、絶え抜き、絶え抜いたところで、いい顔しているヤツの顔をぐしゃぐしゃに歪ませてやろうと思っている。
想像するだけでワクワクするよ。
けど今は嫉妬による怒りの感情以外は何もいらない。
僕は自身の怒りの感情を漏れなく力の糧とする。
そして何の前触れもなく、文字通り怒りの感情が己の糧となる感覚に襲われる。
突如体が二つに裂ける激痛に襲われたかと思うと、徐々に遠のく意識。
そして視界が一回転したかと思うと、視界は真っ暗な闇に覆われ、僕の意識はそこで途絶えた。
途絶える瞬間、確かに見えた。
こちらを見るユキ・ヒイラギの薄らと浮かべるキミの悪い笑み。
君は僕に、力をくれると言ったよね——————プツ。