109話 シェティーネとユキ、二人の友情
魔導祭前日の九月三十一日。
魔導列車・コロシアムの準備は終了し、本日は全校生徒が休暇日となっており、魔導祭に出場する生徒たちは今日も今日とて訓練に励んでいた。
校内の景色はいつもと変わらないが、皆明日から始まる魔導祭に胸高鳴らせている様子。
誰を応援するか。
誰が優勝するのかなどを楽しそうに話し合う生徒の姿もあれば、出場生徒の中には、あまりの緊張で食事が喉を通らない者もいる。
当然、五、六年生は普段と変わらぬ様子で食事を口へと運んでいるが、待ち遠しさを感じているのは皆同じ。
そんなこんなで明日から始まる魔導祭に向けたムード作りがされている中、ひと足先に夕食を終えた二人の生徒の姿が中庭にはあった。
まだほとんどの者たちが食事中なため、薄暗い闇に包まれた広々とした中庭にはユキとシェティーネの二人だけしかいない。
「いよいよ明日からだね」
「そうね。自分が出場するわけでもないのに、どうにも緊張してしまうわね」
「私も。シェティーネさんは、スレイロットくんを応援するの?」
「ええ。彼以外に優勝してほしい人なんていないもの」
「フフ」
楽しそうに笑みをこぼしたユキに対して、シェティーネは不思議そうに視線を向ける。
「何かおかしなことを言ったかしら?」
「ううん。そんなんじゃないよ。ただ、シェティーネさんって、本当にスレイロットくんのことが好きなんだなって」
突如、シェティーネは顔を赤らめ、小さく息を漏らす。
「えっ⁉︎」
「気づいてるよ。だって、シェティーネさんは私のお友達ですから」
この言葉は、間違いなくユキの本性である。
しかし、だからといって命を奪わない理由にはなり得ない。
「貴方の言う通り、私はユーラシアくんのことが好きよ。認めるわ。だけど、貴方のことも友達として好きなのよ」
シェティーネは悲しさを含ませた笑みをユキへと向ける。
「ねぇ、ユキ。これからする私の質問に、嘘はつかないで答えてくれる?」
「うん。いいよ」
シェティーネは、これからする質問を、今自身の中にある考えが全て自分の勘違いであるようにと祈りながら言葉を口にする。
「ユキ。貴方は、私たちの味方よね?」
シェティーネは、ユキを背にしているためユキの顔は見えない。いや、見られないと言った方がいいだろう。
後ろを振り向く勇気までは出せない。
今、ユキはどんな顔をして自分の言葉を受け止めているのか考えたら、怖くて仕方ない。
ユキが言葉を発するまでの数秒が何分にも何時間にも感じてしまうほどに長い。
「私は——————」
そうユキが切り出したタイミングで、シェティーネの鼓膜に自身の鼓動が大きく響く。
「私は・・・・・って、どうしてそんなことを聞くの?」
「えっ———どうしてって・・・・・」
「もしかして、私の正体に気づいちゃった?」
いつもと何やら様子が異なるユキ。
動揺するどころか、むしろ楽しそうに言葉を発する。
いや、それよりも——————
「しょ、正体って?」
シェティーネは本当は分かっていた。
そして、今も尚ユキのことを信じたいと思ってしまっている。
しかし現実は残酷で——————
「あーあ、シェティーネさんにもバレちゃってたんだね。ただのバカな女だと思ってたのは謝るよ」
ユーラシアですらミラエラたちから話を聞いてユキの正体に辿り着いたのにも関わらず、シェティーネは自力で解答に辿り着いた。
先ほどと何らテンションは変わらずに話すユキだが、口から出る言葉は最早先ほどのユキとは別物。
「うそ」
「嘘じゃないよ」
「うそよ・・・・・始めから騙していたの?」
「そうだよ。もう隠してても意味ないから言うけどね、私はシェティーネさんが生まれるずっと前から存在する神人なの。生まれた時からこの姿だったから、ちょくちょく人間に混じって人間を観察しているんだ」
全ては人類を滅ぼすために。
ユキは最高神によって力を与えられ、神放暦へと突入してからというもの、ちょくちょく人間に混じって人間の観察をするようになった。
そして、神器を創造するなど、徐々に力を蓄えてゆき、絶対的な力を手にした十年前、『断罪の雨』を降らせた。
「もう分かってるとは思うけど、バベル試練でコキュートスを生み出したのは私。オルタコアスに雨を降らせたのも私。そして、もうすぐ貴方たちを殺すのも私」
シェティーネはただ愕然と、心が締め付けられていくのを感じていた。
気づいてはいた。けれど、ここまで堂々と曝け出されてしまうと、何一つ言葉を返すことができなくなってしまう。
「私が何でペラペラと白状するのか分からない?それはね、もう遅いから。先生たちに言う?でも言ったところで意味なんかないよ。みんなをただ不安にさせるだけだし、魔導祭はもう明日だからね」
「まさか、貴方⁉︎」
「だからもう遅いって言ったでしょ?それに、大人たちは色々策を考えてるだろうけど、それはこっちも同じことだよ。私たちは人類をなめてなんかない。そう、なめてなんかないんだよ。だから余計に貴方たち人類が生き残れる可能性はなくなっちゃったね」
神側にはかつて絶対的な力から来る驕りがあった。だからこそ、アトラとメイシアに不意を突かれてしまったわけだが、今回は抜け目なく作戦を組み立てている。
そのため、神側を倒すことだけでなく、仲間をも守らねばならない人類に勝てる可能性など微塵も残されてはいないのだ。
ユキたちはミラエラの持つ球体結界の存在は当然知らないが、滅ぼすことのみに重きを置いた神人たちは、例え仲間を失おうとも目的を果たそうとする。
そんな敵を前にして、人類はどう抗えると言えようか。
「——————それが貴方の本性なのね」
「うん。どう?いつもと変わらない感じで話せてたかな?」
「何を・・・・・言っているの?」
シェティーネはユキの言っている意味がさっぱり理解できなかった。
「——————よいか?これが本来のわらわだ——————だけど、シェティーネさんのクラスメイトとしての私で話したのは、友達としての最後の優しさだよ」
そう言ってユキはシェティーネへと背を向けて、校舎へと戻って行った。
「私は、貴方の友達にはなれなかったのね」
シェティーネは、押し寄せる悲しみを堪えて、今の自分に出来ることを全力で考えるのだった。