107話 これはあくまでも、可能性の話
九月二十五日。
時刻は朝六時。
ユーラシアは朝早く、魔戦科六年Sクラスの寮へと訪れていた。
「誰かと思ったらスレイロットくんか。早起きだねぇ〜。こんな朝早くからどうしたの?」
寮の壁をノックすると、まだ眠たそうなラウロラが姿を見せる。
「アストレウス先輩にお話があって・・・・・」
「アイリスちゃんに?」
「どうかしたの?」
すると、既に化粧と髪型のセットを含めた朝の準備を全て終えたアイリスが姿を見せる。
「アイリスちゃんに話したいことがあるらしいよ」
アイリスは、ユーラシアの真剣な眼差しを受け、九月六日『ウィザードファミリア』でした約束のことを思い出す。
「オッケイ。後のことはアタシに任せていいわよ。ユーラシアちゃんも、一先ず中に入ってちょうだい」
ユーラシアは言われるがまま、寮内へとお邪魔する。
内装は、広さ含めて一年Sクラスの寮とそこまで差がないように見える。
「やっぱりゆっくり話せる場所と言ったらあそこしかないわね」
そう言うと、アイリスはいつの間にか白灯を片手に持っており、炎を暖炉へと灯す。
「え⁉︎アイリスちゃんそれどこで買ったの?」
「普通にウィザードファミリアで売ってたわよ。一応買う時声をかけたのだけど、ラウロラったらそれどころじゃなかったみたいだし」
アイリスが白灯を購入してる際、ラウロラはウィザードファミリアの景色に興味を全て持っていかれてしまっていたため、呼びかけるアイリスとユーラシアの声に気が付かないでいた。そのため、ラウロラのみが白灯を買えずじまいというわけだ。
「ずるいよー」
「まぁまぁ、今度連れて行ってあげるから、今日は大人しく待っていてちょうだい」
そう言ってアイリスとユーラシアは、二人のみでウィザードファミリアへと消えて行った。
ユーラシアとアイリスはウィザードファミリアへ着くと、青色の景色へと舞い上がり、再びエルピスのいる砂漠地帯へとやって来た。
「よしよーし」
ユーラシアたちが姿を見せるや否やすぐさま飛んできたエルピスの頭を、ユーラシアは優しく撫でる。
「ユーラシアちゃん。覚悟はできたってことでいいわね?」
「はい」
「それなら、少しだけ貴方のペガサスの背中を借りながら話をしてもいいかしら?」
「そうですね。その方がボクも落ち着いて話を聞けると思います」
そうしてユーラシアとアイリスは、エルピスの背中へと跨り、夜空をゆっくりと駆けながら話を始める。
「以前話していなかったことが一つあるの。パートナー契約は、お互い同意の上なら解除することは可能よ。けれど、解除する際には契約を結んだ時と同じく、お互いの血を解除したい意思の元、交わらせる必要があるわ。だからあの時、もしもラウロラの見間違いじゃなかったのだとしたら、考えられる可能性は一つしかないわ。けれど忘れないで、これから話すことはあくまでも仮定の話であって、事例があるとかは聞いたことがないわ」
「分かりました」
ユーラシアはひたすらに目線を前へとむけながらアイリスの話を聞く。
アイリスは、例えユーラシアの顔が見えなくとも、以前とは異なり、この話を聞くことに対する迷いが消えていることを理解していた。
「契約が一方的に解除されるのは、どちらかが死を迎えた時、つまりは魂が死のモノとなった時」
魔法の中には、魂に干渉可能なモノが存在する。
例えば、剣聖村に暮らす剣魔たちは、肉体が死しても、刻まれた魔法陣のおかげで何度でも同じ個体として蘇る事ができる。それは、ダンジョンの壁が剣魔たちの魂と術式を内部に留まらせているからに他ならない。魔法陣の魔法の干渉範囲内に魂と術式が彷徨っている状態である限り、何度でも同じ個体として蘇ることができる。
しかし、肉体が死した際、魂を留まらせておく結界などがなければ、魂はすぐさま干渉不可能な死のモノへと変化して現世を彷徨うこととなる。いわゆる成仏ができていない状態である。こうなってしまえば、何人たりともその魂への干渉は不可能となるわけだ。
「けれど今回は、死んだと思っていたはずの人間との契約がまだ継続していたことになる。そして、その上でこの子が意図的に継続されていた契約を解除したのだとしたら、考えられる可能性は——————」
ユーラシアは荒くなりつつある鼓動を落ち着かせ、ゴクリッと息を呑む。
「フェンメルさんの魂が、生のモノだった場合」
「ごめんない。ボクにはあまりよく分からなくて・・・・・それはつまり、やっぱりフェンメルさんは生きてるってことなんですか?」
「うーん、生きているのとは違うかもしれないわね。アタシも聞いたことがある程度だからよくは知らないんだけどね、血管に生じた回路図は、魂にまでその絆が続いているらしいの。要するに、肉体がなくなれば血管に張り巡らされた複雑な回路図は失われるわけよ。そうなると、魂と魂に繋がれた目には見えない絆のみが存在していることにならないかしら?」
「確かに・・・・・そうですね」
「アタシが思うに、生きている状態でどちらかが一方的に契約を解除できない理由は、血管に存在する回路図が原因だと思うのよ」
「そ、そ、それって、フェンメルさんの魂は、今もどこかで生きているってことですよね!」
「ほら、危ないわよ!」
慌てた様子でユーラシアが後ろにいるアイリスへと視線を向けた途端、エルピスが小さな鳴き声を上げて態勢が崩れる。
「慌てる気持ちは分かるけど、落ち着きなさい。正確には、生きているじゃなくて、生のモノの状態だってことになるわね」
「だけど、フェンメルさんが亡くなったのはバベルです。そのバベルは今ではもうなくなってる・・・・・」
アイリスの仮定が正しかったとして、問題となるのはフェンメルの魂は一体今はどこにあるのかということ。
バベル周辺に魂を留まらせておく結界など張ってはいなかったし、到底今尚フェンメルの魂が生のモノであるコトなど到底信じ難い。
けれど、だとしたらラウロラが見たというエルピスの回路図の正体は何だったのか?本当にラウロラの見間違いだったのか?
「ともかく今は、目先のことだけに集中すべきよ」
今日は九月二十五日。魔導祭まで一週間をきっている。
「一年生で出られるなんて、ユーラシアちゃん、貴方は特別なのよ。悔しい想いをしている人はたくさんいるはず。全てを上手くやれなんて言わないわ。けれど、胸を張ってみんなの前に立てる自分になりなさい。初めて貴方がペガサスに乗る姿を見た時は、とてもカッコよかったわよ」
アイリスは、そう言ってユーラシアの肩に優しく手を置いた。
ユーラシアは、より一層フェンメルとのウィザードファミリアでの思い出を鮮明に思い出す。
そして、フェンメルの魂は今もどこかで生のモノであることを信じ、間もなく迎える魔導祭へと意識を切り替えるのだった。