106話 魔導祭準備(コロシアム)
時は少しだけ遡り九月二十日の正午。
魔導祭まで残り十日ほどとなったため、授業は全て正午までに終了し、昼食を挟んだ生徒たちは、各々魔導祭に向けた準備に励むこととなる。
コロシアムの主な準備内容
『コロシアムの強度調節』
・コロシアムの本体となる遺跡のような建物は、巨大な円柱の中央を逆さのプリン型にくり抜いたような造りとなっており、素材となるのは、剣や刀の素材にもなる魔鉱石である。外側は透明感があり、中は茶色く濁った見た目の魔鉱石は、込められている魔力もそこまでは多くはないため、比較的地上でも多く見られる魔鉱石なのである。つまり、魔鉱石の中では脆い部類であるため、結界や防護魔法などでプロテクトをかける作業が必要となるのだ。
『スコーヴィジョンの設置』
・これは、会場の至る所に設置されている。
最も大切なのは、出場生徒一人一人の活躍を余すことなく観客へと伝えること。そのため、魔導レース天と水に関しては、専門的な訓練を施した鳥や魚にスコーヴィジョンを背負わせ撮影を行っていく。
『舞台整備』
・魔導レース用の空路の整備に、水路の整備。地に関しては、コロシアムの地下に特設された一面 百×百=一万平方メートルの異次元立方キューブが用意されており、中は見た目の四、五倍の広さとなっている。そこには、未知のジャングルが広がっており、一時的にレプラコーンの棲家と化している。
また、異次元立方キューブは、二日目以降の予選のバトルロイヤルでも異なるモノを使用する予定である。
最後に武舞台の設置が主な準備内容となる。
コロシアムの準備も既に最終段階へと突入しており、残す作業はスコーヴィジョンの設置のみとなっている。
地のレースの舞台となる立方キューブ内には、何名かの生徒に混じり意外にも真面目に働くアートとユキの姿があった。
「バートリーくん、レプラコーンとの接触はダメって先輩たちに言われてたよ」
アートは既に配られていたスコーヴィジョンを設置し終えたらしく、余した時間を使ってレプラコーンをいじめていた。
いじめていたと言う言い方は語弊がある。正確には、棲家へと侵入してきた人間に見つからないよう姿を変えてジャングル内へと潜んでいたレプラコーンを、容易く次々と捕まえ遊んでいるのだ。
アートの特殊な威圧感に晒されたせいか、見つかったレプラコーンは一箇所に固まり、体をぶるぶると震わせてアートのことを見ている。
「随分と真面目なことを言うものだ」
「下手に刺激して魔導祭に影響したら、大変だと思うから」
そう言ってユキは、怯えるレプラコーンにそっと近づき、何体かを優しく抱き抱えて、アートから離れた場所へと帰してあげる。
「もうすぐ人類を恐怖のどん底に貶めようとしている奴のセリフとは到底思えんな」
ユキはアートのセリフに対して優しく笑みを浮かべる。
ユキの目的は魔導祭の日に侵攻を開始すること。そしてそのことを人間たちが知っていることは大方予想済み。敢えて悟らせることによって、一網打尽にしようと言う寸法なのだ。
だからこそ、アートの発言にも冷静に対応できる。
「何のこと?今はバートリーくんのクラスメイトでしかないよ」
ユキは遠回しに、アートの挑発など受けないという意思表示をする。
そしてそれは、アートには十分伝わっていた。
「俺としては、ユーラシアにさえ手を出さなければ、お前たちの侵攻など知ったことではないのだがな」
「うん、そうだね」
まだ周囲には何名かの生徒がいるため、二人の会話は聞こえてはいないだろうが、念のため、ユキは猫を被り続ける。
「ユーラシアに手を出さないと誓うのなら、今ここで暴れても構わない。お前の力があれば人間を壊すことなど造作もないことだろう」
「先ほどからごちゃごちゃとうるさくて敵わぬわ」
スコーヴィジョンが作動している様子もなし、魔力の気配も一切しないため、ユキは普段通りの口調へと戻る。
「心配せずともそちらから攻撃してこぬ限り、わらわたちもユーラシア・スレイロットへ攻撃を仕掛けるつもりなどない。それが最高神様との約束であるからな。なんなら、其方があやつを説得してくれれば、わらわにとっても助かるのだがな」
ユキはどこか不貞腐れたような様子でそう口にする。
「それに、今ここで其方の挑発に乗り、侵攻を開始してもメリットがない。オルタコアスで消費した力は、予想通り大きい上、例え万全であったとしても人間の底力を侮ってはいけないことをわらわはよく知っておる」
「ふむ。それは中々によい話を聞いたな。そういうことなら、俺の方でユーラシアを説得しておいてやるとしよう」
ユキはいやらしい笑みを浮かべた後、アートを警戒するように目を細める。
「やはり其方は分からぬな。其方は侵攻の対象だろうにどうしてこうも余裕の笑みを浮かべていられるのか。分からぬ奴よ」
「いずれ分かる時が来る」
そう言って、アートはいやらしく口角を上げる。
「それにしても学ばぬな、人間という愚かな生き物たちは・・・・・どうしてこうも人間同士で争い合うのか、まぁ、いくら文句を垂れたところで既に意味などなかろうが」
ユキは呆れた様子で言葉を吐き捨て、作業へと戻って行った。