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竜魔伝説  作者: 融合
神攻編
104/236

103話 エルピス

 九月六日。

 今日から『エルフの都』遠征組五、六年生とユーラシアの魔導祭に向けた訓練が開始される。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。エルナス先生が貴方のことを信じて魔導祭のメンバーに選んでくれたんだから、もっと自信を持たなくちゃダメよ?」

 アイリスは優しくユーラシアへ微笑むと、肩へとそっと手を置く。

「アイリスちゃんの言う通り。どうせ選ばれたんなら、思う存分楽しまなくちゃ!そう思うでしょ?」

 ラウロラもユーラシアの手を引き、訓練場となる部屋の扉を開く。

 訓練場は、大浴場もある本館の最上階に位置しており、居残り部屋同様に見た目の大きさと実際の大きさが魔法の影響で異なっている。

 つまり、見た目の何十倍もの広さを誇っているということ。

 扉を開けると、まだお昼前だというのに出場者ほぼ全員の姿がそこにはあった。

「みんなおはよー‼︎」

 ラウロラが元気よく訓練場全体に響き渡るほどの声量で挨拶を送ると、自身の声の反響をかき消すほどの大きさで出場者たちからの挨拶が元気よく返される。

 魔導祭は、ゴッドスレイヤーを目指す者たちにとっては将来を掴み取るチャンスの場であるため、各々が敵同士である。しかし、敵対心は抱きつつも、皆ラウロラたち『エルフの都』遠征組のメンバーが姿を見せるや否や訓練の手を止めて羨望の眼差しを向ける。

 しかし、その眼差しはすぐさま妬みの眼差しへと変化し、ユーラシアへと向けられる。

 その挑発的な魔力を隠そうともせずユーラシアへと大勢が向けるものだから、流石にユーラシアとしても早速泣きそうな気持ちになってしまう。

「ほら、いちいち気にしないの。周りの雰囲気に左右されがちなのは、よくない癖よ」

「アストレウス先輩・・・・・」

「アイリスって呼んでちょうだい。貴方は一年生だけど、魔導祭に出る以上は、アタシたちと同じ立場にいることを忘れないようにね」

「はい!」

 ユーラシアは目元まで来ていた涙を引っ込めると、気合を入れ直す。

「それじゃ、僕たちも訓練始めるよ。てことでお先に失礼するね」

 そう言うと、マリックはそそくさと訓練場から出て行ってしまった。

「え?」

「あー、気にしなくてもいいわよ。今日はアタシたちが訓練に参加する初日だったこともあって、特別に訓練場にこれだけの人が集まっているだけだからね。いつもなら、どこで訓練しようとその人たちの自由なのよ。アタシたち魔導祭の出場者に与えられる準備、訓練期間は、言ってしまえば自由時間のようなものなの」

 魔導祭の出場者は、九月の始めから魔導祭本番まで設けられている準備、訓練期間中、学園の授業が免除される。

 期間中は各々好きな場所、好きな時間で訓練に励むもよし、呑気に訓練をサボり学園外での休暇を楽しむもよし。

「よしっそれじゃあ、みんなに挨拶も済ませたし、ここからは自由行動にしようか」

「そうね。まぁアタシは今日一日は、ユーラシアちゃんについて回ろうと思っているけど」

「そうだね。スレイロットくんは今日が初めてなんだし、誰か一人がついていてあげた方がいっか」

 そう言って、何かを深々と考え出すラウロラ。

「ラウロラ。今日はアタシに任せて、貴方は貴方の時間を過ごしてもいいのよ。生徒会長だからって、全てを自分で背負おうとしなくても大丈夫。それに、ユーラシアちゃんを食べちゃおうなんてこれっぽっちも思ってないから」

 アイリスの冗談とも取れない最後の一言に、ユーラシアは体を震わせる。

「冗談よ!そんな怯えた顔しないで欲しいわ」

「誰かに冗談とかを言われるのって、あまり慣れてなくて・・・・・すみません」

「謝る必要ないわよ」

「うーん。そうだっ!それじゃあ、全部をアイリスちゃんだけに任せるのもあれだから、この部屋の説明と、スレイロットくんのペガサス決めまで付き合わせて」

「全く、本当に世話焼きなんだから」

 アイリスはラウロラをお母さんのような微笑ましい笑みを浮かべて見つめる。

 

 こうしてアイリスとラウロラ以外の『エルフの都』遠征組のメンバーは、マリックに続いて部屋を後にする者、訓練場で訓練に励む者とで分かれていった。

 

 まず始めにこの訓練場は、先ほどの説明に加えて、視界一帯には、そこそこ小さな王都に建っている家ならば丸ごと収まってしまいそうなくらい大きなシャボン玉のような透明な球体が幾つも宙に浮いている。

 その球体の中へと入り、多くの生徒たちが様々な戦闘訓練を行っている。

 球体の名前は「バブル」。

 訓練場の地面に触れる足裏へと魔力を集中させることによって、周囲の者を包み込むバブルが形成される。バブルの大きさは魔力量に起因するのではなく、魔力の数。つまり、足元へと同時に魔力を集中させた者の数がそのまま包み込むバブルの大きさとなる。

 一人で使用したいなら一人用のバブルを、二人ならば二人用を、三人ならば、五人ならばと、バブルの大きさは各自で容易に調節可能。また、発生しているバブルに後から参入することで、自然にその大きさが増していく仕組みにもなっている。

 更に、バブル内で放たれる魔法も武器も幻想形態となるため、痛みは感じれど外傷は一切生じない。加えて、直接発生しているバブルに魔力を注ぐことにより、「バブルシャワー」というものがバブル内へと降らされる。

 バブルシャワーは、バブル内にいる存在の魔力量を全体の八割まで回復させられる効果を持っており、訓練により魔力を消費したならば、シャワーにより回復することができる。

 しかしここで一つ注意しなければならないことは、外部で消費した魔力は、バブル内で回復することはできないということ。どういうことかというと、バブルシャワーにより降らされる魔力は、元々バブル内で消費された魔力がバブルに吸収され、それがシャワーとなって消費した魔力を回復させているだけだから。つまりは、魔力のリユースである。

 付け加えると、バブルシャワーは吸収した魔力の主がバブルに魔力を込めない限り生じることはない。

「まぁ、訓練場の説明に関してはこんなところかな?」

「分かりやすかったわよ」

「そう?それならよかったかな。スレイロットくんもそう思う?」

「はい。とっても分かりやすい説明でした」

 ラウロラは上機嫌となり、満面の笑みを浮かべる。

「それじゃあ、次はスレイロットくんのペガサス決めといきましょう!」

 そうしてやって来たのは、訓練場の真下にある広大な森に囲われた草原の空間部屋。

 この部屋も、魔法の影響で姿・大きさが変化させられている。

「ちなみに、ここは学園が管理するペガサスたちが暮らす部屋だけれど、一つ下はアタシのかわい子ちゃんもいるマーメイドの生息部屋になっているわ。それと、今回の魔導レースで使用されるレプラコーンは、職員寮もある北館で保護されているわ」

「それじゃあ早速、スレイロットくんの相棒探しに行こうよ」

「そうね」

 三人は、草原にいたペガサスも注意深く観察しながら次第に森の中へと入っていく。

「うーん。まだまだ誰かのものになってないペガサスがいると思うんだけどなぁ」

「今のところ、全てのペガサスに飼い主の印が付けられているわね」

「あっ!ねぇねぇ、あのペガサスとかいいんじゃない?」

 ラウロラの視線の先、一体のペガサスが水溜りで水飲みをしている姿があった。

「近づいてみましょう」

 近づいてみても、正直ユーラシアには、他のペガサスとの違いがよく分からないが、この個体も立派な翼を携えている。

「雄かしら?まだまだ若いけれど、力強くて速そうね」

 どうやらラウロラとアイリスは、このペガサスを気に入ったらしく、ユーラシアへとキラキラした瞳を向ける。

 ユーラシアがペガサスへと手を差し出すと、自ら懐くようにして頭をユーラシアの顔へと擦り付ける。

 しかし、ユーラシアはどこか胸の奥で燻る想いを抱いていた。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「うん、何でも聞いて聞いて」

「ペアを組むペガサスは、この部屋から選ばないとダメですかね?」

 ラウロラとアイリスは一度顔を見合わせた後、首を傾げる。

「他に当てがあるの?」

「でもさ、野生のペガサスってどこにいるのか私、知らないよ?」

「アタシもよ」

「一つだけ、思い当たる場所があるんです」

 ユーラシアは、ラウロラとアイリスを魔戦科一年Sクラス寮へと案内した後、少し埃を被っていた白灯で暖炉へと明かりを灯す。

 そうして暖炉に灯った炎へと二人と共に飛び込んだユーラシアは、バベル試練以来の『ウィザードファミリア』へとやって来た。

「何ここ⁉︎」

「『ウィザードファミリア』と言って、魔導師たちが集まる魔法の街のような場所です」

「こんな場所があるなんて知らなかったわ。ユーラシアちゃんはどうしてこんな場所を知っているの?」

「以前、バベル試練の時にある人に連れて来てもらったことがあるんです」

 ユーラシアのふと浮かべた悲しげな表情を見て、アイリスはそれ以上のことを聞くことをやめる。。

「中央に置かれている緑色の液体が入っている大きな鍋があるでしょう?」

「ええ」

「沸騰する度に色を変えて、天井へと液体が噴射される仕組みになっているんです。そして、色ごとに現れる景色も異なっていて——————ほら、見ていてください。丁度沸騰し始めましたよ」

 液体は緑から青へと変化していき、沸騰が最高点に達したところで、勢いよく天井向けて噴射される。

「さぁ、行きましょうか」

 ユーラシアは二人の手を引いて空飛ぶ箒に跨ると、そのまま出現した夜空に浮かぶ星満点の景色へと飛び立った。

 懐かしき夜の星空に包まれた広大な砂漠の景色。

 そこにはチラホラ人の姿は見えるが、人以外の生物は一体たりとも見当たらない。

「もしかして、ここにペガサスがいるのかしら?」

「え、本当に?全然そんな感じしないけどなぁ〜」

「ここは、ボクが初めてペガサスに乗った場所なんです。だけど、どうやって呼べばいいか——————」

 以前は先に来ていたフェンメルがペガサスを連れていただけで、ユーラシアはこの場へとペガサスを呼び出す方法を知らない。

 そのため、どうすればいいのか悩んでいると、高らかな声が静かな星空と砂漠へと響き渡った直後、星の光に照らされた一体のペガサスが天を駆けてユーラシアの下まで飛んで来た。

「うっそ、ほんとにいたんだ!」

 目を見開いて驚くラウロラ。

 アイリスの方も、驚いてすぐに言葉は出ない様子。

 ユーラシアはそんな二人を置き去りに、ペガサスへと語りかける。

「よしよし。ひょっとして君、この前ボクを背中に乗せてくれたペガサス?」

 言葉が通じているかのようにペガサスはユーラシアの言葉に対して鼻を鳴らす。

 そして、他の個体とは異なり、自身の額をユーラシアの額へとくっつける。

 すると、「クークー」という寂しそうな声を出しながら瞳から白銀の輝く雫を垂らし始める。

「分かるの?」

 ユーラシアは一瞬驚いた様子でペガサスから顔を離すと、浮かぶ涙を見て再度ペガサスの額に自身の額を重ねる。

「君も分かるんだね、ボクの気持ち。フェンメルさんが死んじゃって、君も悲しんでるんだね」

 ペガサスは再度「クークー」と悲しい声を上げる。

 そんな様子を、ただただ驚いた様子で見入るラウロラとアイリス。

「フェンメルって、もしかして・・・・・いやいやそれよりも、ペガサスの涙が白銀色なのは知ってはいたけど、実際に見たのは初めてだよ!」

「アタシもよ。まさか、ここまでペガサスが人間に心を許してくれるなんて、思わなかったわ。けれど一つ、はっきりしたことがあるわね。魔法生物と人間は、本当の意味で心の底から繋がることができるってこと」

「何だか私も泣けて来ちゃったよ」

 訳もわからず涙が込み上げて来たラウロラは、涙を拭う仕草を見せる。

「ちょっと、貴方が泣くのはおかしいでしょ?」

「だって、だって」

「はぁ、仕方ないわね」

 アイリスは呆れつつも、笑みを浮かべてラウロラへとハンカチを差し出す。

「ありがとう。アイリスちゃん」

 ペガサスは、ユーラシアから顔を遠ざけると、自身の翼を器用に動かして目の下の皮膚に傷を付ける。

「えっ、何してるの?」

 ユーラシアは慌てた様子でペガサスに話しかけると、ペガサスは、傷から生じた血をユーラシアの顔へと近づける。

 血の色は涙と同じ白銀色だが、涙はサラサラしていたのに、血は粘り気を含んだドロドロした見た目。

「ユーラシアちゃん。それはパートナーとしての契約よ」

「契約ですか?」

「そうよ。互いの血と血を融合させることによって、お互いの魂と魂が離れていても存在を感じられる回路が生じるのよ。それがパートナーとしての絆になるの」

「あれ?だけど待って、このペガサスさ、既に誰かと契約してるよ」

 魔法生物が誰かと契約しているのかを確かめる方法は、血管である。契約を交わした状態の血管には、その内部に回路図が表示される。ペガサスなどの光を透過しやすい魔法生物の血管は、明るい場所では見やすいため、血管に表示された回路図を視認することが容易いのだ。

 回路図は人間にも言えることで、主に手のひらなどに光を当てて血管を透けさせると、契約により生じた回路図の存在を確かめることが可能。

 そしてペガサスにおいては、人間との契約と同様に、結婚をして番となる時においても、ペガサス同士で血液を融合させた回路図を血管内部へと生じさせる。

 研究者でもない限り、結婚による回路図なのか、人間との契約の回路図なのかの細部な情報を読み取ることは不可能だが、ラウロラはペガサスの血液を間近で見たことにより、直感的にそれが人間との契約で生じた回路図であることを感じ取っていた。

「確かさっき、フェンメルさんって言ったよね?もしかしてその人ってさ、四天王のフェンメル・ルーデシアのことかな?」

「はい。そうですけど」

「多分だけど、その人との契約だと思うよ。ユーラシアくんは例外みたいだけど、基本的にペガサスとか魔法生物たちはさ、契約を結んだ人間と一緒、あるいはその人間が命令した時、またはその人間しか背中に乗せてくれないものなんだよ」

 ユーラシアは一瞬にして頭の中が真っ白になり、めまいと吐き気に襲われる。


 (もしかして、フェンメルさんは生きてる?)


 そんな淡い期待に駆られる。

「だけどそれっておかしくないかしら?」

「どういうことですか?」

「だってその人、亡くなっちゃったのよね?」

「は、はい・・・・・そのはずです」

「死人になるということは、魂は既に生のモノではなく、死のモノとなるわけ。つまりね、どちらかが死んでしまったら、自動で契約は解除されるはずなのよ」

 ユーラシアの胸の奥で何かの感情が熱く燃え上がるのを感じた。

「あれ?回路図がない?」

「もう、何を言ってるのよラウロラ。さっき契約しているって言ったのは貴方でしょ?それとも見間違いだったのかしら?」

 アイリスは呆れた様子で発言する。

「え〜ほんとに見たんだけどなぁ?アイリスちゃんもこっち来て確かめてみてよ」

 そう言われてアイリスも確かめてみるが、確かに回路図など存在していない。

「だけど、夜だからって、こんな至近距離で見間違うかしら?もしかして、このペガサスが一方的に契約を解除した?」

「えっ⁉︎そんなことできるの?」

 ラウロラは分かりやすく驚いたリアクションをかます。

 しかし、発言をしたアイリスも半信半疑な状態。

「まぁ、あくまでも可能性の話として考えられなくはないけど、あまりにも現実的じゃないわね」

「フェンメルさんは・・・・・フェンメルさんは、生きてるんですか?」

 わずかに生じた希望を消したくないと言った必死の様子のユーラシア。

 悲しさ、驚き、喜びに絶望。多様な感情を含ませるユーラシアの表情を前にして、アイリスは発言を躊躇ってしまう。

「そんな表情をされるととても言いづらいわね。けれど、貴方のためだと思って言うわせてもらうわ。もしも、契約がラウロラの勘違いなのだとしたら、フェンメルさんはもうこの世にはいないわ。けれど、そこのペガサスが今し方契約を解除したのだとしたら——————いえ、やっぱりこの先の発言はあまりにも無責任なことよ。私はそんな無慈悲なことをしたくはないわ」

「そう・・・・・ですよね。ボクの方こそ、熱くなってしまってすみませんでした」

「だからね、ユーラシアちゃん。もしも、希望を抱いた上で絶望に突き落とされる覚悟を持てるのだとしたら、今話さなかった可能性の話を後日二人きりの時にしてあげる」

 ユーラシアはアイリスの発言に対し、小さく頷いた。

「はい」

「それじゃあ、一旦この話はお終いね。彼女もずっと待っているみたいだし、早く契約してあげましょう」

「あっほんとだ!この子まだ若い雌のペガサスだ」

 そうしてユーラシアはペガサスとは逆の左目の下へと傷を付け、生じた血と血を融合させて契約を交わした。

「よろしくね。エルピス」

「エルピス?」

「このペガサスを見ていると、ふとその名前が頭に浮かんだんです」

「いい名前じゃない」

「ありがとうございます」

 エルピスは嬉しそうにユーラシアを背中へと乗せると、星々が煌めく夜空へと美しく舞うのだった。

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