102話 経過観察
ゴッドスレイヤーたちによる会議が開かれている頃、学園内では、自由な時間を過ごす者、魔導祭に向けた準備に励む者とで各々分かれていた。
そして休日は、大食堂は常に解放されており、食事時以外でも自由に使用することが許されている。
今現在の時刻は十時二十分と、朝食を終えた直後ということもあって、ほとんどの生徒の姿が見えない。
そんな中、長机の周囲に散らばる小机へと男女二人の姿があった。
「食事が終わったのなら、君もさっきと出て行ったらどうだ?それとも、自分がSクラスに上がったから僕のことをバカにしているのか?」
「そんなことないよ。確かに運良くSクラスに上がれたけど、自分の弱さを思い知らされるだけでとても辛いの・・・・・」
シュットゥは、目の前の少女の言葉を受け反応に困る。
痛いほどその気持ちが分かるからこそ、それ以上自分の怒りばかりをぶつけることを自制する。
「そういえば、君に謝っておくことがある」
「何?」
「三者面談の時に君から貰った赤い花のことだけど、無くしてしまった。良かったら、新しいものを貰えないかな?次は絶対無くさないと誓う」
シュットゥは悪びれた様子というよりは、どこか必死さを感じさせる様子でユキへと頭を下げる。
「ごめんね。私も友達から譲り受けたものだったからもうないんだ。だけど友達の話によるとね、花本体が花粉になるみたいだから、無くしちゃったんじゃなくて全部の花粉を吸い込んだってことなんじゃないかな?」
「僕は強くなれているのか?言ってくれたよな?あの花の匂いを嗅いでいれば魔力が強化されるって。あれは本当なんだよな?」
シュットゥの目が更に血走り、ユキをものすごい目つきで凝視する。
「こ、怖いよシュットゥくん。大丈夫です。だって、私がSクラスに上がれたのは、間違いなくあの花のおかげだから」
シュットゥの笑みを浮かべた表情は、完全に狂気を宿す者の表情だった。
「これでユーラシアの奴に目に物見せてやれる。僕があいつよりも劣っているはずがないんだ・・・・・それなのに僕だけが落ちぶれていく一方——————ふざけるなっ!落ちこぼれはあいつの方じゃないか!学園創設以来初めての一年生で魔導祭出場だと?あいつは僕のことをどれだけコケにすれば気が済むんだっ‼︎」
勢いよく机を叩く音が、大食堂内へと響き渡る。
大食堂に残っている生徒がユキとシュットゥだけだったのが幸いだろう。
もっとも、ユキは誰にもこの話を聞かせないように二人だけの場を作ったのだから、この場に二人以外の姿がないのは当然。
ユキは薄らと楽しげな笑みを浮かべ、シュットゥの怒りへと更に油を注いでいく。
「私も、悔しいです。私が才能も何もない凡人だってことは分かってる。分かってるけど、強くなりたいって思うのは悪いことじゃないよね?」
「その通りだ」
「スレイロットくんは悪気なくやってるんだろうけど、そんな私の前で本当は自分が世界樹の宿主だってこと、あんなに堂々と明かしてくれなくても良かったのに・・・・・弱い人の気持ちをもっと考えて欲しいよ」
シュットゥの表情が更に強張り、そして抱く怒りは更に激情していく。
「あいつが世界樹の宿主だって?」
「うん。胸が張り裂けそうなほど悔しいけど、夏休みにスレイロットくんたちとオルタコアスに行った時、見ちゃったんだ」
「オルタコアスって、あの世界樹のか⁉︎」
ユキはシュットゥには見られないよう、俯きながら満面の笑みを浮かべる。
あまりにもシュットゥがいい反応をするものだから、耐えきれなくなってしまい溢れた笑み。
「そうだよ。国のみんなに歓迎されて、おまけにちょっとだけだったけど、世界樹の魔力も解放して見せてくれた」
「まさか、二週間ほど前に感じたあの巨大な魔力反応は、ユーラシアのものだって言うのか?」
ユキは迷わず頷いて見せる。
「クソっ、クソクソクソクソ‼︎今はっきりと分かったよ。あいつは始めから僕たちのことを嘲笑っていたんだ。補欠なんかに選ばれて弱いふりなんかして、僕の、いや、僕たちの心を弄んだ。僕はそんなあいつを絶対に許さない!」
「そう。許しちゃダメ。私たちはスレイロットくんに屈辱を味合わされた。だから次は、私たちがやり返す番だよ」
そうユキが発言した瞬間、シュットゥの胸の奥で何かが一度大きく振動した。
心音とも取れる音だったが、ユキにまで届くほどの音。
ユキはその音を聞くと、ゆっくり席から立ち上がり、怒りに震えるシュットゥを後に大食堂から姿を消した。
ユキは人気のない廊下まで来ると、懐から一本の赤い花を取り出す。
「いい感じの定着具合であろう?」
『だね。いきなり神花を植えさせたい人間がいるって言われた時は、どうしてかよく分からなかったけど、さっきの二人の話を聞いててなんとなくだけど分かっちゃったよ。配下たちの嫉妬心を私に向かせているように、あの子の怒りの矛先を勇者の息子に向けさることが目的だったんだね。でもさ、開花させた後はどうする気なのかな?』
ユキはニヤリと、本性丸出しのゲスい笑みを窓の外へと視線を向けながら浮かべる。
「それは、当日のお楽しみというものよ」
『それもそうだね。それじゃあ、楽しみにさせてもらうよ』
直後、ユキの左手に持たれていた花は枯れ果てる。