101話 親子
ポープァルへと戻ってきたロッドとエルナスは、薄暗い部屋の中、二人きりで真剣な表情を浮かべていた。
「ミューラが生きているだと⁉︎」
ロッドはエルナスが見たこともないような動揺した様子で目を見開いている。
十年前の『ゴッドティアー』の日に失われたはずの最愛の娘が生きているという事実を突きつけられるロッド。
思考と感情が追いつかず、挙動不審に陥る。
「最初に気になったのは入試の時だが、確信を持ったのは入学式の日だ」
「なぜ、もっと早く教えてくれなかった。俺に教えられるタイミングはいくらでもあっただろう」
エルナスは少しの間口籠もり、申し訳なさそうに口を開く。
「確かに、話そうと思えばいくらでも話せる機会はあった。だが・・・・・」
ロッドは、辛そうなエルナスの表情を見て少し冷静さを取り戻す。
「少し焦った。お前も辛かったんだよな。親として、その気持ちを汲んでやるのがまず先か」
そう言って、人の温かみを帯びる左腕でエルナスを自身の胸へと抱き寄せる。
「俺とお前はかつて同じ絶望を味わった。だけどお前は新しい希望を見つけて今の今まで全力で前を向き頑張って来たんだよな。こんな細い体で、全く・・・立派になったもんだ」
「ロドィ・・・・・」
ロッドも七年前に出会った世界樹に新たな希望を見出した。しかし、エルナスと負っている心の傷は同じなはずなのに、ロッドは愛する妻と子を亡くした絶望に囚われ続けている。
毎日のように夢に見る妻の死に際の姿。
起きている時でも思い出す二人の笑顔。
エルナスもロッドの大切な娘である。例え血のつながりがなくとも、紛れもない家族なのだ。
「逃げてたのは俺の方だな。俺はこの七年、エルナスに会うのを恐れていたのかもしれない。お前に会えば、かつての幸せだった頃の記憶が絶望をより濃いものとしちまう気がして——————悪かった」
「逃げていたのは私も同じだ。ミューラとラベンダとの大切な記憶を忘れてしまおうとしていた。だけど、私たちは絶対にミューラと向き合わなければならない。当時のミューラは三歳だったんだ。私たちのことは当然覚えてはいない」
「そうか」
期待してわけではないが、ロッドは寂しそうな表情を浮かべる。
「一つ確かめたいんだが、ミューラは三歳の頃はまだエルフの魔力は覚醒してなかった。今はもう、覚醒してるのか?」
「ああ、とてつもなく大きな魔力を有している。それに、後天的にエルフの魔力が目覚めたことで、かつてのミューラの魔力とは全くの別物になっているからな。気が付かなくても無理はない」
そう言い終えるなり、エルナスの表情が深刻となる。
「対策会議を終えた後で悪いが、どうしても言っておかねばならないことがある」
ロッドはエルナスの表情から、何かただゴトではない予感を感じ取る。
「言ってみろ」
「夏休みに西側領土にあるオルタコアスへと向かった日以来、ミューラは行方不明となっている。おそらく・・・・・いや、ほぼ間違いなくユキ・ヒイラギの仕業と見て間違いない」
夏休みのオルタコアスといえば、十年ぶりに規模はだいぶ違えど、『ゴッドティアー』が降らされたことで会議でも大きく取り上げられた。
そして直後、室内がガタガタと音を立てて揺れ始める。
「落ち着けッ!」
エルナスの大きな声が聞こえ、ハッとした様子を見せたロッドは、一瞬我を忘れてエルフの血を宿すその巨大な魔力を全力で解放するつもりでいたことを寸前で悟る。
「悪い。かなり取り乱した」
「ここで本気で魔力を解放などすれば、かなりの被害が出るぞ」
「もう大丈夫だ。それで、ミューラが生きているのかさえ分からねぇってことか?」
「そうなる。だが、消した本人ならば間違いなく居場所を知っているはずだ」
「なるほどな。それじゃあ予定変更だ。お前たちに奴の相手を任せると言ったが、俺もそこに加わる」
ミラエラにエルナス、ユーラシアと、人数は少ないがかなりの戦力がユキに回されている。そこへロッドの戦力まで加われば、ユキに対する対策は万全と言えるだろうが、その分、他が手薄になってしまう。
しかしエルナスは、こうなることを予測していたため、冷静に対応する。
「いや、ユキの相手は私たちだけで大丈夫だ。あまり戦力を偏らせるのは得策とは言えない」
「ミューラの命がかかってるんだ。意地でもユキ・ヒイラギに居場所を吐かせる必要がある」
エルナスは一度ため息をついた後、ロッドへと鋭い眼球を向ける。
「こと侵攻において命がかかっているのは人類共通のことだ。ミューラを心配に思う気持ちは私にもよく分かる。ミューラは私の妹でもあるんだからな。だが、他人の命を放棄しようとすれば、父親としてミューラに堂々と顔向けできるか?」
「人聞きが悪りぃ」
「結果的に私情を挟み過ぎればそうならざるを得ないという話だ。だから信じてほしい。貴方の娘を、私を。そして——————私が信じる者たちを」
ロッドはエルナスの気迫に面食らうとともに、何を思ったのか薄く笑みを浮かべる。
「フッ、まったく何が王だか。見せかけ倒しのペテン師じゃねぇか」
「また、変なことを」
「そうだよな、俺は何を血迷ってたんだか。そっちには氷の女王もいれば、あの『ゴッドティアー』を実際に止ませたユーラシアもいる。そうか・・・・・俺はお前らだから信じて任せようと思えたんだな」
ロッドは先ほどとは異なり、何かが吹っ切れた覚悟を宿す表情をしていた。
「エルナス。絶対に死ぬことだけは許さない」
「はい」
「無事戦いが終わったら、家族三人で食事でもしよう」
人間は確かに守る者が多い。
しかし、守る者が多いからこそ、脅威となるのだ。奇跡を起こせるのだ。
人と人との繋がりがある限り希望は絶えず、どこまででも可能性を追い求めることができる。
それが、『人間』という生き物なのだ。