100話 神攻対策会議(後編)
「彼女の名前はユキ・ヒイラギ。マルティプルマジックアカデミー魔戦科一年Sクラスの生徒にして、十年前にゴッドティアーを引き起こした張本人よ。それと、先の二つの件に関しても、全て彼女の仕業だと言っておくわ」
この場にいるゴッドスレイヤーたちは、眉を顰め、疑うような視線を宙に浮かぶユキの画像へと向ける。
それもそうだろう。映像内のユキは、どう見てもどこにでもいるようなごく普通の少女にしか見えない。特徴があるとすれば、独特な名前に、珍しい黒髪。
神と言うにはあまりにも人間すぎると言うのが共通の抱く感想だった。
しかしユキはあくまでも人類に紛れ込んだ神人。これが本当の姿とは限らない。
「一つ聞きたいんだけどいいかな?」
「ええ」
「いや、君にじゃなくて、そこのユーリくんに」
「俺?」
「確認しておきたいことがあるんだよ。人類の中に神の刺客が潜り込んでいることや、近々神からの侵攻があるかもしれないと教えてくれたのは君だけど、その時には既に、そのユキ・ヒイラギがかつてゴッドティアーを起こしたかもしれない犯人ってことは知っていたのかな?」
ゲトの発言を合図にユーリへと向けられる鋭い視線。
しかしユーリは、落ち着いた態度を崩すことはない。
「当然ですよ。ただまぁ、そのことまで話さなかった理由としては、臆病な奴らを余計にビビらせないよう俺なりに配慮した結果と言いますか」
ユーリはこの場にいる西南北のゴッドスレイヤーたちへ向けた挑発とも取れる発言を、堂々と述べてみせる。
「臆病?そりゃ誰のことだ小僧?」
まず始めに反応したのは、ヤム。
流石の単細胞である。
「俺はなぁ、腕の一、二本は余裕でくれてやるつもりの覚悟だ。ロッドみたいにな。いやぁ別に喧嘩売ってるわけじゃないよ、その右腕チョーーー格好いいし!ただまぁ、いざとなりゃぁ命まで惜しくない覚悟を持ってるってことだ」
「もちろん分かってますよ。この中には命をかける覚悟を持ってる人たちが多くいることも。ですがね、中にはビビっちゃってる人もいるわけなんですよ」
そう言うと、ユーリはチラリとローズの方を見る。
ローズはそんなユーリの視線を見逃さなかった。
「・・・・・それはそうか」
ローズは一度ため息をつくと、ミラエラへと視線を向ける。
「ミラエラ・リンカートン。私は、オルタコアスでお前たちと接触した数日後、お前たちの入国記録を調べさせてもらった。その時見た記録の中には、映像の少女と同じ顔をした少女の記録が残っていた」
ローズは俯きがちに、気まずそうな表情を浮かべながら言葉を発する。
「信じたくはない・・・・・信じたくはないが、オルタコアスの国民の声を聞いている内に、認めざるを得なくなくなってしまった。部下の失態とは言え、私の責任だ。あの時、何の罪もないお前たちに銃口を向けたこと、彼に不覚にも攻撃してしまったことを謝罪したい」
そう言って、ローズは勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げた。
「許すも何も、あれほど巨大な魔力、事情を何一つ知らない貴方たちからしたら、警戒するなと言う方が難しいわ。けれど、少しは私たちの話も聞いて欲しかったわね」
「本当に、すまなかった」
「もういいわ。どうせアートは気にしてもないんでしょうし。ユーラシアには害はなかったから、私としてももう気にしてないわ」
「よかった。彼の力は絶対に必要不可欠だ。小規模であれ、ゴッドティアーを止められるほどの力を宿しているのなら、頼もしいどころの話ではないからな」
「貴方の言う彼って、どちらのことを言っているのかしら?」
ローズは一瞬、ミラエラの質問の意味が分からずに首を傾げる。
そのやり取りを見ていたユーリは、一人納得する仕草を見せる。
「要するにあれだろ?ローズ、お前は勘違いしているってことだよ」
「勘違いだと?二人して一体何の話をしているんだ?」
「俺がお前に伝えられたユーラシア・スレイロットの特徴は、黒っぽい髪色に真っ赤な瞳を宿す少年だったよな」
「違うと言うのか?」
「ああ、違うぜ。実際は、真っ赤な髪に緑色の瞳だ。おそらくだが、お前、そのアートって奴に騙されたんじゃないか?」
ユーリは面白おかしく発言する。
すると、ローズはその時の情景を思い出し、無性に腹が立ったのか、机を力強く叩く。
「あいつめぇ〜・・・あんなにも平然とこの私を騙したと言うことか⁉︎信じられない、完璧に騙されていた」
ローズは力が抜けたように椅子に座ると、恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまった。
「まぁそう落ち込むことないだろ。お前は俺の部下だってことだよ」
どう意味かは知らないが、ローズにとって嬉しくないアドバイスなのは確かだ。
ヤムは笑顔のまま、ローズの頭に手を乗せる。
「うるさいっ!」
ローズは虫でも払うかのようにヤムの手を勢いよく叩いた。
「おー、怖い怖い」
「ひょっとしなくても、そのユーラシア・スレイロットってのは、勇者アトラとメイシアの息子か?」
「その通りよ。ついでに言うと——————」
「世界樹の宿主、だろ?」
先ほどの発言以降、再度お絵描きに集中していたセンクだったが、またしても会話の内容はしっかりと聞いていたらしい。更に、まだ北側領土にも広まってはいないはずのユーラシアの情報をセンクは口にする。
「今までの会話からそんなこと明らかだろうが。クック、世界樹の宿主っつったらまだ十歳くらいじゃねぇか。そんでゴッドティアーを止めたのかよ、ハンパねぇな。けどそりゃあ、俄然燃えてくるってもんだぜ」
「俺もゴッドティアーを止めたと聞かされた時は、何十年ぶりに声を上げて笑ったもんだ」
ロッドは、他の者たちよりも早く、ユーラシアと接触して話を聞いたユーリからの報告を受けていた。
そのため、聞いた当初よりは驚きは少ないが、それでも今この場にて、またしても驚きの感情が生じてしまっている。
「ついでに言うと、オルタコアスが襲撃された件に関しては、おそらく彼が関係している」
すると、またしても会場の視線がユーリへと集中する。
「どういうことだ?」
「彼の魔力量は、正直、ここにいる誰よりも巨大だ。だからこそ神たちに目をつけられ、芽が育ち切る前に始末しようと考えたってことじゃないかなって思うんだよね」
「あ〜なるほどな。ゴッドティアーを止めて見せた世界樹の小僧に、白銀世界事変を引き起こした女教師か・・・・・まったくもって心強い。俺たちも負けてられんな」
ロッドはニヤリと渋い笑みを浮かべた。
「魔導祭で神々を迎え討つとても、敵の戦力の全てが謎に包まれている。ゴッドスレイヤーと呼ばれる人類の頂点に君臨する俺たちでさえ、神が本気を出せば赤子の如く捻り潰される。だろ?実際、十年前の悲劇がそれをことごとく証明してやがる」
ロッドはぐるりと周囲を見渡し、一人一人の顔に視線を向けていく。
「だが忘れたか?俺たちの東側領土に今は亡きバベルは、神に届き得る強き意志を忘れさせないための象徴だ。それは絵空事でも今や理想でもない。俺たち人類は、バベルに捕えたセンムルを元に、神の力に対抗する力を得ることに成功した」
「確かにあり得ねぇ話じゃない。実際人類は、進化に進化を重ねて生きていた生命だからな。人魔戦争ん時も、人類の知恵がなかったら被害は更に想像を絶するものになってたはずだ。だけどまさか、この俺の力なしに神への対抗手段を完成させちまうとは、あっぱれだ」
センクは、ロッドの発言を一切疑う様子もなく、純粋な賞賛を送る。
「それで、その対抗手段とやらは今日ここで見せてもらえるのかな?」
「当たり前だろ、ゲト。ミラエラ、その中央にある魔道具をどかしてくれ」
ロッドは立ち上がり、懐から何やら黒い直径二十センチほどの球体を取り出すと、中央へと歩き出す。その光景だけで、空気は瞬きの一瞬で緊迫し、何人かのゴッドスレイヤーたちは息を呑む。
やはり、右腕のイカつくワイルドな機械も相まって、ロッドはこの場で最もオーラを放っている。立ったら尚のこと、その巨大な機械に見劣りしないほど鍛え抜かれた筋骨隆々の鋼の肉体に、二メートルほどの大きな体。
「見ていろ」
ロッドは直後、右腕に握ぎる漆黒の球体へと魔力を込める。
すると、球体は一瞬の内にその大きさを十倍ほどに変えた。
「こいつは魔力を込めれば拡大する結界だ。それも神の力のみを遮断するな。魔力を込めれば込めるほど巨大化していき、試した限りでは、その大きさに限界はない。要するに、だ、侵攻時はユキ・ヒイラギ以外の仲間も当然攻めてくるだろう。だが、この結界の中に閉じ込めちまえば抗うことはできやしない。まぁ、閉じ込められればだがな」
言ってしまえば、神人は一人一人が今現在のアート以上の力を有した存在。生半可な作戦では、結界に捕えることすら出来ずに負ける。
「こいつの使い方は、単純明快。神の力を宿す存在に触れさせるだけでいい」
つまり、初手に油断しているところ不意打ちで球体をぶつけることができれば、それが偶然でも捕えることに成功する。
「だがまぁ、当然そう簡単には当たんねぇだろう。それにこいつはまだこれ一つしかない。例え初手に不意打ちを食らわせられたとしても、仲間の方は自力で球体に触れさせる必要がある」
だけど、捕えさえすれば、ゴッドティアーだろうがなんだろうが神の力の一切が使えなくなる。その上限も定かではないが、少なくともバベルに捕えていたセンムル全ての規模にも耐えうる強度を持ち合わせていることは実証済み。
「ここからは役割分担だ。まず始めに、最も重要だと思われるユキ・ヒイラギの相手をする者を決めたいと思う」
ユキ・ヒイラギ。かつて人類に絶望の二文字を刻み込んだ存在。誰だって、そんな脅威を相手にしたくはないだろう。それは、偉そうに仕切っているロッドとて例外ではない。
しかしそんな中、迷わず一本の白い腕が挙げられる。
「私がやるわ」
「いい面構えだ。それじゃあ、この球体はお前に託すとしよう」
そう言って、元の大きさへと戻した球体をミラエラへと手渡す。
「いいか?お前は強いかもしれないが、相手はあのゴッドティアーを引き起こした張本人だ。復讐ごっこになんか付き合ってやることはないぞ。お前は、奴を結界に捕えることだけを考えて戦え」
「ええ、言われなくてもそのつもりよ。だけど一つだけ気になることがあるの」
「何でも言ってみろ」
ミラエラはロッドから差し出された球体を受け取る仕草を見せずに、ただその球体を見つめる。
「この球体は、魔力を込めれば拡大すると言っていたけれど、内側から魔力を込めた場合はどうなるのかしら?」
ロッドは一度首を傾げると口を開く。
「いい質問だ。道連れを考えての質問か?安心しろ、魔力を宿す者は中に入った瞬間、外へと弾き飛ばされる」
「それだとダメよ」
「どうしてだ?」
「理由は分からないけれど、彼女は魔力も宿しているからよ」
ロッドだけでなく、センクやゲトも言葉の意味が理解できなかったらしく、時間が一瞬止まったかのように静寂が訪れる。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ。今思うと、彼女が魔法を使っているところは見たことがないし、魔法が使えない可能性も考えられるけど、常人低度の魔力を宿しているのは確か」
ロッドは分かりやすく舌打ちをすると、堂々とその場で胡座をかき、右腕に握られる球体を凝視する。
「完璧にイレギュラーだ。奴を捕らえられる可能性もあるが、捕えたところで弾かれる可能性もあるときたか・・・・・」
正直、自力での総力戦は符が悪い。というか、ほとんど負け戦。
「道連れ作戦は使えなくなるけれど、結界の内側に魔力を遮断する効果も付けられるかしら?」
「問題ないな。魔導祭までには余裕で付け加えられる。だが、道連れにされればそいつは死んだな」
魔力を遮断する効果を付与するということは、道連れにして結界内へと入った場合、その中からは何人たりとも抜け出せなくなってしまう。そうなれば、神側に人質を取られてしまうことにもなり得る。
「だが、戦うと決めた以上、弱音を吐くのはやめだ。ミラエラ、ユキ・ヒイラギは任せたぞ」
「名乗り出るのが遅くなったが、私もミラエラに協力しよう」
「助かるわ。念のため、ユーラシアにも協力してもらおうと考えてるの」
「ほぅ。そりゃあいい考えだ。そういうことなら、安心して奴のことはお前たちに任せられる」
ロッドは、期待を示すようにエルナスとミラエラの背中をポンッと押す。
「それじゃあ、残りの奴らはその他の敵に集中だ。ここにいる十九名のゴッドスレイヤーは、それぞれの領土を代表して集まった奴らだ。だが、決して自分の実力を過信するな。俺たちは格下だ。それもものすごくな。だから一人で戦おうとなんかするな、仲間を頼れ。俺たちは一人じゃねぇんだからよ」
敵の数も強さも使う技全てが未知。
けれど戦わねばならない。
逃げてしまえば、ゴッドスレイヤーたちの寿命はもう少しだけ伸ばすことは出来るかもしれない。
だけど逃げない、いつかは来る未来だから。
勝つために戦うのではない。
生きるために戦うのだ。
そしてそのことは口にするまでもなく、皆が理解していること。
だからロッドは笑みを浮かべて、鼓舞する言葉を放つ。
「さぁ、神への反撃を始めようぜ」
こうして長々と続いた対策会議は幕を閉じた。
その後、それぞれ拠点へと戻った代表者たちは、その他の者たちにも会議の内容を伝え、神への侵攻に向けた複数人の班が役持ちを筆頭に作られていく。
東のゴッドスレイヤーは、四天王と六武神を筆頭に。
西のゴッドスレイヤーたちは、そもそもが一人のリーダーを筆頭にしたいくつもの班が形成されている。
北と南も同様に、何名かのリーダーを選出し、それを元に複数名の班が作られていく。
さて、笑うのは神か、それとも人類か。
結末は神とて知り得ぬ闇の中。