あるドイツ兵の死
そこは地獄だった。砲弾で掘り返された不毛の地に、硝煙と死体の腐臭が漂う。第一次世界大戦の西部戦線の戦場だった。
「下手打っちまったな。」
若いドイツ兵がタコツボの中で自嘲する。
伝令として前線部隊に走った所、錯綜した戦場で敵フランス軍に遭遇し銃撃を受けたのだ。
ここは得意のはったりで行くか。
「おい、フランス人よ。君たちは完全に包囲されている。別働隊が諸君の背後を遮断した。最後の勧告である。武器を捨てて降伏せよ。」
彼は協調性も地道な努力をする力もなくはったりと豪運だけで世を渡ってきた。だから今回もはったりで行くことにした。
だが今回ははったりの相手の相性が悪すぎた。祖国の栄光と自分の豪運を信じ献身する連中だったからだ。
フランス軍の兵隊が下手なドイツ語で呼びかけてきた。
「包囲など嘘だ。それに包囲されても刺し違えるだけのこと。ドイツ人降伏せよ。」
ドイツ兵の回答は銃撃であった。
即座にフランス兵たちの集中射撃がドイツ兵のタコツボに注ぐ。
しかしドイツ兵が一撃の直後に伏せたので無効だった。
それでも数名の前進攻撃班のフランス兵が走り寄り手榴弾を投げる。
「やったか?」
手榴弾の煙が晴れる。
そこには、全身から血を吹きだしながらも、不敵な笑いでドイツ兵がタコツボの中から這い出してきた。
その異様な姿にフランス兵たちがたじろいだ瞬間を逃さず、ドイツ兵は手榴弾を投げた。
手榴弾は炸裂し、フランス兵たちを肉片に変えた。
ドイツ兵はタコツボに身を躍らせてフランス兵たちの応射を避ける。
「化け物め!」
フランス将校が呻く。
「俺はドイツ民族を救う大事な使命がある。こんなところで死ねるかよ。」
ドイツ兵はタコツボの底で嘯く。
「ここはもう長くは持たんな。」
ドイツ兵もこのままでは自分が不利なことがわかっていた。
「だが俺は諦めんぞ。それが俺の使命だ。」
ドイツ兵は手榴弾のピンを口で抜くとタコツボから外に向かって投げた。
「俺は英雄だ。ドイツ民族のために死んではいけない人間だ。」
ドイツ兵は後方へ向かって駆け出す。
その胸を一発のライフル弾が貫いた。
「馬鹿な。俺は不死身のアドルフ・ヒットラーだ。」
アドルフ伍長勤務上等兵は血と泥にまみれて悶え苦しんでから絶命した。
フランスの小隊の軍曹が追従の笑みを浮かべて言った。
「ド・ゴール大尉殿、良い腕です。」
ド・ゴールは小銃に次弾を装填しながら答える。
「しかし気持ちの悪いやつだったな。あんな見え透いたはったりかまして来るとは、およそ自分勝手な甘ったれた低能愚劣卑怯不逞の輩だったに違いない。平時には正業につけず戦時になってようやく社会的地位を得たと喜び犯罪者まがいの暴力とはったりで粋がる手合だろう。」
ド・ゴール大尉は部下に死体の処理を命じた。
ヒットラーもド・ゴールも死線を越えてきた豪運の持ち主ですが、噛ませ合うとどちらが勝つだろうかという思いつきで書きました。