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【短編】不可能犯罪に目がない彼女はその謎を解く ~美澄 灯の落胆~

作者: 田中佳永

短編だけど、連載にできたらなあ

と思いながら書き上げました。

 この大学には、名探偵と探偵がいる。

 名探偵とは、皆さんご存じ、野呂宮(のろみや)(しゅん)だ。

 彼女は現場を見ると、トリックや犯人がわかってしまう。

 超能力かと疑うかもしれない。私も見るまではそうだった。

 だけど、違った。

 それらを理論立てて説明できるのだ。

 彼女の相棒である佐久川(さくがわ)(じゅん)と話した時に、「春さんはよく「見てわかりなさい」っていうわ」と教えてもらった。

 わかるわけない。


 さて、“名”がつかない探偵もいる。

 今、私の目の前にいる。


「あおちゃん、何か面白い話はないの~?」

「ないね」

「即答しないでよぉ」


 大学の食堂で、空になったグラスをストローでズズッと吸って、退屈を持て余している彼女のことだ。

 彼女の名前は、美澄(みすみ)(あかり)。私の友人だ。

 警察関係者から依頼もあるくらいの探偵だけど、春さんが凄すぎて、一般の知名度は低い。


「本当にないの~?」

「……化学って再現性の有無と直感に反することを受け入れることが大事って書いてあって、とある数学者の人は、どんなに理論が通っていても納得できない数学者たちがいたって話があったよ」

「それのどこが面白いの……?」

「天才たちも、感情で動いているところ」

「おもしろくない~」


 感性の違いは仕方ない。多様性を重んじよう。


「あれ何してるの?」


 灯が指さした先には、建物の屋上に二十人程度の学生が、何か作業をしていた。


「さあ?あれってなんの建物だっけ?」

「建築の実験棟だよ~。私たちが入学する三年前に建てられた、出来立てほやほや」

「ほやほやって……。ほら、教室いくよ」

「は~い」


 ※


 自宅で課題に手を付けようとした時、スマホが鳴った。

 ……長澤(ながさわ)さんからだ。どうして、いつも灯じゃなくて私にかけてくるのか。

 しぶしぶスマホに手を伸ばす。


「……もしもし」

「長澤です。遅くに申し訳ない」

「知っています。灯に依頼ですか?」

「はい。昨日、須美さんたちの通う大学で事件が起こりました。明日には、報道される予定です」

「打ち合わせる時間と場所は?」

「時間は明日の十時、場所は大学の食堂でお願いします」

「わかりました。灯に伝えておきます」

「ありがとうございます。それではまた」


 そう言うと、電話は切れた。

 早速、お風呂に浸かっていた灯に長澤さんから依頼があったことを伝える。

 お風呂から「お~け~」と間延びした返事が届く。

 私は手を付けようとしていた課題を始める。

 ……また面倒ごとに巻き込まれるのかぁ。


 ※


 翌日、時間の十分前に食堂に着くと、窓際の四人掛けテーブルの席に長澤さんがいた。

 グレーのスーツに、メガネをかけている。まるで、仕事ができる人間という見本のようだ。

 こちらに気付いたようだ。立ち上がり会釈をする。私も会釈を返す。灯は手を振り「久しぶりだね~」と言いながら歩いていく。

 席に着くと、別の刑事さんが飲み物を運んできた。


「お二人ともカフェオレとアイスコーヒーで、よろしかったでしょうか」

「いいよ~」

「はい。ありがとうございます」


 渡された飲み物を一口飲む。


「本日は、ご足労頂きありがとうございます」

「まあ、依頼だし仕事だからね~。それで、内容は?」

「今朝のニュースでも報道された通り、この大学で学生の遺体が発見され、容疑者の特定を急ぎ、全力で捜査中であると」

「見たよ。それで、依頼は容疑者の特定かな?」

「特定という点ではそうです。公表はしていないのですが、昨夜の時点で容疑者は確保しています」

「だったら、あとは証拠と証言を得るだけでは?灯に依頼するほどではないと思いますが」

「普通じゃないんだね?」


 灯の声に喜びが含まれた。


「密室と言われる状態になっているのです」


 “密室”の二文字を聞いた灯がこちらを向く。


「密室だって!不可能犯罪だよ、あおちゃん!」


 そう言った彼女の瞳は輝いていた。


「現場に向かう前に、概要をお話しします」


 その姿に見慣れたようで、何事もなかったかのように話を進めていく。


「昨日の夕方、警察に匿名で通報があり、事件が発覚しました。被害者は、浮島(うきしま)美代(みよ)。十九歳。この大学の建築学科の2回生です。容疑者は、佐倉(さくら)奈々(なな)。十九歳。被害者と同学年で同じ建築学科です」


 そう言いながら、長澤さんは写真を取り出し、机の上に置いた。


「この子たちなら、見たことあるよ~。十日前に実験棟の屋上で、他の学生たちと何かの実習してたね」

「その日は、授業で防水や空調設備などを見学していたとのです。担当教員に確認が取れています。犯行現場は、その実験棟の屋上です。死因は刺殺で、遺体の心臓部にはナイフが刺さったままでした」

「どうして、容疑者をすぐに確保できたの?」

「監視カメラに、屋上に通じる階段を上がっていく姿が映されていました。また、屋上へと出る扉のドアノブに、容疑者の指紋が残されていました。それと、遺体の近くに血で容疑者の名前が残されていました。被害者が死に際に書いたものと思われます。すぐに、その名前を大学に確認してもらい、住所を特定し、確保に至りました」


 ダイイングメッセージなんて、珍しいものをよく残せたものだ。

 雨が降ったら流されただろうに。犯人も運が悪い。


「通報者は特定できてる?」

「今、確認中です」

「屋上へはその階段からしか行けないの?」

「建物の外部に非常用の収納式の階段があります。使われた形跡はありませんでした。また、一度使った場合は専門の業者を呼ばなければならず、素人が元に戻すのは不可能とのことです」

「監視カメラはその一台だけ?」

「他にも設置されていますが、階段を映しているものはその一台のみになります」

「合鍵は?」

「屋上の鍵は、大学の事務室に保管されており、使用した時間を記録に残すことになっています。また、鍵は教員にしか貸し出していないとのことです。さらに、事務室が無人になることはなく、終業後に正規の手順を踏まずに侵入した場合は、アラームがなり、セキュリティ会社へ通報が届くことになっています」

「容疑者はなんて言ってるの?」

「容疑を否定しています。被害者である浮島に授業後に話しかけられ、時間通り実験棟へ行ったが、屋上の扉は開かなかった。その場で待っていたが、浮島が来なかった為そのまま帰宅したと証言しています」

「そう……」


 そう言うと、灯は目を瞑り、何かを考え出した。

 長澤さんも黙ってしまうので、沈黙が辺りを包みだす。

 気まずくはない。

 むしろ、灯の思考を邪魔しないように気を付けている。

 その意識を、長澤さんと共有しているので、こちらはこちらで協力関係を築いけている。


「不可能犯罪じゃなかった~」


 心底落胆した声が聞こえた。


「残念だったね」

「もう、ホントだよ~。今日はやけ食いだ!早く解決させて、焼き肉に行くぞー!」

「いいね。最近、脂っこいものをどれだけ食べれるかチャレンジしてないから、楽しみ」


 二人で勝手に盛り上がっていると、


「それでは、どこから確認しに行きますか?」


 この流れも慣れている長澤さんは、冷静に話しかけてくる。


「まずは、屋上見学の授業をした教員から話を聞きに行こう」

「わかりました」


 そう言うと、長澤さんはどこかに電話をかけ、二、三回会話をして、電話を切った。


「教員と連絡が取れました。今から伺ってもよろしいようです」

「じゃ~行こうか」


 三人で建築学科が入っている三号棟へ向かう。

 その途中で、灯が長澤さんへ耳打ちをしていた。何か伝え忘れがあったのだろう。

 すぐに私の隣へ戻ってきた。


「どこの焼肉屋さん行こうか?」

「キキちゃんに聞いてみる~」

「キキに聞いたら「私も行きます」って言いそう」

「しかも、人増えそうだよね」

「それも楽しいけどね」

「連絡かえってきた。相変わらず早いな~」

「なんて?」

「駅前の焼き肉屋に行きましょうだって。あと、(きずな)くんと露草(つゆくさ)くんとナズナちゃんも行くって。みんな一緒にいたんだね」

「いつものメンバーになるのね」

「楽しみ~」


 この後の予定について話していると、長澤さんが立ち止まった。


「ここになります」


 部屋のプレートには、“斎藤(さいとう)(つよし) 准教授”とあった。

 長澤さんが部屋をノックすると、「どうぞ」と中から声が聞こえた。

 中に入ると、四十代前半だろうか、Tシャツにジーンズというラフな格好をした男性がいた。


「急な連絡でしたが、ご協力感謝致します」

「いえいえ、大事なことですので」


 大人の会話をしている。

 斎藤准教授の言葉には、早く解決させて研究の時間を安定して確保したい、という裏音声が聞こえるようだった。

 長澤さんも承知しているだろうし、斎藤准教授も伝わるようにしているんだろう。


「初めまして、美澄と言います。早速ですが、いくつか質問させてもらいます」


 少し、圧迫的に灯が話を進める。


「どうぞ。答えられる範囲で構わないのなら」

「では。屋上での授業の際、屋上の鍵はどなたが開けましたか?」

「……」

「どなたですか?」

「……浮嶋君です」

「鍵は教員しか借りられないと話を伺っています。なぜ浮嶋さんが鍵を持っていたのですか?」

「……彼女は、授業に熱心な学生でした。何回も授業の準備を手伝ってもらったこともあります。あの日は、先に屋上への扉を開けておくよう伝え、鍵を預けました」

「わかりました。ありがとうございます」


 灯の確認したいことは終わったのだろう。


「昨日お話を伺った時は、そのようなことは話していませんでしたね」


 長澤さんが追求する。


「か、関係のないことだと思っていたので」

「いえ、こちらも詳しくは聞いていなかったので。では、失礼します」


 気まずそうにしている斎藤准教授の部屋を後にする。

 三号棟の外にでると、長澤さんがこちらを立ち止まりこちらを向いた。


「美澄さん、須美さん、本日はありがとうございました。美澄さんからのお話のあった残りの確認作業については、後日、連絡させていただきます」

「お願いね~」

「それでは、失礼させていただきます」


 また、私に連絡がくるのだろう。

 綺麗なお辞儀をし、サッと歩いて行った。


 ※


「じゃあ、キキちゃんたちと合流しようか。マスターのお店にいるって」

「合流するの早くない?焼き肉は夜でしょ?」

「お昼に行くことに決まりました~」

「不意打ちだよ。私のお腹は夜にコンディションを合わせてたのに」

「まあまあ、いいじゃない」


 灯に流され、そのままキキたちのいるお店へ向かう。


「残念だったね」

「そうだね~」


 不可能犯罪ではなかったことだ。


「密室って聞いたから、少しきたいしたんだけどねぇ。まあ、次に期待しよう」


 肩を落とした灯の声は、寂しそうだ。


「そういえば、長澤さんが言ってた残りの確認って?」

「あぁ、あれね。浮島さんたちが使っていたパソコンと3Dプリンターのログの確認」

「……なるほどね。自殺か」

「あおちゃん、早いね」

「合鍵は授業の前に?」

「スキャンしたんだろうね。その後に、3Dプリンターで作ったんだよ」

「その合鍵は?」

「先に浮嶋さんが合鍵を使って屋上に上がって、ナイフで自分の心臓を刺した。合鍵はドアノブに刺したままにしていて、それを佐倉さんが持って行った。その合鍵は、粉々にして捨てたんだろうね。これで密室の出来上がり」


 確かに密室はできた。


「匿名の通報は佐倉さんかな?」

「そうだね~。じゃないと、メッセージが流されちゃうかもしれないし」

「メッセージが残されていたのはどうして?」

「……あのメッセージは、佐倉さんが残したんだよ。自分が捕まるように」

「どうして……」

「どうしてだろうね。それは、二人にしかわからないよ」

「……そうだね」


 灯のこういうところが好きだ。


「事件の話はおしまい。焼き肉屋で脂っこいものをどれだけ食べれるかチャレンジするんでしょう?」

「ん。ありがと」


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