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【短編】多々良静也は真の猟奇ではない

 ひとつ男の首が飛んだ。返す刀でもひとつぽんと飛んだ。

 そうして首のお手玉が始まった。



 それを目撃してしまった多々良は青ざめた。とんだ猟奇事件である。


 落ち着かずにおろおろ隣をそっと窺えば、椎楽(しいら)は平然とした顔でお手玉の様子を見ている。

 なぜこの女はこんなにも落ち着いているのだろうか。多々良にはそれが信じられなかった。

 俺たち、おんなじ中学生のはずだよな?

 不安になったあまりそんなわかりきったはずの現実を疑い始めてみても、多々良の目の前から事件現場が消えてなくなってくれたりはしなかった。


 会場は大盛り上がりで巨男による首のお手玉を見ている。あんなにも残忍な見世物であるのに、熱狂的ですらあった。


 事実、お手玉が始まる前と比べると体感温度は上がっていた。冷や汗だけではない汗が、たらりと頸筋から鎖骨をたどってシャツの内へと消える。


 舞台上で断面からだらだら赤を垂れ流していたふたつの首無しが、黒子によって脇に片づけられていくのが見えた。


 あの五体満足ではなくなった人間であったものたちはどこへ行くのだろう。


 ぐわりと視界の端、そして見えない舞台の端で闇が大きく口を開けたような気がしたのはきっと空目に違いない。きんと指先がすっかり冷えている。寒い。ひんやりとした怖気が両腕の肌を撫ぜていて、多々良は自分の席ですっかり縮こまった。舞台の上をもう見ていたくはなかった。


「し、椎楽ちゃん……」


 隣に座っている彼女の名を呼ぶだけで歯の根ががちがちいった。その一言を震えながらもなんとか声に出すのがいまの多々良の精一杯だった。


「なに? 演技中なんだから静かにしてなよ、キミは静也でしょ」


 この女、正気でこれを言ってるのか。多々良は絶句した。

 たしかに常から名前を持ちネタとしているのは多々良だが、この場でそれを言うのは絶対に椎楽が間違っている。


(なんで椎楽ちゃんがいんのに、蒼井のやつはいないんだよ!)


 椎楽は基本的に男に厳しいため、多々良へのこの塩対応もいつも通りと言えばいつも通りであるが、あの友人には幾分優しい。この場に蒼井がいれば、それだけで多々良への対応もちょっとは軟化したはずである。少なくとも猟奇的現場でこのような放置はされまい。


『おまえと違って僕は習い事で忙しいからね』


 脳内でイマジナリー蒼井がうさんくさく笑んで言った。どうでもいい他人事に付き合っている暇などないということらしい。

 多々良の脳内にいるわりに頭の主人へ簡単に迎合してくれたりしないあたり、かの友人への多々良の理解度は深まっているといえる。あまり嬉しくはない。そんなことより助けてほしい。


「あんまり出来はよくないな……■だからか?」

「え、何て? なんでもいいからもー出ようぜ、もーいいって」


 ぼそりと椎楽がつぶやいたのに、人間の習い性でつい聞き返したが、こういうときに彼女からこたえが返ってくることはないことはここまでの付き合いで嫌というほど理解している。


 とにかく現状からの脱出をもくろんだ多々良が隣へ手を伸ばそうとしたところで、突然、これまで声以外には振り向きもしなかった椎楽と目が合った。

 暗い会場のなかで、彼女の猫目がはっきりとその瞳の輪郭まで見えた。



 らんらんと光る、獣のひかりがそこにあった。






「所詮、キミの頭じゃこんなもんか」






 ジリリリ!


 金属質で毎朝新鮮に不快感を煽る目覚まし時計の音に、多々良はハッと飛び起きた。時計の長針は既に8を示している。遅刻確定の時間だ。


 多々良が夢を見ていた間に家人はみな出かけてしまったらしい。

 ばたばたと用意を済ませて、ぺたんこの傷んだ学校指定カバンをひっつかんで家から飛び出す。ガチャリと施錠の音が鳴ったのに、飛び起きるまで見ていた夢が多々良の頭のなかを通り去っていった。


(な~んかヘンな夢見たよーな気が……?)


 そうだ、この間やったオマジナイの効果が出たのか、オカルト神からのお告げかもしれない! 思い至ったことに、多々良は今日のこれからへの期待に胸をふくらませ……


「って、そーじゃなくてやっべ遅刻だった!」


 ばたばた駆け出した多々良の肩にかけられ揺れるカバンには、愛嬌のないピエロのマスコット人形が結わえ付けられていた。


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