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「で、どうするんだ。進むのか?」

「え? 引き伸ばされてるだけの道なんて進んだって意味がないし、ふつうに森に入るけど」

「は? ……おい、なんで屈伸なんてしてる」

「そりゃ走るからだよ、っと!」


 椎楽はそう言うや否や、有無を言わさず月彦を抱き上げ森へ向かって走り出す。有り体に言えば、それはお姫様抱っこの形だった。人ひとり、しかも自分よりも体格のいい男を抱え上げているとは思えない速さだ。

 森へ踏み入っても椎楽のスピードは落ちるどころかどんどんと増していき、彼女の足はまるで止まることを知らないかのように駆けた。まるで鞠が跳ねるような動きで目の前の地面から大幅に迫り出した根をひとっ飛びで乗り越え、あっちの大木の幹を足蹴に、かと思えば大木の枝から枝へと飛び移るなど、到底人間業とは思えない手段で進んでいく。無理やりに例えるなら猿のような、そんな動物的な動きだ。


 一方、抱え上げられている月彦にとっては目まぐるしく視界が切り替わることに着いていくのがやっとといったところで、そもそも森の中の詳細など知らないために椎楽が何の目的を持って──とは言わないが、どこを目指しているのかの明確な検討はつかなかった。

 恐らく、件の祠を目指しているのだろうということはわかる。

 わかるが、それが一体どこにあるのかがわからない。だのに、椎楽の進み方は尋常な手段ではないとはいえ、明確な目的地がある()()だった。


「おい!」


 びゅうびゅうと耳元で吹き荒ぶ風切り音に負けそうで、月彦は大声を出した。

 抱えられているだけとはいえ森の中を進んでいる以上枝が迫ってくることもあるが、つい、月彦が目を瞑って開けた瞬間には一瞬前よりも随分と先にいる。この分では、そう時が経たないうちに椎楽にとっての目的地に辿り着きそうであるが、そんなのは御免だった。 月彦のプライドが許さないのだ。


「……なに!?」

「これからどうするつもりだ!」

「どうするって……」

「私はどうしたらいいのかと聞いているんだ!」


 風切り音に負けないためという致し方ない理由で大声であることを差し引いても、椎楽の耳に月彦のその声は必死な響きを持っているように聞こえていた。


 蒼井月彦にはアヤカシモノに対する自衛手段がない。

 たしかに月彦は完璧主義でありプライドも高いが、その点に関しては自分が十分に対応できないということをよく理解し、そして年相応に恐れている。それも、椎楽が思っている以上に。かといってその高いプライドによってそれを簡単に表に出すこともないために、椎楽と月彦の意識の齟齬はおそらく永遠に埋まらないのだろう。


「何も!」


 だから、寒凪椎楽はどこまでも端的に返した。

 実のところ、彼女は月彦よりもアヤカシモノに精通しているために、今回の『堕ち神』についていくつかの情報を持っている。そのうえ後天的に得たと言える驚異的な身体能力によってこうして今森を駆け巡ることで、それは裏打ちされたと言ってよかった。

 つまり、月彦と違って、椎楽は何も不安はないのだ。

 そもそも、椎楽にとって月彦が臆病であることはどうでもよく、本人以上にそのプライドの高さを信頼している。だから、「それよりも」などと言ってその話題を一瞬で片付けてしまう。


「それよりさあ、喋ってると舌噛むよー!」

「……だから、私が…!」


 まあいいけど、と声を上げて注意した割に椎楽はどうでも良さそうに独りごちて、それから楽しげに歌い上げるようにして言った。


「はい、とうちゃーく。終点で〜す」

「は?」


 月彦がそれに食ってかかろうと声を荒らげかけるも、突然椎楽がそんなことを言うので面食らって我に返れば、いつの間にやら開けた土地に出ている。

 上を見上げても木々に遮られて太陽もろくに見えないというのに、まるでそんなものはないと言わんばかりに地面は明るく照らされているのが不気味だった。


 そこに、ぽつんと祠のようなものが建っている。


「あれ?」


 言外に祠を椎楽に指し示されて、ようやくお姫様抱っこの状態から脱した月彦は不機嫌に肯定した。


「着いた途端に襲われるのかと思っていたが、そうでもないのか」

「え? あー、蒼井には視えてないんだっけ。結構どろどろだぞ〜」


 けらけらと笑ったかと思うと、ふと椎楽が何気なく月彦の腕を引いた。

 途端、先ほどまで月彦が立っていた地面の草が無くなった。ぶすぶすと植物が焦げたような匂いがする。


「は?」

「お、よかった。よかったじゃん蒼井!」

「何がだ! さっきの、一歩間違えれば死にそうだったんじゃないのか!?」

「あれ堕ち神っていうかただの残滓とかそういうのっぽい! これじゃ別に放置してても今日明日で蒼井が死ぬこともないっしょ。よかったじゃん!」


 森に入る前からずっと背負っていた学校指定カバンの中から取り出したペンケースをガチャガチャと漁りながら、椎楽はあっけらかんと言い放った。その片手はまだ月彦の腕を掴んだままでいる。


「お、あったあった。たぶんこれでいける! 気合いだー!」

「ハサミ? そもそも残滓が何だと……」


 椎楽が祠の近くまでジグザグに駆け寄ったかと思うと、明らかに正規のものではない握り方でハサミを空中にぶっ刺した。


「よしおしまい! さっさと帰ろ〜!」


 それで終わりらしい。


「は? ……待て今何して、あ、おい! 待てっ、抱え上げるな、やめろ!」

「じゃ、行っくよー、しっかり掴まっててね!」


 いきなりの急展開についていけず棒立ちになっていた月彦が情けなくも二度目のお姫様抱っこでの高速移動の憂き目にあったかと思えば、ふたりは今度は一分もしないうちに森の外に出ていた。

 見れば、月彦の腕時計の針は校門を出てから数分程度しか動いていなかった。


「まったく、ひどい目に遭った……。私がいた意味はあったのか?」

「うん、まあね。あったあった」

「……なかったんだな」

「いやフツーにあったよ。キミひとりでいてあたしがいないとこで攫われたりする方が厄介だったからさあ」

「……それもそうか。それで、姫抱きに理由はあったのか?」

「それは蒼井のスピードに合わせてたら日が沈むから……まあ時間軸は歪んでたみたいだけ、ど!」


 突然、椎楽が地面に落ちていた枝を森の方に投げつけた。道との境界線に生えていた一本の木に当たって鈍い音がする。


「どうした」

「うーん、見られてたみたいなんだけどさあ……ひょっとして、あれって蒼井の知り合いじゃない?」

「……多々良?」


 その男子は、枝の当たった木の陰からバツの悪そうな表情で出てきた。


 多々良静也。

 月彦の元クラスメイトだった。


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