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蒼井月彦の場合

「あ~おたん」

「げ」


 正しくひょっこりという擬音そのままに、目の前に逆さまの顔が現れた。顔がうるさい。伏せがちになっていた目をしっかと開けば、どうやら目の前の女は限界まで体を曲げてまで私を覗き込んでいるらしかった。阿呆か?


「『たん』とはなんだ、『たん』とは」

「だァってあおたや、そういうのにとっては垂涎ものっぽいじゃん? わらうわー」

「笑うな。そして『たや』呼びもやめろ。なんだそれは!」


 カチャカチャと音を立てて眼鏡を掛けると、少しばかりぼんやりとしていた世界が鮮明になる。その鮮明になった視界の中で、女は口角をにんまりとでも言いそうなほど三日月にひん曲げていた。


(相も変わらず頭の悪そうな女だな……こんなのが■■だとはまったく、世も末か?)


「あ~! 今あおたや失礼なこと考えたじゃろ。そんな気がする!」

「だから『たや』はやめろと言っている。こっちこそさっきから侮辱されている気がするんだが……私の気のせいか? ん?」

「さあ? どうだろね」

「おまえの話なんだが」

「しーらない。……あ、これダジャレね! ふふん、椎楽(しいら)と知らないで掛けてんの」

「うるさい馬鹿女」

「椎楽ちゃん傷ついたナ。とゆーことで放課後校舎裏まで来てネ! それまでちゃんと生きてたらい~ね、蒼井」


 じゃ、バイビ☆と変わらないウザさのままに女は自分の席へと帰っていった。それと同時にガラピシャリと音を立てて教師が入ってきたのだから、まったく運のいい女である。



 蒼井月彦と寒凪(かんなぎ)椎楽の出会いは、およそ一年前──中学3年の4月まで遡る。これについては、まずこの世界の成り立ちを語らなくてはならない。


 あなたはオカルトの類を信じるか?

 寒凪椎楽曰く、もともと私たち人間や動植物といった生き物の世界と、妖怪のようなこの世のものでないモノの世界は、文字通り分かれていたらしい。が、はるか昔、とまではいかないわりと昔。こちら側と向こう側が衝突して、中途半端に融合、癒着し、結果として視える人間やアヤカシモノ(向こう側のモノの総称らしい)にとっては『月』というものが二つあることになった……らしい。


 それで。

 蒼井月彦は幽かと言っていいほどにしか備わっていない霊感にもかかわらず、性質の悪いアヤカシモノにご馳走的な意味で熱烈に好かれる人間であった。命を狙われ喰われそうになったことは数知れず。それも、ろくに働かない霊感によって狙われていることに気が付くのは常に最終段階になってからというギリギリ具合。もはや14年間五体満足で生きてこれたのは奇跡といって差し支えなかった。そのうえ猫かぶりの完璧人間となっては、生きにくいことこの上ない。


 寒凪椎楽はそんな月彦の世界に突然飛び込んできた異分子だった。私立結豪学園中等部3年に突如として現れた転入生。それが彼女だった。


「ねえねえ、キミ、なんてーの? いや、別に名前は言わなくてもいいんだけどね、キミさあ、エラいのに好かれたもんだね! あたしもここまで酷いのは初めて見たんですけど。いやあ……えっ、酷すぎ。おかしくない?」


 ありがちな好奇心に突き動かされたらしい質問の渦の真ん中にいたはずが、彼女はいつの間にやら月彦の前に立ってそう言った。あとで聞いたところによれば、


「あー、なにが酷いかって? これはまあ、現在進行形でさ……今のあたしにも、蒼井のことが美味しそうにみえるよ」


らしい。この発言の意味を月彦が知るのは、また後の話だ。


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