アクアティック・プリズム
蒼井月彦の話とは別物です。
「魔法少女」「中華」で書きました。
時は新暦685年。世界は混乱に陥っていた。
人類は一度滅び、そのため今現在『人類』と称されるものたちは厳密には『新人類』だといえる。新人類と旧人類──新人類以前の既に滅びた人類のことを指す──のわかりやすい違いといえば、魔力と呼ばれるエネルギーを生まれながらにして宿していることだろうか。
『魔力』。遺伝子に組み込まれてでもいるのか、新人類はそう呼ばれる自由度の高い人体由来のエネルギーを程度の差はあれど保持している。操れるかはまた別の話だが──供給が容易なエネルギーとなれば当然、戦争が起こる。覇権や利権、土地、労働力。さまざまなものを求めて、新人類たちは今もなお戦乱のなかにある。
これは戦乱のさなか生まれた、とある男の話だ。
『666年、世界に災禍が訪れる』
旧人類の完全な滅亡により暦を改められたその年、世界の片隅でひとりの予言者がそう告げた。特段高名というわけではなかった者によるその予言はよく知られずに歴史の波の中に消えていってもおかしくなかったが、何の因果かじわじわと世界へと広がっていき、ついには時の権力者の耳に入るまでになった。かと言って、遠い未来のことだ。予言には年が指定されている以上の具体性は無く、対策のたてようもないし、あたるかどうかもわからない。自然、語り継がれながら密かに来たる予言の年を待つだけだった。
新暦666年、予言に反して世界は何も変わらなかった。特に目立った事件も起こらず、いつも通りの際限なき戦乱だけがそこにあった。
──そして新暦685年、世界は予言されていた災禍の正体を知る。それはまだ19歳だという、大人になりきらないひとりの男だった。予言は正しかった。たしかに666年に災禍は訪れていたのだ──それが生まれ落ちたばかりの赤子であり、何も666年きっかりに猛威を振るうようなわけではなかったというだけで。
男はまず、天才だった。そして悪いことに、世界に絶望してしまっていた。もとが愉快犯のケがあるような人間である。自然、絶望した男は世界に混乱を齎すという方向へ舵を切った。
『魔法少女』を創り出してしまったのはこの男だった。
『魔法少女』と呼ばれる存在を知っているか。
この問は旧日本国領で一時期盛んに囁かれていたものだ。今でこそ公然の秘密となっているが、本格的に台頭する以前は戦場で、胡散臭い新聞の片隅で、うらぶれた廃工場の影で──ひとびとに畏怖をもって密やかに語られていた存在。読んで字のごとく、『魔法少女』。『魔法』の『少女』。
新人類は魔力を生まれながらに宿すが、自由にそれを操ることはできない。そのため当時の戦争では、武器に魔力を込めて発射する、要はエネルギー砲のかたちを取っていた。それに男は手を加え──旧日本国領の武器すべてに、魔力を込めると『少女』が発現するようにしてしまった。曰く、人工付喪神的なもの──らしいが、それを男以外に知るものはいないため、ただの付喪神で通っている。どの武器も例外なく少女のかたちをしていて、男性体はいない。所詮人工の自我であるうえに本性が武器であるために、使用者に従順。となれば自然、旧日本国領内においては『魔法少女』の取り扱いについてなどの論争や事件などが起き、その他の国においては『魔法少女』という新たな武器を手中に収めようと秘密裏に動く。目論見通り世界に混乱を齎した男はその後──
***
「──という、夢を見たんだ」
「やっぱりそうですか。いつものことではありますが……曰く『夢オチは最低』だそうですよ、主」
「これもいつものことだが……遠見はどこからそういう知識を仕入れてくるんだ? 俺はそんなことを教えた覚えはないぞ」
というか『夢オチ』とただの夢じゃ意味が違うと思うが、と男のほうが困惑する。
中国内の田舎とまではいかない、街から少し離れた場所にあるとある屋敷。そこに住むふたりの男女。と言えばラブロマンスが今にも始まりそうなものだが、ふたりきりではないのでどろどろした恋愛的なあれこれはあまり関係ない。
まあ本題でないだけで、その成り立ちにはそういう恋愛的なあれこれは関わってくるのだが──どちらかと言えば、サスペンス映画の類だ。この屋敷にまつわる噂に『チャイニーズマフィアの巣窟である』というものがある、と言えば伝わるだろうか。
もちろんそれは噂であって、真実ではない。ただこの屋敷の主人が、跡継ぎでこそないものの、チャイニーズマフィアのボスの愛人の息子であるというだけであった。
「それはそうとして、『魔法少女』というわりにはかなりセオリーから離れていますね。詐欺のようにさえ思えます」
「……ん? 遠見おまえ、魔法少女を知ってるのか。俺も見たことはないし、この屋敷にもそれ系は無いはずだが……」
「主は知らないのかもしれませんが、世の中には動画配信サービスというものが存在するんですよ」
「オイ、憐れむような目で見るな。俺だってそれくらい知ってるわ!」
男の名は游伯奇。日本語読みであるのは、本人が自身の名の中国語読みをとてつもなく気に入っていないためだ。ちなみに中国語読みで呼びかけられるとことごとく無視し、応えない。ついでに言えばそもそも名前自体を気に入っていない。というのも、『伯奇』という名には獏という意味がある。
もともと人間や動植物といった生き物の世界と、妖怪のようなこの世のものでないモノの世界は、文字通り分かれていたが、はるか昔、とまではいかないわりと昔。こちら側と向こう側が衝突して、中途半端に融合、癒着し、結果として視える人間やアヤカシモノ(向こう側のモノの総称)にとっては『月』というものが二つあることになった──これは、一部のものにとっての常識である。
そして実際のところ、伯奇の母はアヤカシモノである獏ととある日本人の混じり物の子孫であり、またその息子である伯奇も獏の夢を食べる能力を宿して生まれた。そのため、伯奇はその名をつけたチャイニーズマフィアである父親のことを嫌っているし、父親が伯奇に対して何を期待しているのかを理解してしまったために自身の名を「安直すぎる」として気に入っていない。
伯奇たち今どきの獏の力を持つ者たちは食べようと思えばどんな人間の夢を覗くことも食べることも出来てしまうために、なかば自主的に『伴侶と決めたもの以外の夢を食べない』という縛りを課している。伴侶と言っても、それなりに自由度は高い。
現に伯奇は自身の従者である遠見を一方的に伴侶認定している。ちなみに遠見はそれを欠片も知らないのでかなり恐ろしい事態になっているのだが、伯奇に彼女を手放すつもりはない。
「……ていうか、あれは夢じゃなくて遠見が見た平行世界か何かで、それでもってあの男はたぶんその世界における俺だ、って言っても……信じないんだろうなぁ」
「主、いま何か言いましたか?」
「いや、別に何も」
「……そうですか?」
「そーなの。気にするな」
伯奇は遠見のことを一方的でこそあるものの伴侶だと認定しているために彼女の夢を食べ、そしてそのついでに見る。要は件の夢は伯奇が見たものではなく、遠見の夢であるのだ。
そしてそれは夢というより、遠見本人は自覚していないが千里眼のようなもので視た平行世界の光景である。そう考えれば『遠見』という名もなかなか安直だが、これは伯奇が幼い頃に頭を抱えてひねり出したものであるので棚に上げている。
「そういえば遠見、それって何してるんだ」
「魔法少女ものを見たことが無いのに夢に見たという可哀想な主のために、動画配信サービスで探してさしあげています」
「なんでそんなことでおまえに可哀想がられないといけないんだ!? ていうか、そもそも電波あるのか」
「無いですね」
「無いのかよ! ……ああもう、はやく日本に行きてえ……」
「え……主、そんなに魔法少女が観たかったんですか?」
「違うわ! おい、わかってるくせに俺を可哀想なものでも見るような目をするな!」
「そういえば、今日のお昼は主の好きな過橋米線らしいですよ。よかったですね!」
「いや別にそんな言われるほど好きじゃないけど……」
これは、伯奇と遠見が父親の監視下にある自邸と自国からどうにか脱出し、夢の日本へ行くまでの物語である──!
もちろん続かない。