第1章 第3話 嫉妬
「ぽかぽかー」
珍しく一人で風呂に入っていた時雨が下着と上のパジャマを羽織っただけの状態で部屋に帰ってきた。そう。普段は俺が髪や身体を洗ったりしているんだ。それを拒んだということが表す事実は一つ。時雨は怒っている。
「……髪乾かすから座れ」
「うんー」
ドライヤーを握りながらそう促すと、時雨のベッドに座っていた俺の脚の間に入り込んでくる。……おかしいな、結構素直だ。風呂に入って機嫌がよくなったか……?
「化粧水は?」
「やったー」
「ちゃんと下着上下揃えた? 後で確認するからパジャマ脱いで」
「だいじょぶだよー。しぐれももう高校生だよー?」
「そうだけどさ……」
「もうっ、うるさいなー!」
よし、多少反抗的だけど許容内。時雨が怒るとめんどくさいからな……この程度なら充分……。
「ところであの女だれ?」
「…………」
やっぱだめか……。とりあえず髪を乾かしてしまおう。話はそれからだ。
「はいおわり。じゃあ俺帰るから。ちゃんと身体のケアしとけよ」
「質問に答えてもらってないんだけど」
「……ミスコンの参加者だよ。門矢光。俺なら直接接触すれば投票してくれるだろうって算段だったみたいだ」
「ふーん……ほんと?」
「本当だよ本当。それで断ってきた。俺が応援するのは時雨だけだって。信じられない?」
「ううん。すいせーを信じないなんてありえない」
下手に嘘をついても仕方ないし、嘘をつく理由もない。正直に学校であった出来事を話す。
「ミスコンかー……。その人しぐれに勝ちそう?」
「可能性はゼロじゃないな。下手だけど本気なのは確かみたいだ。その時点で油断はできない」
「じゃあすいせーは勝てると思う?」
「現時点じゃありえないと思うけど、文化祭は9月で今は6月。まだ時間はたっぷりあるし、長い歴史のあるミスコンで連覇を成し遂げた人はいない。そこがどうなるかだな」
「そうじゃなくて。すいせーはどっちに勝ってほしいの?」
「答える必要もないだろ、そんなの」
別に話をはぐらかしていたつもりではない。敵の評価を正確に伝えたかっただけ。だが時雨はそんな答えを求めてはいなかった。
「えいっ」
時雨が突然振り返り、俺の両腕を掴んでベッドに押し倒してくる。俺でさえたまにハッとしてしまうくらい綺麗な顔が目前にまで俺に迫ってくる。
「ミスコンなんてどうでもいいよ。絶対にしぐれが勝つんだから。しぐれが怒ってるのは、すいせーの裏切り」
「別に裏切ったわけじゃ……」
「すいせーはしぐれので、しぐれはすいせーのなんだから。……他の女の子となんて、話さないでほしい。だから……」
俺の眼鏡を外し、強引にキスをしてくる時雨。根本的に時雨は非力。マウントポジションを取られようが、余裕で引き剥がすことはできる。だが時雨は普段俺の言葉に従わざるをえない。たまには時雨の好きにさせてあげないとストレスが溜まるだろう。元々嫉妬深い性格だしな。
「ん……んぅ……」
「……ストップ。電話かかってきた。十中八九お前当てだ」
「ぷはぁ……っ」
時雨を引き剥がし、相手を確認する。やはりクラスメイトの女子。時雨のスマホも俺のと同じく震えている。
「たぶんくだらない話だと思うから適当にあしらうぞ。いけるか?」
「……うん」
不満げにしている時雨にスマホを渡し、俺はイヤホンをつけてパソコンを立ち上げる。時間は20時……まだ時雨も集中力が持つだろう。
「もしもし、どうしたの?」
「あ、もしもし時雨ちゃん? 明日の放課後みんなでカラオケに行こうって話してたんだけどどうかな?」
『女子の人数次第』
「んー、誰来るの?」
「クラスのいつメンと、他校の男子何人か! 変なことしないから安心して!」
『知らない男と話すの苦手。みんなとならいいよ』
「そっかー。でもごめんね、知らない男の人と話すのちょっと緊張しちゃって……それにカラオケなんて楽しいイベント、仲のいいみんなとだけでやりたいよ。だから別の機会に誘ってくれたらうれしいな」
「そうだよね! じゃあどうしよっかなー……」
『話を明日の小テストに変えろ。他校の男は時雨狙いだろうだからしつこいぞ』
いつものようにパソコンで指示を出しながら会話を操る。これが俺と時雨の日常。他人からの評価のために、自分を捨てる。それが俺たちの夢のための決断だ。
「ぅえーごめんすいせー! 断り切れなかった! すいせーには他の女の子と話さないでほしいなんて言ったのにさいてーだー!」
「気にすんな。断りすぎるのは悪手だからな」
通話が終わり、時雨が俺に泣きついてくる。ずいぶんしつこくて結局カラオケに連れていかれることになってしまった。まぁ途中から俺が時雨の評判が下がるのを危惧して行かせるよう誘導したんだが。
「たぶん大丈夫だろうけど何かあったら事務所の名刺見せろ。まともな奴ならそれで退く。それと男とのツーショットだけは絶対に避けろ。将来的に面倒だ。会話はいつも通りテンプレを組み合わせて凌ぐんだぞ」
時雨は既に何社もの芸能事務所から声をかけられている。いつかは芸能界入りするが、現時点でそれを断ってるのは、俺がまだ高校生で関与できないから。名刺だけはもらっておいて、男避けに使わせてもらっている。
「つかれたー……もう寝る」
「そっか、おつかれ」
「後で電話するから寝るまで付き合ってね?」
「わかってるよ。じゃあまた明日な」
「うん。ママとパパによろしくね」
「はいはい」
ベッドに横になりながら手を振る時雨に別れを告げ、時雨の家の階段を下りる。
「……はぁ」
やはり今日も駄目か。まぁそれはいい。仕方ない。もう既に諦めたことだ。
「おじゃましました」
俺は時雨以外誰もいない家に挨拶し、隣の自宅へと帰った。
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