第1章 第2話 プロデューサー
「1年A組門矢光と言います。ミスコンではぜひわたしに清き一票をお願いします!」
突然俺の前に現れた1年生が頭を下げながら俺に手を伸ばしてくる。……色々言いたいことはあるがとりあえず。
「なんでわざわざ俺に?」
「それは……えと……黒魚水星先輩のことが気になったから……です」
「そういうのいいよ。俺に嘘は通じない」
常日頃から嘘の塊を相手にしているんだ。この程度の中途半端な猫かぶりを見抜けない俺ではない。すると門矢は気まずそうに目を逸らしつつ、ポツリとつぶやいた。
「……学校一の陰キャなら個人的に話しかけたらコロッと落ちるかなって……」
「なるほど。作戦としては悪くないな」
俺は時雨ほどではないがそれなりの有名人である。その意味合いは時雨とは正反対。校内で一番のイケてない存在としての知名度だけど。まぁ常にパソコンを弄っていて、友だちもおらず、卑下されても何も言い返してこない眼鏡男だ。その評価は妥当と言えるし、門矢の作戦は普通なら成功していただろう。だが残念。
「俺は学校一の陰キャで、学校一の常盤時雨のファンだ。君を応援はできないよ」
これで話しは終わり。時雨が心配だし教室に戻ろうとすると、門矢が俺の制服の袖を引いた。
「ど、どうですか……? ドキドキしたでしょ……?」
「しないよ」
「お願いです! どうしてもミスコンで1位になりたいんです! わたしに投票してください!」
「……気持ちはわかるけどさ」
光森高校はなんてことはない、知能が幼稚園で止まっている時雨がなんとか入学できるレベルの普通以下の高校だが、文化祭で行われるミスコンだけは相当な知名度を誇っている。
過去の優勝者が何人も女優として活躍しているし、今では毎年ネットニュースになるほど。ミスコンのために入学してくるかわいい女子も多いが、今年に関しては初めて聞いたな。
「悪いけど今年も優勝は時雨がもらう。君は時雨が卒業した後の3年の時にがんばってくれ」
門矢光も例年なら充分優勝できるポテンシャルはある。男ウケしそうなかわいらしい顔立ち。あざといながら似合っているツインテール。庇護欲を掻き立てられる小さな身体。単純なかわいさなら時雨にも対抗できるだろう。だが格が違う。ただかわいいだけの女に俺の時雨が負けるはずがない。
「お願いします……優勝したいんです……人気者になりたいんです! あのかわいくて完璧な時雨先輩に勝てば絶対バズるんです! そうすれば今やってるチャンネルも登録者激増……配信者として生きていけるだけじゃなくて女優にもスカウトされて……あれだけかわいければきっと時雨先輩も同じ舞台に立つでしょうからずっとマウント取れますし……なんでニヤニヤしてるんですか!?」
「あぁごめん……言っただろ? 時雨のファンなんだ。時雨が褒められたら自分のことのようにうれしい」
「はぁ……もういいです。せめてチラシだけでももらってください。それで友だちに……あぁいないんでしたっけ」
「ほっとけ。まぁもらうだけもらって……」
門矢からチラシをもらって立ち去ろうとしたが、そうはいかなくなった。いや、我慢できなかった。
「このチラシでよく時雨に勝とうとしたな!?」
渡された紙はもはやチラシとも呼べない。ただ無機質な文字でプロフィールや趣味なんかが書かれているだけの、どちらかと言えば書類に近い代物。こんなので何のアピールになるんだよ……。
「こういうので大事なのは必死感だ。印刷してもいいから手書きっぽくして目立つようにカラフルにしろ。あとせっかくかわいいんだから写真も載せて……配信者もやってるんだっけ? だったらQRコード載せてSNSにも誘導できるようにして……でもあんまり派手だと読む気なくなるからそこはバランス考えて……」
「…………」
……やってしまった。ポンコツ感が時雨と似すぎていて、ついアドバイスなんてしてしまった。……門矢光の瞳が、光っている。
「やっぱりわたしのこと気にかけてくれてるんじゃないですか! どうです!? わたしのプロデューサーやってみませんか!? わたし絶対に有名になりますから! きっと将来大金持ちになれますよ!」
「やらないならない」
「先輩才能ありますよ! アドバイス的確ですし、想像してたよりずっといい人ですし! お願いします! わたしを助けてください!」
「知らない助けない」
「いいんですか!? このままだと一生冴えないまま人生終わっちゃいますよ!? 一度きりの人生なら輝きたいじゃないですか! 幸せになりましょうよ!」
「いいんだよそれが俺の人生だ!」
3限開始の鐘の音を聞きながら教室に逃げようとするが、門矢がずっと追ってくる。いやでも関係ない。教室にさえ入ってしまえば……。
「何をやっている。もう授業は始まってるぞ」
「…………」
教室の扉を開けた途端、強面の教師が俺を睨みつけてきた。そうだった……3限はクソ厳しい化学の森だった……。
「……すいませんでした」
「すいませんじゃないだろ!」
普段から俺にやたらと厳しい森は俺を逃がしてくれない。俺が言い返せないのをいいことにひたすらに詰めてくる。
「だいたいお前は普段の行動が駄目なんだ。友人も作らずパソコン弄ってばっかで社交性ゼロ。お前みたいな人間が将来犯罪を犯すんだ。常盤を見ろ。あいつはお前と違って授業を真面目に受けて友人も多く、誰からも慕われている。正反対のお前に常盤のようになれとは言わないが、少しは見習ってみたら……」
「……あの!」
……まずいな。時雨が立ち上がってしまった。今はパソコンないからな……スマホで指示出すか。だがそれが森の逆鱗に触れた。
「なにスマホなんか出してるんだ! 没収だ没収! いや今日こそお前の性根を叩きのめしてやる! 今日の授業はお前にとことん人間性というものを叩きこんでやるからな! どうしてお前のようなクズとあの常盤が同じ高校に通えているんだ! いいか、お前のようなゴミ人間はな……」
「すいせーに……!」
こちらに向かおうとする時雨を手で制す。どうせこれで森の怒りがさらに強まるだろうが、別にいい。俺がどれだけ貶されようが、貶められようが。大事なのは時雨のイメージだ。他の生徒が相手なら庇うのはアリだが、相手が俺では話が別。ゴミ掃除は大事だが、ドブの中での清掃はイメージが悪くなる。
そう……これでいいんだ。俺のことはどうでもいい。俺と時雨の約束のためなら。俺がどれだけ傷ついたって……。
「……おかしいですね。時雨先輩が褒められてるのに全然笑えてないじゃないですか」
俺に詰め寄ってくる森の前に、小さな身体が立ちふさがる。
「なんだお前は!」
「わたしを知らないとはかわいそうに。将来後悔しますよ。せっかくわたしと同じ高校にいたのにって」
自信過剰にそれでも震えながら。門矢光は叫ぶ。
「黒魚先輩はわたしのプロデューサーです! 彼を傷つけさせはしません!」
……さて。まずいことになった。俺には時雨しかいないのと同じように。
「プロデューサー……?」
時雨には俺しかいないというのに。
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