第1章 第13話 トップ3
「あわ……あわわわわ……」
岩場に隠れた人気のないビーチに時雨の慌てふためく声が響く。最悪だ。光にバレたどころの騒ぎじゃない。
顔出しゲーム実況で人気を博す陰キャの星、宝田にこ。インフルエンサーとして多くの陽キャの支持を集める寺門天。時雨も含め、昨年度のミスコンの上位3人。通称トップ3に、俺と時雨の関係がバレてしまった。……いや、まだ間に合う!
「な、なんのことだよ……。別に俺はしぐ……常盤さんとなんて何の関係も……なぁ、時雨……!」
「そ、そう! 別にすいせーとはなんにも……! ちょっと大好きで幼馴染で家が隣で毎日一緒にいてプロデュースしてもらってそれでそれで……!」
「し、しぐ……常盤さん……その、ほんとにやばいから落ち着いて……!」
「ひ、ひぇっ、ぁぁぁ……どうしよすいせー……!」
駄目だ……俺も時雨もテンパって何が何やら……! 終わった……! 宝田も寺門もミスコン優勝にそれなりの覚悟を持っているはず……! そこに降って湧いてきた時雨のスキャンダル! いやミスコンだけじゃない……今後の人生! 男との繋がりはアイドルとしての時雨の命を確実に刈り取る!
「ごめんなさい誰にも言わないでください何でもしますから!」
結局俺にできることは土下座しかなかった。それでも駄目だったら……無理矢理にでも……!
「いや土下座とかいなくていいよ。こんなこと話しても誰の得にもならないしね」
そう言ったのは、鮮やかなブラウンの髪が目を引く派手な水着を着た寺門。土下座する俺の肩をポンポンと叩く。
「そーそー。時雨っちに優秀なバックがついてるのは元から知ってたしね~。まぁ黒魚くんだってのはちょっと驚いたけど、可能性の一つだったもん。黒魚くん自動読み上げソフトいつも開いてるし、時雨っち耳気にしてるし。あんまりにも話さないから気のせいかと思ってたけど、納得納得~」
まるでアニメからそのまま飛び出たようなピンク色のふわふわした髪をした宝田が、身体を隠すパーカーから伸びた白い脚を動かして時雨のもとへと駆け寄る。
「それにボクたちライバルだけど~友だちじゃん! 今後は隠し事なしで頼むぜ~?」
「す、すごい……光ちゃんみたいに脅したりしない……大物だ……」
「なんで急にわたしをディスったんですか?」
な、何はともあれ……とりあえず大丈夫……いや、安心はできない。表面上はうまく取り繕っても、裏では何をやっているのかわからないのが芸能界。俺だけは警戒を続けないと……。
「つかさ、黒魚この臨海学校参加してたっけ? バスん中見かけなかったけど」
「いや……自費で来た」
「は? なんで?」
「俺みたいな陰キャがこんなイベント自主的に参加するわけないだろ」
「マジ!? ははっ、誰もそんなこと思わないって!」
「あんたはそうかもしれないけど……ちょっとでも時雨との関係を疑われたくないんだよ」
「ふーん。まぁ何となくわかるよ、黒魚の言いたいこと。何となくだけど」
「……そうか」
さすがは真の陽キャ、寺門天。初めての会話なのにいやに話しやすい。
「あんたらここで何やってたの? えっちなこと?」
「……写真撮影」
「えっちなことじゃん」
「そんなんじゃないって……」
「ちょっと見せてよ」
「まっ……!」
しかしやはり陽キャは陽キャ。俺の都合なども関係なしに悪びれもせずデジカメを奪っていった。
「ふーん……ちょっとにこ、こっち来て!」
「なんじゃらほい」
寺門に呼ばれ、宝田とついでに時雨もカメラを覗き込む。……光森トップ3が揃って俺が撮ったデータを……なんか緊張するな……。
「どう思う?」
「よきよき。ていうか実写はそらっちの領分じゃん」
「一応確認しただけ。オッケーっしょ?」
「モチのロン。黒魚くんもボクたちの弱み握ってた方が安心できるだろうしね」
よくわからない会議を繰り広げていた2人が俺にカメラを返してくる。本当に綺麗に撮れた時雨が表示されているカメラを。
「黒魚さ、最近3年の連中がなんか企んでるの知ってる?」
「ああ……知ってる。下級生潰しだろ?」
「そーそー。今年のミスコンの参加者に3年が極端に少ない理由。それについて話すためにそらっちと人気のない場所に移動してたんだよ」
今年のミスコンの参加者は22人。例年の半数ほどの人数だ。その理由は時雨の存在に負けるのを恐れた1年が参加をやめたからだと思っていたが……それだけではないようだ。
「この際だから言うけど、俺は光森のネット掲示板の管理人をしてる。だから……これも秘密で頼みたいけど、パスワード付きの板でも覗ける。そこで提案してたな……3年限定の掲示板で、一昨年優勝した泊進美が。自分一人に投票してくれって」
「そう。あたし友だち多いんだけど、最近相談されるんだよ。1年とか2年のミスコン参加者に。部活の上級生からミスコン辞退しろって」
「ほら、みんなネットリテラシー低めじゃん? だから掲示板に秘密の情報書く人も多いんだけど、それで脅されてね。3年に掲示板の管理人がいる。お前らの秘密は知ってるぞーってね。黒魚くんが管理人なら安心だ。いや安心って言ってもあの掲示板結構お粗末だよ? セキュリティ対策ちゃんとしてる?」
そんなのしてない……と言いたいところだが、今はそんな話をしている場合ではないだろう。つまりこの2人はこう言っているんだ。
「俺たちも協力して3年を潰そうって話だろ」
「そー。別に投票操作は仕方ないけど脅迫はちょっとねって感じ。実は時雨っちには相談しないつもりだったんだよね。ネットに強いバックがいることはわかってたから裏切られそうだし、ある意味何考えてるのかわからないから」
「でも時雨のために自費で海に来て土下座までするようなファンがバックなら、信用できる。何より時雨の写真……いつも本当によく撮れてるから。仲間にできるなら、こんなに心強い人はいない」
……わかってないな。こいつらは。あまり俺たちを舐めないでもらいたい。
「時雨にとって3年なんか敵じゃない。不安なのはお前ら2人だけだ。そいつらに手を貸す理由がどこにある」
「「秘密」」
「ぐぁぁぁぁ……!」
やっぱり……やっぱりこういう世界にいる奴らは信用できない……!
「あたしらは時雨たちの秘密をバラさない」
「その代わりー。黒魚くんの力、ぜーんぶボクたちに貸してほしい!」
「……予選まで……予選で3年を全滅させるまでだ……!」
光に宝田に寺門。俺たちの秘密を知る人物もずいぶん増えてしまった。それでもやることは変わらない。
「勘違いするなよ……俺が協力するのは全部時雨のためだ……!」
「いいよ、決まり」
「よっし円陣だー!」
しかしこの時の俺は気づいていなかった。いや、伝える努力を怠っていた。自分だけのアドバンテージを失ってしまった、現時点での敗北者。光の心に。




