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第七話

 僕たちは校庭を壁沿いに走った。鬼たちの来る方位とは反対へ動きながら、時々突っ込んでくる鬼からは分裂することでことなきを得た。だが、ヴァンが言っていたように、この手法は既にやり尽くされていたのだろう。通用するのは最初だけであった。

 鬼たちはあからさまにこちらを分断しようと動いていた。鬼のひとりを囮として寄越し、ふたりずつ別れたところを囲んでこようとする。その所為でカナデ、ヴァン、アリアが一回ずつタッチされてしまった。

 しかし誰ひとりとして人間に成りそうもない。やはり鬼たちは、王冠が一個ずつ揃うまでは固まって動き続けるようだ。あとひとり、僕がタッチされたら全員に王冠が行き渡ることになる。もしそうなったら、鬼たちはどのように動くだろう?

「もしかすると、──いや、過去の経験から言わせてもらうなら、奴らはてんでばらばらに動くだろうな」ヴァンは息も切れ切れに、「あくまでも勝利条件は人間になることだ。鬼たちだって、自分が人間に成るに越したことはないだろう。それに加えて、休み時間終了時点で人間でなければならないからな。すぐに人間に成っては、タッチされて鬼に戻される可能性もある」

「だからばらばらに散って、終了間際に追い込みをかけてくる?」

「多分。その方が相手にとって都合が良い。今まではそうだった。これよりも最適なやり方はあると思うから、同じ方法を取るとは限らないけど」

「だったら、それまではどうにか時間稼ぎをするしかないね」

「イワシ作戦は、それにぴったりのやり方なんだ……このまま行こう」

 しかし、ヴァンは運が悪かった。分断を図ってきた囮のひとりを避けようとしたが、ほんの僅かな差でタッチされてしまった。彼は鬼となり、人間は三人だけ。

 僕は振り返り、ヴァンを見た。鬼になったばかりだから、彼は王冠をひとつも持っていない。もし、と考える。もし僕が無傷のまま逃げ果せ、その上でカナデやアリアが鬼となったら……?

 人間は僕ひとりになってしまう!

 しかも、それからも人間になれるのは常にひとりだけ。ルールの破綻はここにあった──勝者がひとりになってしまう可能性があるのだ。それだけではない。鬼の狙いがひとりに絞られてしまい、逃げるのが難しくなる。

 ならば、カナデやアリアが鬼になるよりも自分がタッチされた方が良いのではないか。そう考えて、ヴァンの伸ばした手がカナデに触れそうな瞬間、僕は自然と彼女を庇っていた。僕とヴァンは一度立ち止まり、王冠のやり取りをする。

「これから鬼はどう動く?」

「さあな……。どうなるかは、これからのお楽しみだ」ヴァンは王冠を受け取ると、「さあ十秒間手を挙げるんだ、その間は誰も追いかけてこない。良いか、十秒だぞ」

「わかった」

 僕は走りながら、時計を見る。十秒というリズムなら、このゲームをしているうちに、人の捕まったところを見ていて覚えてしまった。だから十秒のカウントのために、時間を確認したのではない。休み時間終了まで、後どれくらいだろう……僕らが勝つにはどれだけ逃げ延びれば良いのだろう、と思ってのことだ。

 時間は残り僅か一分にまで差し迫っている。勝ちは見えた。僕は鬼の目を気にせず最短距離で人間ふたりと合流すると、十秒後にはちゃんと手を下げる。

「もう少しで休み時間終了だ。このまま頑張ろう」

「うん」カナデが言った。

 アリアは無言で笑ってみせる。

 時間を気にし出したのだろう、鬼たちが必死になって散り散りになって追い込みをかけてきた。もはや逃げ道はない。僕らはじりじりと後退しながら、その時を待った。

 チャイムが鳴り響く。

 時計は休み時間の終了を告げた。

 僕はふたりを見る。アリアがその場にへたり込んでいた。胸から王冠がなくなっている。ギリギリのところでタッチされてしまったらしい。

「あともうちょっとだったのに!」彼女は悔しそうに言った。

 人間は僕とカナデともうひとりを加えて、三人だけであった。

 ヴァンがやって来ると、「どうだった?」

「楽しかったよ。まさか、人間が減るように設定されているとは思わなかったけど」

「このルールを作った時は、俺もまさかそんなことが起きるとは想定してなかった。やっぱり、理論と現実ってのは別物なんだな。やってみなければわからないことが多い」

「確かにね」

 ふと、遠くからネイアの声がした。そちらを向くと、彼女はそろそろ帰ろうと僕らに言う。

「帰るのか」

「うん。もう休み時間も終わったんでしょう?」

「ここで授業を受けていくのはどうだ。休み時間なんか見学にならないだろ」

「まあね。でも、今日食べる分の狩りをしないと。銃の腕も鈍っちゃう」

「……そうか」

 ジョークのつもりだったが、ヴァンは気を落とした。

「また来なさいよ」アリアが僕を小突きながら言う。

 僕は笑って頷くと、「それじゃあ、またね」

 保育所を出てからも、彼らは見送りに来てくれた。

 軽くなったからか、帰りの馬車はからからと軽い音を立てて走っている。荷台にてグリットは無口なままだったが、ミルドレッドとカナデは楽しそうにお喋りに興じていた。僕は心地良い疲労感に満たされながら、またひとつ増えてしまった年輪を意味もなく見つめ続ける。

 そう言えば、とカナデを見た。それから、あり得ないなと思い直して、仰向けに倒れ込む。空はまだ青いまま。帰ったら、またカナデに銃を教えよう。そう考えて、目を瞑った。

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