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エピローグ

 それから僕は失ったものを取り返すように二年の月日を生きた。それは何の変哲もない毎日。朝が訪れて、昼を経由し、夜へ到る。同じような時間が繰り返される、退屈な──それでいて小さな幸せに満ちた、望ましい日々だった。

 長命種との暮らしはカナデのお陰で慣れているものと思ったが、環境が異なっているからか、常識もまた変わっていた。僕にとっては毎日が新発見で、驚きの連続だったが、彼らにとっては普通のことなのだろう。

 僕はアリアたちに話したような体験談を、物語として纏め、残すことにした。彼らは情報を得たとしても老化には繋がらないから、安心して記録できる。これが何かの役に立てば良い。或いは、暇つぶしくらいにはなるかもしれない。

 年輪が積み重なり、いつしかアリアとヴァンのように躰は次第に動かし辛くなっていった。水を飲むのも一苦労で、段々と朽ち果てていく自分というものを想像するようになった。不思議なのは、それが充足感に包まれていたことにある。きっと僕は、自分の行いを受け入れられたのだろう。死は怖くなかった。

 未来がないと悟ると、次第に過去に想いを馳せるようになり、ベッドの上で眠りながら、記憶の中に浸る。


 思い出すのはカナデとネイアの三人で暮らした日々のこと。訓練学校での騒がしい毎日。そしてこの街の──静かに優しく流れていく時間を、夢のような心地で幸福を感じるのだった。

 人との関わりの数だけ思い出がある。


 名も知らぬ母のこと、

 ネイア、

 カナデ、

 ヴァン、

 アリア、

 レル、

 リッケ、

 ミルドレッド、

 グリット、

 ノルン、

 デミアン、

 フォルド、

 そして、ジョウ。


 彼らのお陰で僕の人生は彩られていた。


 今までの喜びも、苦しみも、恐らくはこの日のためにあったのだろう。僕は諦めることなく乗り越え、そうして辿り着いた。この達成感を味わうために、充実感を得るために。

 もはや年輪の痛みも和らいでいた。麻痺したのだろう。躰が死を受け入れ始めているのだ。天井を見つめる視界を、目蓋で覆う。

 気がつけばカナデが隣に立っていた。彼女はもう二十歳を超えて、美しく成長していた。薄目を開けて、彼女に微笑みかける。姉は泣きそうに僕の手を取り、冷たくなりつつあるこの躰に温もりを分け与えてくれた。

「大丈夫?」カナデは手に力を込めて言う。

「ああ……」

 自分の喉から漏れ聞こえた、その嗄れ声に笑いそうになった。まるで僕は老人みたいだな、なんて他人事みたいに。

「何か飲みたいものはない?」

「何もないよ、ありがとう」

 カナデはふとした瞬間に僕が逝ってしまうのでは、と懸念しているのかもしれない。延命するかのように世話を焼き、何かと、して欲しいことはないかと聞いてきた。僕はその度に申し訳ないなと思いながら、大丈夫だよと声を掛け続ける。

 ヴァンたちもこんな感覚を味わっていたのだろうか。聞いてみたかったけれど、側にはまだ元気な頃の彼らしか立って居ない。朧気な記憶が入れ替わり立ち代わり、目紛しく頭の中を駆け巡る。

「お前は、正しい」

 唐突にそんな声がして、僕はカナデの後ろを見た。ジョウが立っている。彼は憑き物の落ちたような顔で、にこやかに笑っていた。

 そうだろうとも。僕は心の中で応じる。

「この道を進んできて良かった。姉さんの成長が見れて……幸せそうな顔が見れて──」

 笑おうとして、咳き込んでしまう。背中に手が入り込んで、さすってくれた。手振りでもう大丈夫だと伝えると、僕はベッドに姿勢を直す。

 カナデは唇を噛み、目に涙を浮かべていた。

「悲しい顔を最期の記憶にさせないで欲しいな」

 僕は口角を持ち上げる。上手くできたかどうかはわからない。彼女は小さく頷き、微笑んだ。僕は安心して、眠りにつこうと思って、ふと思いついた。と言うよりは、模倣に近いかもしれない。

「良ければ、姉さんの話が聞きたいな」

「話?」

「うん。眠る前に、ひとつでも多く記憶を入れたくて。ほら、僕は三年間眠っていたでしょう。その間の話とか、ネイアたちと暮らしていた時の話とか、して欲しいんだ」

「わかった」

 透き通った綺麗な声が、子守唄を歌い上げる。耳を傾けながら、僕は自分の息が浅くなっていくのを感じた。徐々に視野が狭くなって、目の前は暗くなっていく。とても眠い。心地良い眠気だ。


 僕ら短命種はいずれ消えてなくなり、カナデたち長命種が後を継ぐのだろう。

 ある意味では、収まるべきところへ収まっていったわけだ。

 悲しいと思うべきか、それともなるべくしてなった、と肯定すべきなのかはわからない。

 ただ、物事は容赦なく移り変わっていくものだ。仕方ないとしか言いようがない。それに、と思う。僕らの祖先は本当に生贄だったのだろうか?

 間引きのために短命種となったのは、確かにその通りなのだろう。けれど彼らはそれと知った上で、超人を目指したのではないだろうか。どうしてそういうふうに思ってしまうのか、わからない。

 ただこの人生を最期まで生き抜いてみてわかったことがある。僕たちは運命に負けなかったのだ。死んでいたかもしれない過去を乗り越え、ジョウという試練からカナデを守り通し、アリアとヴァンを見送った。

 納得のいく人生を送ったつもりだ。

 酷い境遇だからと、僕は被害者面したくない。

 だからもし、短命種たちがいずれ絶滅してしまうとしても、それを悲観したくはなかった。


 その代わり僕は祈る。

 せめて、彼らの未来は良いものでありますように、

 僕ら短命種の終わりに安らぎがありますように、

 皆に幸せが訪れますように、と。


 声は、まだ聞こえている。


 人を安心させる、良い声だ。心がふわりと軽くなったように、自然と躰から力が抜けていく。それはまるで、僕を拾ってくれたあの日みたいに── 安心して、眠れそうな気がした。


「ありがとう、おやすみ。良い夢を」


 ……。

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