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第五話

 車輪が軽やかな音を立てて、転がり続ける。塗装された道を、馬車は緩やかに進んでいた。ネイアとカナデのふたりは御者席に座っている。そこには庇があるから、眩しい陽光に目を細めることもない。けれどここ──荷台部分は違う。容赦ない直射日光に晒されて、僕は秋というのに暑さを覚え始めていた。

 或いはそれとも、荷台には多くの人間が詰め込まれていたからだろうか。僕以外にも同じくらいのレベルであろう子どもたちが、皆押し黙って座っている。更には大人であるミルドレッドや大柄な男──名はグリットと言うらしい──も同席していた。

 お陰で隙間に余裕がなく、じっとしているのも一苦労だった。

 さて青空の下、馬車はどこへ向かっているかというと、ネイアの職場である。

 昨日──ネイアが僕に教えた仕事内容は、こちらの理解した内容とは、どうやら少しばかり意味合いが違っていたらしい。というのも、あの後すぐにミルドレッドが、

「いやいやいや! 奴隷じゃないですよ、姐さん!」と、慌てて否定していたのだ。

「ん……そうか、言葉の綾だな」ネイアは顔を上げ、ミルドレッドへ言った。それから僕へと向き直り、「私たちは孤児を拾って、兵士に仕立て上げている」

「違くはないけど表現が悪いって」

 隣でミルドレッドがもどかしそうに髪を掻き毟る。僕はといえば、何と言いたいものか要領が掴めず、ただ今困惑していますよ、と表情で訴えるくらいしかできなかった。

 ネイアは目線を上に、表現を探しているようだったが、すぐに諦め顎をしゃくり、ミルドレッドに投げる。彼女は不満そうにうへえ、と声を漏らしてから、

「えっと……そうですね」空咳を挟んだ後、「さっきまでの言い方には語弊しかなかったので、どうか忘れてください」

「どうやって?」僕は首を捻る。「それと、どうして僕に敬語を使うの?」

 ミルドレッドは唇を尖らせて、「何と言うか……君の雰囲気?」彼女は顎に手をやると、「いや、特に意味はないよ、忘れて。良し、説明するけど──」

 曰く、この国では成長の呪い── 呪いという表現が適切かどうかは、その正体が見えない以上、便宜的なものだ──が蔓延しているらしい。

 老化してしまう条件は、以前説明された通り、主に何かを経験すること。例えば狩りであったり、知識を吸収すること、他にも普段の暮らしに必要な行為──食事や睡眠といったことですら、反復すればレベルは上がってしまうわけだ。また、気をつけなければならないのは、命を作ったり奪ったり、という行いにはかなりのレベル上昇が見られる──というのは、既に知っていることである。

 問題なのはここからで、この呪いのお陰で国民の多くは、できるだけ動かないよう、部屋で引き籠るようになったらしい。

「私たちはいわば、この国に仕える人間なの。私は保安部警備課の課長でね、グリットは保安部長。ネイア姐さんは多分、公僕と言いたかったんでしょうね……」とはミルドレッドの勝手な推察だ。「誰もが動かなくなったとはいえ、国を動かさなくては、人死にが出てしまう」

 ほら、誰も農業を営まなかったら、食べ物は手に入らないでしょう、と彼女は言う。

「国民のために、私たち兵士はインフラストラクチャーを整備しなければならないんです」

 いつの間にか敬語へと戻っているのも気になるが、

「ミルドレッドは兵士なの?」

「ええ、そうですよ」

「誰かと戦うわけ?」

「ううん。戦うだけが兵士じゃないからね」ミルドレッドは微笑を浮かべた。「一番の目的は国民の安全を守ること。そして、インフラの整備。そのために色々なことをしていますよ」

「例えば?」

「そうね……、例えば小麦を作る人が居たり、それを料理する人が居たり、料理を人々に配給する人が居たり──」隣のグリットを見て、「山賊や暴徒を鎮圧する役目とか、本当に色々あるかな」

「ふうん──」僕は頷いて、理解したと示す。「話の腰を折ってごめんね」

 ミルドレッドはいえいえ、とにこやかに応じた。

「とまあ、これだけの仕事があるわけです。並大抵の人員じゃ足りません。その上、私たちには呪いがあるわけですよ。ただでさえ人手が足りないというのに、すぐに老化してしまうわけですから、人的消耗が激しいことこの上ない」彼女は大きくため息を吐くと、「だから、やむなく人員を補填しているんですよ……」

 拾うのは主に志願者だという。が、そのような人材は稀有であるらしい。それもそのはずで、

「こんな仕事、死に一直線ですからねえ」

 なんて、ミルドレッドは年輪を尻目に、他人事のように笑っていた。

「じゃあ人はどこから持ってくるの?」

 無いなら作れば良いじゃないか──と、一瞬だけ悍しい想像をしてしまい、僕は嫌な気分になった。もしそうだったとしたら、と怯えたけれど、彼女の答えはまったく別もので、

「……孤児を拾うんです。これは本当に不思議なことなんですけれどね、一定数子どもが見つかるんですよ。外に捨てられていたり、ひとり彷徨い歩いたのか、孤独な子とかね」カナデを脇目に、そう話す。

「じゃあ僕もそのために?」

 ネイアを見据えると、彼女はふるふると首を横に振った。

「普段ならそうだったかもしれないが、カナデがうちで育てようと提案したんだ。だからお前は私の家族だよ」

 僕は思わぬ答えに、返答に窮してしまった。多分、安堵したのかもしれない。それとも、嬉しかったからだろうか。

「で、ですね」ミルドレッドは説明を続ける。「孤児を拾って、ある程度のレベルになるまで、保育所で育てるんです。それから充分育ったと見えたら、寮付きの訓練学校へ送って、兵士になって貰うんです」

「えっと、拒否権は?」

「へ?」

 ミルドレッドは呆気に取られた様子で、目を剥いた。僕も困って、何も言わない。暫く静かな時間が流れる。彼女は気を持ち直すと、

「そんなこと考えたこともありませんでしたね……。確かにレベルの上がりやすい職場だとは思いますけど、結構悪くないですよ? 一度覚えてしまえば、躰が勝手に動いてくれるわけですし、それに最近は山賊たちも大人しいですから、生活も安定している」

「なら、実際にはやりたくないって言っている人は居ないの?」

「これはさっきも言いましたけど」と、前置きしてから、「仕事なら沢山あるんです。だから目当ての役割に就けば最高だと思いますよ。それに……何もせずただ生きることを強いられるのって、辛くないですか?」

 そんなものかと受け入れて、首肯する。ミルドレッドは口角を上げて、自分の責任を果たしたことに喜んでいた。僕は手に痛みを覚えて、確かめてみれば、またひとつレベルが上がっていることに気がついた。

 それで、とネイアが口を開く。

「今日彼らがここへ来てくれたのは、孤児を拾ってきたからだ。彼らは奥の部屋で大人しく待っている。私はこれから馬車で王国内へ行くが……ソウも来るか?」

 と、このような経緯で僕は荷物のひとつとして、馬車に乗せられていた。街中は非常に静かで、誰の姿も見当たらない。家々の窓はどれもカーテンで閉じられていて、中の様子は窺えそうになかった。ミルドレッドの話した通り、誰もが内に閉じ籠もらざるを得ない状況にあるらしい。

 やがて馬車は保育所の前に停まると、僕たちは一斉に荷台から降りた。見知らぬ子どもたちにとっては、ここが新たな我が家となるに違いなく、ようやく過酷な人生に安心の場が提供されることになる。少年少女たちは、希望も絶望も寄せ付けない黒い目でそっと保育所を見つめ返し、大人の後を付いて行った。

「行こう」

 いつから居たのだろう。背後からカナデに話しかけられ、僕は首を縦に振った。

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