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第四十五話

 グリット──ミナトが隠していた秘密。

 それは王城内に広がる、もうひとつの街。

 長命種と呼ばれる、年輪を持たない人々の住む世界だった。グリットが先導して、僕たちは道を進む。目新しい景色に自然と目があちこちに動かされた。初老の男が牛を引いて、荷馬車を運んでいる。手の甲はまっさらで、痣も傷もない。牛は欠伸しながらのそのそと、急かしてくる主人を無視するように歩いていく。

 遠くの道からはしゃぎ回る子どもたちが通り過ぎていった。彼らは走りながら、何事かわめき、笑い合う。また別の道からは夫婦と思しき男女二人組。彼らは顔を見合わせながら談笑し、看板のある店へと入っていく。

 右を見ても左を見ても、外を誰かが出歩いていた。

 そのあまりの情報量に年輪が悲鳴を上げている。

 カナデは新鮮な空気でも吸うかの如く目を煌めかせていたが、僕たち三人にとっては頭を悩ませる事態を招いていた。

「これが私の守りたかった秘密だ」グリットが顔だけをこちらに、「もう寡黙である必要もないな」と眩しそうに目を細める。

 それから視線を動かし、どうして不老の少女という噂を流したのか、と自ら切り出した。

「カナデについては、当人が居なくなってしまえば確かめようがない。だから噂自体を流すことは──多少の危険もあったが、やむを得なかった。カナデの命と天秤にかけるならば、仕方ないと言えるだろう」

 大きな秘密を、小さな秘密で隠し通したわけだ。グリットはずっと、カナデは孤独なんかではなかったことを知っていたわけになる。僕にも教えてくれたら良かったのに、と言ってみれば、

「それは信頼の問題だよ」なんて薄く笑ってみせた。「私はまだ君たちを信じ切れていなかった」

「お互い様だったってことね」アリアが唇を尖らせた。

「それで、長命種ってなんなの……」と、彼に訊ねる。

「人間本来の姿だ。我々は君たち年輪を持つ者を短命種と呼び、それに伴って年輪のない者は長命種と呼称することになった」

 人間本来の姿。人間は元々、年輪など持っていなかった。これはジョウも言っていたことだ。

「短命種は人間じゃないって言うの?」アリアがこめかみを押さえながら聞く。

「君たちも人間だ。だが純粋とは言えないだろう。それは後天的に獲得された形質だからだ」

 街は活気付き、どこもかしこも声で満ちている。そのどれもがたわいもない内容で、わざわざ記憶するまでもないことばかり。それなのに聞こえてきてしまい、耳に蓋をする間も無く年輪に影響を与えていく。僕らは否応なく老化させられていった。

 こんなこと故郷──王城の外──では考えられなかったことだ。まさかこんな異世界がすぐ近くに存在していたとは、思いもよらなかった。

 苦しみに喘ぐ僕たちの様子を鑑みて、グリットは馬車を呼んだ。それはカナデを護衛するのに使ったものと同じく、客室が設けられていた。椅子に深くもたれかかると、目や耳を塞いで、できるだけ外界からの影響を遮断させる。たちまち辺りは真っ暗闇に包まれ、穏やかな微睡みへと流れ着いた。

 肩を叩かれ、目を開けてみれば、そこは静寂な場所。年輪はいつの間に増えていて、僕は三十五歳にまでなっていた。急激な成長のためだろう、躰は疲労を感じていたのだ。

「新しい経験は躰に毒だ。それに怪我をしている。ひとまず君たちは入院だ。寝床の手配と詳しい説明はまた後日にしよう」

 馬車から降りようとして、僕は彼に、

「僕たちを殺さないの」と率直に聞いた。

「君たちがここから脱走して元の街に戻ろうとしたり、或いはこの街の住人に短命種について話したりしなければ、身の安全を保証する」

「ここの人たちは短命種を知らないの?」

「ああ」グリットはぐったりしたように首肯した。「機密扱いでな。一部の関係者を除いて、殆どの人は隣町のことなど知らずに暮らしている。君たちにとっても同じように、彼らにとっても、まさか王城の外にはまた街が広がっているなどとは思わんよ」

 確かにそうなのだろう。そんな奇妙な人間が居るだなんて予想できるはずもない。

 納得して客室から降りると、看護師が担架を持ってやって来ては、僕らを持ち上げた。呆然とそれを見つめる中、続くようにカナデも降りようとしていたが、グリットがそれを制する。

「君には会わせたい人が居る」彼はそう言って、こちらに目を戻すと、「明日の昼にでもまた顔を見せよう」

 ふたりは馬車に揺られながら、遠ざかっていった。地平線へ近づくにつれ、その姿は小さくなっていく。残された僕らは、看護師によって部屋へ運ばれ、消毒された布で傷を拭き、包帯が巻かれ、ベッドの上に寝かされた。

 グリットによる言伝のためか、病室には僕ら三人しか居ない。だから必然とこの街のことが話題に上る。

「いったい何がなんだか……」ヴァンが戸惑いを隠さずに天を仰いだ。

「まさかこんな目に遭うとは思わなかったなあ」僕の間延びした声に、ヴァンが笑い、

「本当ね……」とアリアが同意する。「本当に──こんな異世界があるだなんて、予想できるわけない」

 しばらく無言になった。

 興奮も醒めてきて、また疲れが滲み出てきたためだろう。ヴァンのため息が聞こえ、アリアがくすっと笑った。視界がぼやけて見え、一度目を瞑る。

「それにしても……長い一日だった」僕は感慨深く思って、そう呟く。

「まったくだ。これでようやく休める」

「一生分の働きをしたわね」

「へそが増えちまった」ヴァンが苦笑いした。

「僕もだ……」

「あら、お揃いじゃないの。あたしも増やそうかしら?」アリアが笑う。

 ヴァンも笑ったが、痛みに悶絶してベッドの上にのたうち回った。

 僕は程々に笑いながら、襲い来る眠気に抗えず、目蓋を落とす。心地良さに意識はたゆたいながら、どこか遠くへと運ばれていくようだった。

 終わったよ、ネイア。

 カナデを無事、故郷へ送り届けた。

 約束は果たしたよ──

 記憶は断絶し、深い眠りに陥ったらしい。朝になるまで目が覚めることはなかった。

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