第四十四話
僕らは堂々と道の真ん中を歩いていた。カナデを囲うように銃を突き付け合うことで、近衛兵たちは手も足もでないようだった。しかし彼らを最も困惑させたのは、カナデ自身、自分を人質に取っていることにある。
もしかすると僕たちが撃たれるかもしれない、という懸念。彼らの手にかかれば、三人同時に暗殺することなど容易だったろう。もしもに備えて、姉は短銃を胸元で持ち、顎に押し付けたわけだ。これで短銃を処理することは格段に難しくなる。
けれども銃殺されるような、そんな過激な行動にはついぞ至らない。僕らが心配したようなことは一切起こらず、道中は平穏無事だった。いつしか雨も止んでいる。雲の切れ間から差し込む陽光の先に、澄んだ青空が覗いていた。あまりにも呆気なく王城の前にまで辿り着いたものだから、思わず気が緩みそうになった。
入り口へ続く階段へと追い立てられた近衛兵たちに向かい合うと、
「グリットを出せ!」とヴァンが口を開く。
兵士のひとりがこれに応じ、グリットを呼びに門を開けた。彼が中へ入ると、僕らの侵入を防ごうとして、封鎖するように兵士たちは横に並ぶ。
と、間を置かずして、段上からグリットが姿を見せた。この光景に面食らった様子だったけれど、一秒も経たずしていつもの無表情へと戻っていく。手振りで兵士たちに銃を下ろすよう指示すると、
「随分と手荒な真似だな。それが護衛か?」彼は期待外れとでも言わんばかりの調子で言った。
「グリット……あんたがしたことはわかってる」ヴァンが見上げながら、「どうしてこんなことを?」
「わかっているなら、理由も明白だろう。秘密が知られては、急激な老化に関わる。またはジョウのように無駄な夢に囚われる」
だから秘密を知る者は即刻処分されなければいけない、と彼は断言する。
「でも、ジョウにはグリットが教えたんでしょう……」僕は言った。「もしかして、ネイアを殺すつもりだったの」
「いいや、それは違う。ただカナデを連れ去るだけで良かった。だからあの男を選んだ──元警備課長の、優秀な兵士だった男を──というのに、奴はしくじった。あろうことか、彼女を……」
ネイアと呟いて涙を流す彼を思い出す。
あの時に見せた悲しみは嘘ではなかったのだろうか。
「僕は貴方を信じたい。でも、信じきれない。今までの行いがそうさせないんだ」彼はジョウを唆し、ネイアを襲わせ、僕らを警備課と衝突させたのだから。「本当にカナデの無事は保証されるのか? 貴方を信じるに足る何か──根拠が欲しい」
そう。根拠だ。
彼がカナデを殺さないという保証が必要だった。秘密を守るには、秘密それ自体を消した方が手早く簡単なのだから。
グリットは信頼の問題か、と呟く。
「君たちはひとつだけ勘違いしているらしいな。私は常に最初からカナデを守るために行動してきた。それは一貫していたはずだ……秘密よりも、彼女の命を優先したことは」だからこそ、と彼は言った。「フォルドに噂を広めて貰ったのは、彼女を王城へ連れて来るためだった」
「何故?」僕は聞く。
「その先こそが秘密だ。君たちはまだ若いが──知れば命取りとなる」
レルとリッケを連想した。
彼女は突然の情報量を持て余し、脳を置いて眠りについてしまった。年輪の増加に伴い、急激な成長に備えるために。リッケはこれを、一時的な脳死であると説明する。もしもグリットの知る秘密が、僕らにとって脅威となったら?
「ソウ、君にはその覚悟があるか?」
カナデが不安そうに僕を窺う。
また彼女をひとりにするのか?
今こそ根性を見せるときではないのか。
口を開く。
「覚悟がなかったら、ここまで来てない」
「私も」
「俺もだ」
僕の返答に、ふたりが続いた。グリットは気を良くしたのか、僅かに口元を綻ばせる。彼は向き直り、近衛兵たちを下げた。それから、
「では君たちを案内しよう。私に付いてきなさい」
僕たちは互いに顔を見合わせ、油断した隙を攻撃してくるつもりなのかもしれないと警戒しながら、階段を上り詰めていく。門を潜ると、その瞬間にひやりとした空気が流れ込み、雰囲気が一変した。
城内は街中と同様、ひっそりとしていた。先ほどの近衛兵たちが、背筋を伸ばして直立している。人形のようにまったく動かず、ただ目だけで僕らを追っていた。居心地が悪いのは、彼らの視線に棘があるように思われたからだろう。
深紅のカーペットを踏みながら、迷路にさえ思える廊下を曲がっては進み、階段を上がっては降りてを繰り返し、とある扉の前に立った。グリットはノブに手を置くと、ふと思い留まる。
「くどいようだが、最後にもう一度聞きたい。君たちはこれから秘密を知ることになる。それがどんな内容であっても、受け止める覚悟はあるか?」
「ある」と、力強く僕は頷いてみせた。
グリットは目を伏せて、ゆるゆると頷く。
「そうか──なら、最初に打ち明けたいことがある。私の本名だ。私の本当の名は、グリットではない。ミナトと言う」
ミナト。
その名前はまるで、カナデのそれと似通っていて。
彼はノブに手をかけると、思い切ったように捻る。
「ようこそ、長命種の世界へ──」振り返り、微笑して言った。
僕は自分の目を疑いそうになる。
その先にはまた、街があった。
そして──そこに住む人たちは皆誰もが、カナデのように年輪を手に刻んでいなかった。