第四十話
前方より銃声が近づいてくる。どうやら戦域──カナデの乗っている馬車まで追いついたらしい。山賊たちは警備課に足止めされ、乱闘状態にあった。ジョウたちはまた別の馬車に乗り換えていて、カナデを人質のように抱き寄せながら、警備兵たちに発砲している。
反対に、警備兵たちは人質のために思うようにジョウへ攻撃できず、周りの賊たちを相手にするばかりで、救出は難航していた。
ヴァンが長銃を掴むと、僕に手渡す。アリアも立ち上がろうとして、「まだ休んどけ」と制止した。
「あたしはまだやれる」喉を枯らし、懇願するように言った。「親友なのよ──」
「申し訳ないが、銃が二挺しかない。我慢してくれ。それに、もう少し自分を省みろよ……凄い怪我だぜ?」
ヴァンは口を曲げて、アリアを一瞥する。
「僕には言わないの」
「お前は男だろ?」ヴァンが苦笑して、「多少の怪我くらい何ともないだろ。根性見せろよ」
「多少の怪我ね……」思わず笑みが溢れる。「今度こそ上手く立ち回ってみせる」
僕らは弾を装填する。長銃を構えると、ジョウの乗る馬車から後輪を狙い定めた。引き金を絞り、撃鉄を鳴らす。車輪が外れ、荷台が下がった。地面とぶつかり、摩擦に速度を落としていく。突然の揺れにジョウが体勢を崩した。
ヴァンももう一方の後輪へ弾丸を差し向ける。荷台は完全に接地されて、馬は動けなくなり、興奮した様子で足を上げた。ジョウがこちらを見据え、口角を上げる。
「お前たちは本当に執念深いな! ここまで来ると天晴れだ……」彼は言いながら、僕らの馬車へと歩を進める。ミルドレッドの元にカナデを突き飛ばすと、身を翻して荷台へと乗り込んだ。「楽しくなってきちまうね」
ジョウが先ほどの馬車を撃ち鳴らす。
大きく爆発し、すぐ側に居た警備兵たちが爆風に巻き込まれた。断末魔をあげる余裕もなく塵と化す。火薬を仕込んでいたのか──或いは、あれは警備課が用意したものかはわからない。しかしこれのために、警備兵らは手も足も出せなかったようだ。
馬が爆発に驚き、急に立ち止まる。勢い余って転倒し、馬車はスリップした。ミルドレッドがカナデを捕まえながら、がくんと前に倒れ込むと、馬車から落下していく。それが僕らの戦闘にカナデを巻き込まないようにするためと察して、流石だと惚れそうになった。
ヴァンがジョウに向けて銃弾を放つ。彼は手で銃身を払い除け、その手に持った銃で反撃した。また同じ動きの中で並行して、僕に後ろ蹴りを喰らわす。僕らは仰け反り、これを回避したが、彼はもう片方の手で御者席へと飛び退くと、おもむろに馬の腹を撃った。
馬は苦痛に喘ぎ、足をじたばたと動かす。
その場には攻撃に転化しようとしていたミルドレッドが、暴れ馬のために立ち塞がれていた。その背後から山賊たちが襲い掛かろうとしている。
「ミルドレッド、後ろだ!」
彼女は振り返り、カナデを庇いながら銃を振り回した。
「おいおい余所見をするなよ」ジョウは笑いながら僕は銃口を向ける。
「クソ野郎!」
ヴァンが激昂して、彼に飛び掛かった。彼はこれを真正面から受け流し、御者席から落とした。それから彼を睨み付けるアリアと目が合い、
「おお、熱烈な視線を感じると思ったら君か。全身がぼろぼろだな、まったくどうしたんだい──」
「挑発のつもりかしら?」アリアは不敵に口元を綻ばせた。「なんて幼い……」
「本当にね」
ミルドレッドが言う。
驚いて彼は背後に向き直った。山賊たちは既に事切れている。ジョウとミルドレッドは時同じくして引き金を引いた。双方共に被弾した衝撃で後ろへ倒れていく。僕は長銃を手に、彼の胸を狙い撃った。発射した衝撃が荷台へ伝わって、馬が嘶く。
ジョウは口から血を吐き出し、荷台へと転がり込んだ。傷口から流れ落ち、血溜まりが広がっていく。彼は座り直すと、もたれかかり、風穴に手を当てた。辛そうに息を荒くさせながら、遊びすぎたか、と渇いた笑いを漏らす。
「これくらいじゃあ、致命傷じゃねえぞ」ジョウは歯を見せて口角を上げた。
タフな男だ。僕はとどめを刺そうとして、突如として指が固まる。ここへ来て、僕は人殺しが怖くなってしまったらしい。指先が震え出して止まらない。殺そうと意識しているのに、躰がまったく言うことを聞かなかった。こんなことは初めてだった。彼への憎悪は偽物なのか? ──いいや、違う。
ネイアを殺め、レルを傷つけ、カナデへ何度も襲い掛かった。あまつさえ、その命を生贄に差し出そうとしている。この男は許されるべきではない。むしろ、今のうちに消しておくべきなのだ。それなのに、何故……引き金に掛けた指に力が入らないのだろう?
ジョウは忌々しくもにやりとして、銃口を持つと口を開けた。
「撃つべきはここさ。脳天一発では仕止め切れないからな──喉奥の頸椎を狙うんだ……良いか? そうすりゃあ、俺は安らかに死ねる。弾も温存できる」
さあ、やってみろ。
ジョウがそう唆す。
僕は彼を精一杯睨みつけ、下唇を噛み、殺してやる、と何度も考える。けれど、出来そうにない。あれだけ憎んでいた相手なのに、僕から幸せを奪った張本人だと言うのに、殺したくはなかった。
涙が出てくる。
僕は深く息を吐いた。
銃口を下ろす。
ジョウはびっくりしたように目を開けた。「甘ったれめ……」
憎々しげにそうぼやくと、鼻で笑い、糸が切れたように倒れた。手の甲に痛みはない。どうやら気絶しただけで、絶命はしていないようだ。
馬車から降りると、ミルドレッドたちの様子を窺う。彼女は脇腹に穴を開けたらしい。これくらい何ともありませんよ、と言って、
「使える馬車を探しましょう。王城へ急ぎますよ」