第四話
いつしか銃の腕前は、僕の方が上手くなっていた。姉との狩りは、基本的に彼女への指導へと変わり、例えばこう持つんだよ、なんて大人らしく教えてやる。
「パッと構えてシュッと狙って、ザッと撃つんだ」
「全然わからないわよ」カナデは半目に、呆れまじりで、「擬音だらけじゃない」
しかしどう言えば相手に伝わるものかわからない。例えば僕は、経験からどのような動きが最適なのかを学んでいる。
兎に見つからないためには、どの距離に居た方が良いのか。鹿の視界はどれくらいあるのか? それから様々なシチュエーション──森の中や草原といった場所や、獲物が単独なのか、群れているのかといった場合──とそれに見合った行動とをパターン化することで、半ば反射的に動けてしまえるのだ。
だからこれは感覚的な話になってしまう。銃はどの角度で持つべきか、隠れ潜むにはどこが良いか? ……獲物の痕跡を発見するのも、すべて生理的な能力に依存している。考えることなく動いているわけだ。
それも成長の呪いのお陰なのだろう。一度覚えたことは身になって、忘れることはない。これはある種の恩恵であると同時に、ある種の足枷でもある。未だに、あの夜のことが思い出されてしまうのだから。……
「姉さん。ほら、こう持って」
へっぴり腰で猟銃を構えているカナデを、僕は矯正する。彼女は何度も練習を重ね、それなりの形にはなっていた。が、やはりまだ何かおかしい。どこか間抜けな立ち姿なのである。
僕は考えに考えあぐねて、また更なる特訓を思いついたが、既に日は落ちていて、帰宅する時間となっていた。僕らは互いに顔を見合わせて、荷物を運ぶ。今日この日も狩りはなかなかの成果を見せていた。このうち三割は姉の活躍による。
さて、愛馬に乗って家へ戻ると、見知らぬ男が出迎えた。白髪まじりの毛に、皺だらけの手。顔の彫りは深く、図鑑で見た彫刻に似通っている。恰幅が良いために、少しばかりの圧を感じ、僕は狼狽えた。
もしかしてネイアの夫だろうか……?
果たしてレベルはどれくらいのだろう?
様々な疑問が持ち上がった。名も知らぬ彼は無言で、僕らふたりを見ても何も言わない。三秒ほど気まずい時間が流れた。と、不意に男の背後から女が姿を表す。ネイアではない。こちらは若い容姿をしている。
細く鋭い目つきでありながら、どこか人の好さそうな、安心感を覚える顔つきをしていた。躰の線は細く──これまた図鑑に見た──狐を思わせる風貌である。
「あら、お帰りなさいカナデちゃん。……おや、そちらさんは知らない顔ね?」
男の肩越しに女は言った。僕はずっと男の方を見つめている。何というか、目を離したら負けであるような気がしたのだ。
「こんにちは、ミルドレッドさん」カナデは朗らかな表情で言う。「この子はソウって言うんです」
「へえ……拾ったの?」
カナデは僕を一瞥すると、言葉を探しながら、
「天からの贈り物です」
「ふうん」ミルドレッドは鼻息を漏らした。「年数とレベルは?」
「見つけてから四カ月と──」姉は僕の手を取り、「九歳ですね。ああ、もうそんなになるの?」目を丸くしてこちらを見た。「子どもって本当に成長が早いんだね」
「君が言うなっての」ミルドレッドが苦笑いする。
「狩りの帰りか」
初めて男が言った。名無しの彼はきっと、僕らの格好から推察したのだろう。続きを待ったけれど、何も言わない。男はそれから扉を開けると、中へ入るように促す。僕は姉を見た。彼女は頷いて、先に入っていってしまう。成る程、知り合いか……と独り合点すると、徐ろに後を追った。男が扉を閉める。
部屋の中央に、ネイアは座っていた。こちらに気付くと手を挙げる。カナデは興奮した様子で獲物の入った革袋を見せると、
「これ全部私が捕ったの」
「ほう、大量だ。凄いじゃないか」
ミルドレッドも好奇心を覚えたらしく、間から中身を覗くと、へえとかほおとか言って、しきりに頷いていた。僕は席に座ってからも、何となく男の方に注意を払っていた。というのは──ミルドレッドもそうだが──彼の素性が見えないため、落ち着かないからだ。
そういえば、僕以外の男と会うのはこれが初めて、というのもあったのかもしれない。彼は無愛想で、敵意こそないが、無言の圧がある。足の生えた壁と言った感じだ……。
「ソウ」
ネイアに呼びかけられて、僕は我に帰った。片手をこちらに寄越すので、何だろうと訝しんで、取り敢えず手を取ってみる。
「違う、握手を求めたわけじゃない……。袋だ、成果物を見せてくれ」
ああ、そっかと得心して袋を手渡した。彼女は満足そうに微笑すると、感謝と労いの言葉をかけてくれる。
「それで──ネイア」僕はようやく口を開いて、
「何だ?」
「この人たちは?」
ずっと疑問に感じていたことを言葉にした。ネイアは口をぽかんと開けたまま、僕を見つめる。ミルドレッドは少し戸惑った様子で、ネイアに耳打ちした。が、僕にも内容が聞こえた──
「私たちのこと、話してないの?」
ネイアは頭を振って、
「……そうか、紹介していなかったな。私の仕事仲間だ」
説明終わり。かなり完結した紹介だった。僕は困惑して、三人を交互に見据える。流石に今の話では納得どころか理解ができない。
「それで?」僕は更に訊ねた。「仕事って何をしているの?」
何故か、ネイアはカナデを見やる。カナデは両手を挙げて、肩を竦めた。ネイアは短く嘆息すると、
「奴隷商人だよ。私の仕事は……」
目を逸らし、天を仰いだ。