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第三十九話

「どうして僕らを襲ったんだ」

 手当てを受けながら、最も気になっていたことを開口一番に問いただす。アリアは横になりながら、顔だけをヴァンに向けた。彼は苦々しげに、

「フォルドを捕まえるためだよ」と言った。

「フォルド……?」アリアが驚いたように繰り返す。「何で課長を──」

「いつからかはわからないけど、ジョウと繋がりがあったんだ。フォルド護衛課長は山賊たちと何か──交渉していたらしい」

 フォルドが山賊と繋がっていた……。それも驚きだが、

「交渉って何さ」まず気になるのはその内容である。「聞きたいのはそれだけじゃない。もしヴァンたちがフォルドを狙っていたなら、どうして彼から狙わなかったのさ……課長は御者席に着いていたんだよ? なのに何で、デミアンを殺したんだ──」

「俺たちはやってないぞ」ヴァンが反論する。

「でも、僕らを撃とうとしたでしょう?」と、更に問い詰めると、

「それは──」彼は言い淀んだ。「ごめん。山賊だと思ったんだ」

「どう言うこと?」アリアが上体を起こしかけて訊ねる。「あたしたちが護衛してることは知ってたでしょう?」

「交渉内容を鵜呑みにしてしまったんです」

 ミルドレッドがこちらへ躰を変えると、眉根を寄せてみせた。額から一筋の汗が流れ落ち、小さな顎先へと向かう。彼女は言いにくそうに唾を飲み込むと、

「フォルド護衛課長がジョウに計画を話していたんです。その話によれば、沢山ある馬車のうち、囮に貴方がたは乗せられる手筈となっていて──実際にカナデを護衛するのは、フォルドを除けば山賊が務めるのだ、と。そう言ったんです」

 けれど現実にはそんなことなかったわけだ。確かに僕らはカナデと一緒に居て。だからこそデミアンは襲われ、僕たちもまた、警備課によって殺されそうになった。

 驚いたように、「まさかそれだけで?」とアリアが鼻を鳴らす。

「すみません……」ミルドレッドは恐縮したように首を竦めた。

 これはどう言うことだろう。もしかするとフォルドは、偽の計画を掴ませることで、警備課に護衛課を襲わせるように仕向けたのだろうか?

 奇妙なことになった。僕らはまんまとしてやられたわけになる。

 御者席からミルドレッドが、「これはあくまでも私の憶測ですが、彼はきっとカナデちゃんを売ったんでしょうね」

「カナデを?」彼が裏切り者であるなら筋は通る。しかし、「どうして?」

「ジョウと同じですよ──年輪の克服が目的なんです。どうやら、彼の思想に感化されたみたいですね」

 成る程と相槌を打ってみてから、何か変だなと思い直し、僕はその違和感が何なのか、二秒ほど思案した。理由が解けると、

「でも、それなら余計に意味がわからないよ」と、彼らの顔を見回す。「何で山賊なんかに姉さんを売るのさ。それよりも技術部が徹底的に研究した方が結果は出るんじゃないの。もしかすると、山賊たちの方が何か知っているの?」

 ジョウはカナデを拐ったあの日、小屋の中で僕たちに何かを教えようとしていた。少なくとも彼は、僕よりも知識があるというわけになる。その何かが関係しているのだろうか?

「さあ……」ミルドレッドは一瞬だけこちらを見ると、首を捻った。「言われてみれば、確かに変ですね……。カナデちゃんを明け渡しても得しない。見返りはいったい……」

 考えていると、他にも車輪の回る音がして、それが後続する馬車のものだとわかり、後ろを見やった。轟音が鳴り響き、頬を掠める。

「山賊だ!」ヴァンが代わりに叫んだ。

 長銃を手に、ひとりずつ撃ち落としていく。できるだけ死なせないよう、銃そのものや、手足、肩や腹部を狙った。或いは、止めを刺さないことの方が酷なことかもしれなかったが。

 戦闘と比例して、頭に渦巻く疑念を整理する。

「彼が……フォルド課長が山賊と繋がっていたのだとしたら、噂を流したのも彼なのかな?」もしそうなら、と仮定する。「カナデのことが知れ渡れば、暴動が起きる。起きなかったとして、山賊を向かわせるとかして、彼女を移送しなければならない事態を作り上げた」

「そうして俺たちと引き合わせて、ジョウにカナデを奪うよう差し向けた、と?」ヴァンが舌打ちして、歯噛みした。

 確証はないけどね、と僕が言うと、

「でも、そう考えると辻褄が合うわね」アリアは弱々しく笑う。「あたしたちの配属が決定して、彼と初めて会ったあの日、課長はきっとグリットからカナデのことを知らされたんだわ……。そうして、裏切ることに決めた」

「グリット部長はどうなんだ」

 賊をひとり撃ち抜いてから、ヴァンが訊ねる。敵の乗る馬車が横に並び、幅を寄せて来ると、ぶつかって衝撃が伝わった。足元が揺れ、覚束ない。ヴァンはよろけたのちに、弾切れを起こし、装填し直す。

「グリットがどうしたって?」僕は聞き返した。

「彼もフォルドと一緒に裏切った、っていう可能性はどうなんだ?」

「まさか──」

「あり得ますね」前からミルドレッドが同意する。勢いよく流れ行く景色を前に、「ソウ君──ネイア姐さんが襲われたあの日よりも二週間ほど前に、護衛課と山賊との間に戦闘があったんです。報告書には、その時グリットとジョウが二、三、会話したらしいんですよ……それも──」彼女はごくりと喉を鳴らした。「カナデという名前を出して」

「な──」

 頭が真っ白になった。乾いた爆発音によって現実へと立ち戻ると、僕は賊を対処しながら、適切な言葉を探した。

「じゃあ、グリットはネイアを襲わせた……?」口に出しながら、苛立ちが募っていく。

「その場に居たわけではありませんから、実際のところはわかりません。不正確な情報です。ただ、裏切ったような形跡が他にもあるんですよ……例えば、前回の誘拐未遂。あの日の晩に限って、何故か裏手の門番を帰らせたらしいんです」

 次から次へと怪しいと思える話が出てきて、僕は思わず失笑してしまう。それから悩ましく思った。つまり彼は──

推定有罪(ギルティ)じゃないか」

「だから来たんですよ」ミルドレッドは表情を暗くさせる。「ジョウの過去を調べました。彼は元々孤児でしたが、山賊と一時期を暮らした後、グリットと出会い、兵士を志願したようです」

 ジョウにとって、グリットは師匠みたいなものだったんですよ──ミルドレッドは呻くように話した。僕は絶句して、何も言い出せない。

 山賊たちを始末し終えると、躰中が草臥れて、重力に逆らえなくなった。座り込むと、手足がじんじんと痺れる。年輪もまた、増えようとしていた。

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