第三十七話
絶え間ない銃声が辺りに轟き、壁に穴が開けられていく。彼らの狙いはカナデなのだろう、彼女に銃口を向けることはなかった。御者席に座るフォルドも短銃で応戦している。
馬車はすぐ隣を走っているらしい。お陰で扉を開けることは難しかった。せめて相手が誰なのかわかれば良いのだけど、外界に通じる唯一の小窓が銃で塞がれていて、硝煙しか目に見えない。
狭い空間内でできることと言えば、どこに居るかも知れない相手に向かって、射撃してみせるだけだ。弾が装填されているかを確認し、だしぬけに引き金を引く。あれだけ静かだった街を、轟音が飛び交っていた。
相手から断末魔が聞こえ、ひとりやったらしいと確信。アリアも僕を盾にしながら応射していた。
「ねえ、デミアンが動かないよ……!」
カナデが悲痛な叫びを漏らした。どうやらパニックに陥っているようだ。デミアンは一瞬にして絶命した。思い出すまでもなく、よくわかっている。仲間をひとり失ったのだ。酷く辛いことだ。だが、今はそれどころではない。
悲しむ余裕などありはしないのだ。
「申し訳ないけど、少し待って!」アリアが汗をかいてそう訴える。「いったい何なの!?」
「カナデ。今は自分の無事を確保するんだ……」僕は強く波打つ脈拍を抑えようと、努めて静かに言った。
弾を込め直し、敵の居るだろう場所を予測する。撃鉄を鳴らし、壁越しから悲鳴が上がった。代わりに壁を突き破って弾丸が一発、僕の肩に当たる。貫通してから、鋭い痛みが走った。記憶でこれを薄めると、すぐに応戦する。
扉は穴だらけになり、殆ど向こう側が見えるようになった。椅子に腰掛けながら足を伸ばし、蹴破る。すると遅まきながら襲撃者が──制服に身を包み、配給された武器装備から──その正体が警備課の兵士であることがわかった。
相手と互いに銃を突きつけ合いながら、目と目が合った。
刹那の逡巡。
姿が見えてしまえば、その敵が人間だとわかってしまう。しかもその相手は身内──同じ学校で育った顔見知り。引き金を引くのは躊躇われた。
「何をやってる!」フォルドが叫ぶ。「撃て、撃て!」
と、相手が表情を変えた。怒ろうとするかのように顔に皺を寄せ、咆哮する。だが手は震え、銃弾は横を通り抜けると、奥の扉を叩いた。アリアが至近距離から銃を撃ち込み、凄まじい衝撃によって男は後方へ勢いよく吹っ飛び、馬車から転落。道路に叩きつけられていった。
フォルドが一発鳴らすと、運転手を撃退。馬車はコントロールを失い、あらぬ方向へと走り行き、その後動かなくなった。また辺りに静寂が戻った。馬の足音だけが鼓膜を震わす。
「どうして警備課が……?」フォルドは困惑したように呟いた。
僕はすぐにカナデの側に寄る。彼女は涙を流し、取り乱していた。しきりにデミアンが、デミアンがと繰り返しており、混乱しているのが見て取れる。いや、それは僕だって同じことだった。先ほどから心臓が痛いくらいに脈を打っている。怪我をした肩の方も、認識に麻酔を行っているからそれほど支障はないが、腕を動かすのに苦労した。
アリアが姉の背中をさすり、何度も大丈夫だからと宥めている。僕はデミアンの遺体を椅子に座らせると、目蓋を閉ざした。彼女は眠りについているような、安らかな顔をしている。その先に痛みはないのだろうか。苦痛がなければ、良いのだけど。
そんなことを思っていると、前方の分かれ道からこっちに向かって馬車──こちらにもやはり、警備課の人間が立っている──が、容赦ない銃弾を雨を浴びせてきた。と思えば、
「あ、アリア……? それにソウまで」
戦場に似つかわしくない、素っ頓狂な声。
聞き馴染みがあると思い、僕は顔を上げる。
「ヴァン……何で君がここに!」
彼の隣にはミルドレッドも立っていた。ふたりは奇妙にも戸惑った様子で、
「何がどうなっているんだ」と、驚きの声をあげる。
「どうして貴方たちが居るんですか!」ミルドレッドがヒステリックに叫んだ。
「いったい何のこと──」
不意に銃声が鳴らされた。音は進行方向からだ。僕は前を向く。フォルドの手には短銃。それはヴァンへと向いており、腹に風穴が開けられていた。血がどっと流れ出ると、彼は苦悶の表情に満ち溢れ、その場に膝をつく。
あまりのことに絶句して、僕は顔中から汗の噴き出すのがわかった。
「な、何をやっているんですか課長!」アリアが泣きそうになりながらそう怒声を張った。「彼は仲間ですよ!」
「違う!」フォルドが睨むように断言する。
──と、おもむろにガラスの弾ける音がした。途端にミルドレッドたちの乗る馬車から火が吹き上がり、一瞬にして燃え広がった。上から何か──恐らく火炎瓶のようなものだろう、何者かによって落とされたらしい。彼らは荷台を大きく揺らし、その場で転げ落ちていった。
「ヴァン! ミルドレッド!」
僕は扉から顔を出して、後ろを見つめる。彼らは地面を転がっていき、倒れたまま動かない。代わりに脇道から馬車が二台走り寄ってくる。乗っているのは山賊。何か黒いものを僕らに向けていた。それが銃であるとわかったと同時に弾丸が扉に命中し、馬車から取り外されて落ちていく。
と、同時に何かが僕らの真上──屋根に向けて影を落とした。大きな音を立ててそれは着地。客室が大きく揺れて、カナデが小さく悲鳴をあげる。
「よう──久しぶり。お嬢さん方。迎えに来たぜ」
その声には聞き覚えがあった。
忘れもしない。
「凝りもせず、また僕らの邪魔をしに来たのか……」
彼の快活な笑い声。「酷い言い草だなあ、ソウ。俺たち仲良くしようじゃないか」
と、屋根の縁から指が覗く。
銃を掴む手に力が入った。
「誰がするか」
「まったく、釣れない奴だ」ジョウが逆さに顔を見せ、牙を剥き出しに笑ってみせる。「もっと楽しもうぜ」